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  溶け落ちた意識の先に


肌寒い。

暗闇に溶け落ちた意識が緩やかに浮上していく中で、ライムはぼんやりとそう思った。ああ、寒い。体温が低い。ぶるり身震いする。寝起き特有の重い身体と肌寒さ。ぼんやりとした頭で何か暖を取れるものは無いだろうかと考える。毛布とかブランケットとか、ストールでも何でもいい。

とりあえず動こうと四肢に力を込めると、身体は思いの外すんなりと動いて、ライムは少し安堵した。それと同時にごわごわした感覚がローブや肌を通じて伝わってきて、自分がどこかに倒れているのだと理解した。うつ伏せになっているらしいが、この固い感触はベッドじゃない。そもそも、眠った覚えが無い。

……じゃあ、ここは、何処。

「う……っ」

ぱちりと目を開くと、焦点の合わない視界に赤茶けた絨毯が写った。薄暗い室内は広く、これといった家具も無い所為かがらんとしている。カーテンの隙間から漏れた光が唯一の光源のようだった。息を吸うと閉め切られた部屋特有の埃っぽさが鼻に付いた。

────寒い。

ぶるりとその身を震わせて、ライムは無意識に腕を擦りローブを掻き寄せた。

「どこ……? ここ」

見覚えの無い部屋だ。来た覚えも無く、なぜ自分が今こうして見知らぬ部屋で倒れていたのかもわからない。酷く身体が冷えていることから、恐らく結構な時間気を失ってここに倒れていたのだろうとライムは思ったが、記憶はふつりと途切れていて、その原因に心当たりが全く無いのだった。

倒れたままでいても仕方が無い。そう判断して、ライムはゆっくりと腕に力を込めて起き上がる。服に付いた埃を叩き落としながらぐるりと辺りを見回してみるが、家具も何も無い部屋は静かで、何の手がかりも無い。

城の中だとは思う。ホグワーツは広いし、立ち入れない場所も多い。不思議な仕掛けも数え切れぬほどある。城を移動している内に、気付かぬうちにそういったものに引っかかってしまったのだろう。ライムはひとまずそう結論付けた。

……それにしても、寒い。ローブは着ているけれど、その下は薄手のブラウスにスカートでカーディガンやセーターは勿論、ベストすら着ていない。けれど季節は秋に移ったばかりで、この服装でも寒いなんて感じるはずが無い。なのに、今のこの温度では明らかに薄着だと感じた。ああ本当に、どういうことなのだろう。単に、この部屋が寒いだけなのだろうか。

「教室移動するのに近道してから……どうしたんだっけ? 」

思い出そうとしてもそこから先の記憶は無く、ぷつりと不自然なほど唐突に途切れている。何があったのか思い出せない。ジェームズ達の悪戯にでも巻き込まれたのだろうか?でも、彼らがライムに対して、いつまでもこんな所に放置しておくような悪質な悪戯をするだろうか? ……わからない。

「とりあえず談話室に戻って、何が起きたかはそれから調べればいいよね」

そう決めて、ドアノブに手を掛けると。

ガチャッ。

「うわっ!? 」

反対側から、ドアが開いた。

「はじめまして、お嬢さん」
「えーと、はじめ……まして? 」

開いたドアの向こう側に立つのは見知らぬ男性。その人から、声を掛けられた。まだ若いが生徒よりは遙かに年上に見えるその人は、初めて会うはずなのに何処か見覚えがある顔だった。教師だろうか? いや、こんな先生は今まで一度も見たことがない。ということは、客人か。しかしそれにしてはこの城という空間にやけに馴染んでいる。ライムは言い様の無い居心地の悪さを感じた。

「初めて見る顔だけれど、君は、何処から来たのかな? 」
「え? どこから、って……あの、どういうことでしょう  」

質問の意図が読めず、ライムは眉を顰めて問い返した。

東洋人は珍しいから出身を聞いているのだろうか? それとも、何処の寮生かを? いや、そんなのは出会い頭に聞くこととは思えないし、寮は制服を見れば一目瞭然だろう。いきなり何を聞いてくるのだろうこの人は。それに、初めて見る顔、って。これではまるで、自分の方が部外者みたいじゃないか。

「ああ、すまない。驚かせてしまったね。君が着ているのはグリフィンドールの制服に見えるのだが……私は今まで、君のような生徒を見たことが無くてね」
「え? そんなはずは、無いと思うんですが……もう、五年生ですし。それに、失礼ですが私もあなたを見かけるのは初めてです」
「……おやおや、それは何とも不思議な。私はここで変身術を教えている。ホグワーツの生徒の顔ならば、全て覚えておる。君のような東洋人の生徒がいれば忘れるはずも無いのじゃが……」
「変身術を? あの、失礼ですが、お名前は……? 」
「おお、名乗っていなかったの。申し遅れたが、私はアルバス・ダンブルドアという」
「…………へっ? 」

ダン……ダンブルドア!?

