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  白さに溶け込めない想い


窓辺に歩み寄り、閉ざされたカーテンを払いのけた先には小さな出窓があった。その狭いスペースにのぼり膝を抱えてライムは外を眺める。音も無く降り積もる雪に白くけぶる風景は静謐で、何処か作り物じみていた。名残り雪だ。もう四月にもなるのに降るなんて。

暫らく外を眺めた後、コツリと窓に頭を凭れてライムは静かに目を閉じた。自分にしか聞こえない程度に抑えたため息に窓ガラスが白く曇る。


あれ以来、シリウスとは一言も喋っていなかった。偶然顔を合わせてもふい と視線を逸らされ、シリウスはすぐにその場を離れてしまう。ライムが追いかけても捕まえる事は出来ず、次こそはと意気込むも中々上手くいかない。そんな事が幾度と無く繰り返されるうちに気まずさは募り、最近ではライムも話し掛ける事を半ば放棄していた。

何度も声を掛けようと思った。しかし話し掛けることは出来なかった。言葉が見付からないまま立ち尽くし、シリウスは黙ってその横をすり抜けてゆく。

何を。何を言ったらいいのだろう。ごめんと言って謝るのか、心配かけたことを弁解するのか。けれど本当のことを言えないのなら、多分そのどれもが無意味なのだ。
本当は、ただ昔みたいに 「おはよう」と笑って言いたいだけなのに。今となってはそれが 途轍もなく難しいことに思えた。

第一、話しを聞いてもらえたとしても、一体何を話すというのか。
謝罪も弁解も無意味な気がした。謝るって、何を?誤解を解くにしても真実を話せないのなら、話す事に意味など無いのではないか。

逃げる為の口実だと、本当はわかっていた。けれど苦痛を感じ続ける事に疲れた心は自ずと楽な方へと流れてゆく。

逃げている。
逃げても何も解決しないのに。

でも、話して、受け入れてもらえなかったら?非難される事がこわい。避けられ続けているこの状況すら苦痛なのに、それ以上の拒絶を受ける事がライムはこわいのだ。

情けないくらいに、弱い。

「私は、本っ当、弱いなぁ……」

ぎゅっ と眉根を寄せて、下がりかけたブランケットをずるずると膝に引き上げて縮こまる。

「ライム」

ふわりと、優しい声と共に甘い薫りが鼻をくすぐった。緩やかに動く空気と気配がする。

「……リリー?」

ゆっくりと目蓋を押し上げると、ストールを羽織ったリリーが両手にマグカップを持って立っていた。立ち上る湯気の甘さが鼻をくすぐる。

「そこは寒いでしょう?はい、これを飲んで。温まるわ」

微笑んでカップを差し出すリリーはいつも通りで、ライムは少し安心した。こんな寒い部屋の出窓に蹲っていても咎めず、退くようにとも言わない。リリーは気付いているのだ。わかった上で、触れないでいてくれる。

差し出されたマグカップを受け取り口付けると 熱がゆっくり喉を滑り落ちた。甘いココアだ。ほわりと心が暖まって、自然とライムの頬は緩む。その様子を見届けて、リリーは近くの机に腰掛けカップに口をつけた。

しばしの沈黙。それは不思議と居心地の悪いものではなく、穏やかな時間だった。

「わたし、どうしたらいいのかな」

ぽつりと呟く。ゆらゆらと揺れるチョコレート色の水面をみつめながら、ライムは頭の中に揺れる言葉を探して繋いでゆく。

「考えてもまとまらなくて、動けないんだ」
「……シリウスの事ね」
「うん。……シリウスが怒る気持ちもわかるの。心配してくれていた分、きちんと話さない私が許せないんだと思う。それは……わかるの。当然だとも、思う」

けど、と。区切ったその先の言葉が出てこない。言い淀み、眉をぎゅっと寄せるライムを見て、リリーは労るようにそっとその髪を撫でた。

「話したく無い事は、誰にだってあるわ」
「けど……」
「時間がかかる事もあるわ。貴女も、シリウスも、気持ちを整理する為に時間が必要なのよ」

慈愛に満ちた明るいグリーンの瞳。その視線は何処までも優しい。

「そう、だね」

カップに口をつけると舌がチリッ と小さく痛む。どうやら軽く火傷したようだ。


その痛みも無視して、不安も焦りも戸惑いも、甘いココアと共に飲み込んだ。


(ごめんなさい、臆病で)


でもどうか、今はまだ。


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