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  暗転する世界


「遅れる……! 」

バタバタと荒い足音が鈍く響く。
授業の合間の休み時間。授業も残るはあと一つという所で、ライムは教科書が手元に無いことに気付いた。一緒に見るか? というシリウスの提案には乗らず、ライムは一人寮まで教科書を取りに行くことにした。……これが、間違いだったのかもしれない。

寮は思いの外遠く、教科書を取って戻るだけでも予定より時間が掛かってしまった。このままだと授業の開始時間に間に合うかどうかわからない。焦りに任せて走る速度は上がり、気付けば全力疾走していた。

「っ、は、あと、半分……! 」

走る速度を緩めぬまま角を曲がった瞬間、目の前が真っ黒になって────ドンッ!! ────勢いよく、何かとぶつかった。

「──ッ、たぁ……」
「うっ……」

跳ね飛ばされ、床に投げ出される。衝撃に息が詰まった。ぶつかったのは人間のようで相手も床に倒れている。ライムは咄嗟に謝ろうとしたが上手く声が出なかった。互いに痛みに蹲り、廊下はしばし沈黙に包まれた。

「……どこを見ているんだっ! 」
「ご、ごめんなさい……! ……って、え、セブルス? 」
「は? …………ハァ……お前か……」

聞き覚えのある声に名前を呼べば、ぶつかった相手――セブルス・スネイプは驚いたように目を見開いた後、呆れたとばかりにため息を吐いた。倒れた衝撃で乱れた髪がバラバラに顔に掛かっている。血色の悪い顔は相変わらずで、黒いローブを纏った姿はどこか蝙蝠を連想させる。ぶつかった相手がライムだとわかり怒りは収まったようだが、眉間には深い皺が刻まれている。

「ご、ごめん! 急いでて、ちゃんと前を見てなかったの。怪我してない? 」
「平気だ」
「本当にごめんね、セブルス」
「ちゃんと前を見ろ」
「うん。ごめん……」
「これくらい平気だと言っている」

でも、と食い下がるライムに、セブルスはもう一度大きなため息を吐き、宥めるように口を開いた。

「わざとじゃないんだろう。なら、別にいい。もう謝るな。……次からは気をつけるんだな」
「……うん。ありがとう、セブルス」

ライムは困ったように笑った。

「……そうだ、ライム、」
「なに? 」

暫しの沈黙の後、荷物の入った鞄をしまい直したセブルスがぽつりとつぶやいた。床に零れて染み付いたインクを呪文で取り除いていたライムが顔を上げ促す。
セブルスは口を開き、何かを言おうとして、迷った末に口を閉じた。何だか難しい顔をしている。いつも以上に。

「……いや、今度でいい」
「え、でも」
「授業じゃないのか」
「──あっ!! 」

そうだった。ぶつかった衝撃ですっかり忘れていたが、もうじき授業が始まるんだった。慌てて周囲に散らばった鞄や教科書を拾い集めて、乱れた衣服を整え立ち上がる。遠くに飛ばされていた羽ペンを拾い差し出すセブルスに礼を言って受け取り仕舞い込む。

じゃあまたね、と手を振って、別れた。


****


「まずい、遅刻する! 」

バタバタと足音を立てて走りながら時計を確認する。授業開始まで、あと少し。
即座に頭の中に城の地図を広げる。通常のルートで向かうのではもう、間に合わない。ならば他のルートは、どこかに抜け道は無かったか。ここからの最短ルートはどれだろう。

弾き出したルートのひとつ、この先の角を曲がった突き当たり。壁に飾られた人の背丈ほどの絵画の裏に、確か古い抜け道があったはず。ひとまずそこを抜けよう、と決めてライムは走る速度を上げた。


****


「……あれ? ここって、こんなに暗かったっけ? 」

大きな時計の絵の裏に飛び込んでみたはいいものの、中は予想外の暗闇だった。

普段あまり使わない抜け道だけれど、前に使ったときは確かもっと明るかった気がする。……記憶違いだろうか?背後の──入り口を振り返っても真っ暗で何も見えない。ポケットから杖を取り出し ルーモス、と唱えてみたけれど、何故だか灯りはつかなかった。

戻ろうかとも思ったが、それでは授業に間に合わない。仕方がない、ここは一本道だったはずだし、壁に手を着いて進めばまぁ何とかなるだろう。そう結論付けて恐る恐る進んでいくと不意に、視界の端で、ちらちらと光が舞った。

「なに…? これ」

足を止めてまじまじと見つめる。小さな小さな光の粒子が、足元に散らばっていた。

「何だろう……砂? 」

それは不思議な光景だった。ずっと見つめていると、光は消えてしまう。身動きする度チカチカと瞬く光は砂金のように美しい。試しにライムは屈み込んで、その光の砂を掬った。ふわりと軽く、手のひらを少し傾けただけで一粒残らず零れ落ちていく。その美しい光景に しばし見とれた。

「……綺麗」

出来ることならこのまましばらく見ていたいが、そういう訳にはいかない。ライムは名残惜しさを押しとどめ、ぱっと立ち上がってローブの裾を叩くと、舞い上がった光がチカチカと瞬いた。

踏みしめた足に、沈み込む砂の感覚は伝わってくるのに不思議と音は聞こえない。一歩一歩進む度、キラキラと黄金色の砂が舞う。

──おかしい。ここは真っ暗なのに。

窓の無い暗闇。光源がどこにも無いのに、なぜ光って見えるのだろう。初めは綺麗だと思っていたのに 段々と不安になってくる。理由はわからないけれど、ただ感じた違和感に、「ここは駄目だ」と思うのだ。

早く、ここから出なくては。

焦燥に背を押されるようにして足を速めた途端。

「────っ! 」

踏みしめた、足が。

ズルリ と、深く、沈んだ。


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