そんな馬鹿な! えっ、ダンブルドアって、あの?
目の前の男性はダンブルドアより若い。髭も白くない。言われてみれば、確かに似ているけれど、私の知ってるダンブルドアじゃない。でも嘘を吐いているようには見えない。ってことは、まさか本当に……本人?

……えええええ!? どうしよう、どうしよう?

「あの、ダンブルドア……教授? 」
「何かね」
「つかぬ事をお聞きしますが、弟さんの名前はアバーフォースさん、でよろしいでしょうか? 」
「そうだが……どうして、それを? 」
「妹さんは、アリアナさん、とか……? 」
「ほぅ……君は一体、何者かな? 」
「……多分、話しても信じてもらえないと思います……」

ライムは泣きそうな声でそうつぶやいた。

嘘だろう……嫌な予感が当たってしまった。この若い男性がダンブルドアならば、ここはつまり。

「一緒に来てもらえるね? 」

疑問の形を取っているが、その声は断ることが出来ないほど強く、瞳は真剣だった。警戒されているのだろう、当然だけど。ごくりと唾を飲んで、震える口を開く。

わかりましたと素直に頷くと、ほんの少し表情を和らげてくれた。促すように優しく背を押され、ライムは戸惑いながらも一緒に歩き出した。


****
 

「────何とまぁ……」

信じがたい、というように眉を寄せて唸る男性は初めて見る顔で、名前を聞いてもイマイチピンとこなかった。

見慣れた円形の校長室の歴代校長が座る椅子に深く座したその人は、名をアーマンド・ディペットと名乗った。ライムが知っているホグワーツの校長といえばダンブルドアしかいない為、他の者がその椅子に座っているのは酷く不思議な感じがした。

不審者を連れて来た当の本人であるダンブルドアは、ライムの傍らに立って話の成り行きを見守っている。
先ほどまでの難しい表情とは一転して、今やどこか楽しそうに微笑んでいる。何でそんなに余裕なんですか、ダンブルドア。

「信じられん……! 」
「うむ。奇妙な事もあるものだ」
「数十年先から来た、など……そんな話は聞いたことが無い」
「しかし、荷物に入っていた日刊預言者新聞の日付は1975年9月となっておった。偽物の可能性もあるが、此処まで精巧な偽物を作ることは難しいじゃろうし、そんなことをする理由もなさそうじゃ」
「信じるのかね? ダンブルドア」
「話を聞く限りでは辻褄が合う。新聞以外にも日付の入った品がある。此処まで証拠が揃っておったら、信じるしかあるまい」
「うーむ……確かに……だが、」
「魔法は時に、予期せぬ出来事を引き起こすものじゃよ」

その言葉が後押しとなったのか、ディペット校長はひとしきり唸ったあと、「よし、わかった」と声を上げた。にっこりと笑ったダンブルドアといくつかの言葉を交わした後、二人そろってライムの方を向いた。

どうやら、ようやく話に決着が付いたらしい。
口を挟むことも憚られてハラハラしながら事の成り行きを見守っていたライムはホッと胸を撫で下ろした。そんなライムにダンブルドアが声をかける。

「聞いていたと思うが、ひとまず君の話を信じよう。元の時代に帰ることが出来るまで君にはホグワーツで過ごしてもらう。生徒や他の先生方には、日本からの編入生と言っておこう。元々ホグワーツに通っていたのなら、問題なく過ごせるだろう。色々準備もあるだろうから今日は休みなさい。明日、編入生として紹介しよう」
「はい。ありがとうございます!  」
「とは言え、此処は君にとって数十年昔の時代だ。何かと戸惑うこともあるだろう。明日の夕方世話役の生徒を君の迎えにやろう。わからないことは聞くといい。組み分けは夕食の席で行う」
「組み分け、ですか? でも私、何年も前に組み分けの儀式は受けていますよ?今までずっとグリフィンドールでやってきましたし……」
「ホグワーツに入学するものは皆受けねばならん。なぁに、そんなに時間もかからんし、いいだろう」
「はぁ……」

結果が判りきっているのに、やるのか。単にダンブルドアがやりたいだけじゃないのかとも思ったが口には出さないでおく。何にせよ、これでしばらくの間この時代で暮らす目処は立ったのだ。それだけでも十分だろう。

ああでも、緊張する。これでホグワーツに編入するのは2回目だ。前は2年生で周りも入学してからそんなに経っていなかったから馴染みやすかったが、今度は5年生。馴染めるか不安だ。何処から来たの? とか、どうして編入してきたの? とか、根掘り葉掘り聞かれるんだろうなぁ……何て答えようか。とにかく、ボロを出さないように気をつけなくては。

ダンブルドアの案内で使っていない教職員用の部屋へと向かいながら、明日から始まる怒涛の毎日を思い ライムはそっとため息を吐いた。

(ああ、早くあの時代に戻りたい)

この先に何が待っているのかなんて、この時はまだ考えもしなかった。


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