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  世界の果てまで探しにゆけたら


晴れ渡る夜空は透き通った深い藍色。籠いっぱいの宝石をぶちまけたみたいに大小無数の光が散らばる満天の星空。目に見えぬ小さな星々は砂金を溶かしたようにあたり一面に広がり ちかちかと瞬いていた。

ぐるりと続く螺旋状の石段を登り切った先で、視界は急に開けた。小さな塔の最上階は鐘楼に似た造りをしていた。眼下に城が見下ろせる、数少ない見晴らしの良い場所。吹き上げる風はゆるやかにライムの髪を巻き上げ、空に散らして四散した。

灯りの消えた城は夜の眠りの底にある。雄大な自然に囲まれた、神秘の古城。今までここで、一体どれだけの数の子どもが魔術を学び、魔法使いや魔女として外界へと出て行ったのだろうか。私もいつかは城を出て、その一員となるのだろうか。目を閉じてイメージしてみたけれど、想像は形にならなかった。

そっと目を開けて、塔の隅に目を向ける。探していた姿はそこにあった。性別の割にほっそりとした後姿。塀や柵など遮るものが何も無い縁に腰掛けて、長い足は宙にぷらぷらと揺れている。その姿がどこか寄る辺の無い 迷子の子どものように見えて、ライムはその場で足を止めた。

風にはためくローブの黒の上で、吹き散らされた黒髪が濡れたように光っている。時折覗く首筋は青白く、手折れそうに細い。青く澄んだ月影がリドルの横顔を照らしていて、その美しさにライムはしばらく呼吸を忘れた。

――どれくらい、そうしていただろう。

見つめていた時間は随分長かったように感じたが、実際には数分しか経っていないのかもしれない。

「そんな薄着じゃ風邪をひくよ」

静かに、独り言とさして変わらぬ小さな声で話し掛けると、ライムはゆっくりと近づいていった。その声にほんの僅かに肩を震わせただけで、リドルは振り返らなかった。

「ひかないさ」
「説得力が無いね」
「……君にそんなことを言われるとはね」
「ふふ、いつもと立場が逆だね。……それにしても、リドルが星を見るなんて珍しい」
「そうかな」
「そうだよ。星が好きなの?」
「……いいや。手の届かないものに、興味は持たない」
「そう」

リドルの数歩後ろまで近づいても、リドルは嫌がる素振りを見せなかった。それに安堵して、ライムはそっと、リドルの隣に座った。石は冷たく、触れた部分から徐々に熱を奪っていった。

「休暇も、もう終わりだね」
「ああ」
「明日になればみんな帰ってくる」
「そうだね」
「こうして夜中に抜け出す事も、今より難しくなるね」
「ライム」

硬い声が名前を呼ぶ。「ん?」と短く問い返した。何となく、顔は見られなかった。ばさりとローブが風にはためく。しばらくの間沈黙が続いたけれど、それは不思議と苦ではなかった。

「君にとっての幸せって、何?」

唐突に リドルは口を開いた。ライムが驚いてリドルを見ても視線は空に向けたまま。

「どうしたの?急に」
「他愛ない雑談さ。いいだろう?たまにはこういうのも」
「リドルらしくない提案だね」

そう言って小さく微笑む。膝を抱えて座り直して、ライムはゆっくりと天を仰いだ。空は高く、星は変わらずそこにあった。

「……うーん、そうだなあ……正直、よくわからない」
「……わからない?」
「うん。わからない。何だろうね、幸せって。あんまり深く考えた事無かったや。ただ…上手く言えないけど、嬉しい事の…小さないい事の積み重ねだと思う。美味しいものを食べて自然と笑顔になったり、ちょっとラッキーな事が起きたり、誰かに感謝されたり。そういう些細な事がふりつもって、幸せだって思うんじゃあないかな」
「随分とちっぽけな幸せだね」
「あはは!そうかもね。でもさ、ある日突然大金が手に入ったり、不思議な力に目覚めたり、地位や名誉を手に入れたり……そんな事、早々起こらないよ。そういう大きな事って確かに憧れるし、夢に見たりもするけれど、それが叶わないから不幸せって訳でも無いでしょう?」

ゆっくりと、手を伸ばす。星は無数にあるのに、そのどれもが遠く、当たり前だが手は届かなかった。

「平穏に暮らせたら、私はきっとしあわせだな。家族や友達や自分の大切な人達が笑っていられるような、そんな平穏」

指でそっと星座をなぞる。あまりに数が多いから、どれが何座かなんて、到底見分けはつかないけれど。

「こうして今まで生きてきた中で、私が幸せについて特に考え無くてもやってこれたのは、それについて悩むような状況に置かれる事が無かったからで。…それはきっと 私が恵まれていたって事なんだろうね」

今見えている星は、今よりずっと昔の星の光だという話を どこかで聞いたことがある。綺麗に輝く星々の中には、今はもう無くなってしまったものも含まれているのだろうか。ならば今、この瞬間に存在する星の光は、ライムが元いた時代の――リリーたちが生きている時代に、届いているのだろうか。

「リドルは、」

ゆるりとリドルがこちらを向く。真正面から視線が交わる。真近に見えるその瞳は暗く、その奥に押し隠された感情は見えてこない。

「リドルは、しあわせになりたいの?」

これを聞いたらきっと、何かが変わってしまうのだろう。わかっていても、ライムはそれを聞かずにはいられなかった。

リドルは目を細めて、緩く長く 息を吐いた。

「さあ。どうだろうね」

その答えはとても綺麗な響きをしていた。相変わらず変化の乏しい表情からは感情を読み取る事が出来なかったけれど。

ただ漠然と、その言葉は真実なのだと、そう感じた。


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