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  その瞳の先に夢を見る


緩やかに音楽が終わりに向かうのを、リドルの瞳を見上げながらぼんやりと聴いていた。

きらきらと星屑のように煌めく無数のシャンデリア。夜空の色を映した天井の下でくるくると回るドレスローブの渦。
くるくると回る度、ライムの長い髪が遠心力で扇型に広がった。最後のターンを終えると、音楽の終わりと共に円形に広がったドレスロープがゆるやかに元の形に収束する。

余韻の残るダンスホールに緩やかなざわめきが戻ってきた。ライムが軽く上がった息を整えて間近に立つリドルを見上げると、普段は青白いリドルの頬も踊った後とあってか僅かに上気してほんのりと薔薇色に染まっていた。深い藍色を基調にした細身のドレスローブはシンプルだが決して地味ではなく、しなやかなリドルの肢体によく似合っている。どこか軍服を連想させるデザインのそれは確かオリオンがリドルのために作らせたものだったか。艶やかな黒髪や衣装に施された細かな銀糸の刺繍が会場の明かりを受けて輝く様はえも言われず美しかった。  

「なかなかだね」

不意にかけられた声に反応が遅れる。数秒間が開いて、リドルの目がこちらを見下ろしているのを見て、ああ、自分に向けられたものかと気づいた。

「褒め……てる? 」
「それ以外に何があるの?」
「いや、リドルが褒めるのって珍しいから……」

今年のクリスマスはダンスパーティーだ、と知らされた時から密かに練習した甲斐があった。こちらではダンスパーティーといったら必然的にペアでの参加となる。ライムには最終学年のパーティーでリドル以外と踊る選択肢はなかった。
……というより、例え誰か別の相手に声をかけても、絶対に断られるという確信があった。

「僕に恥をかかせないように特訓していたんだろう?」

知ってるよ、と言わんばかりの言い方にライムは少しむっとする。

「貴方のためじゃなくて、私のために、ね」
「素直じゃないね」
「事実だもの」
「強情だ」
「お互い様でしょ」

こうしてぽんぽんと軽口をたたき台うのは嫌いじゃない。ライムがこちらに残ると決めてから早いものでもう一年。寮を跨いで毎日のように一緒にいれば嫌でも慣れる。

ーーそう、ライムは今やこの男、トム・リドルと恋仲……ということになっている。
言い切らないのはせめてもの意地だ。実際はとっくに絆されていることなんて自分が一番よくわかっていた。

「中は煩い。外へ行こうか」

リドルに手を引かれるままに人目を避けるように外の庭園へと向かう。途端に吹き付ける冷たい風にライムが反射的に身を諌めると、リドルは音もなく杖を取出し一振りした。

「これであたたかいだろう」
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」

上着を貸すんじゃなくて魔法で解決するあたりがリドルらしい。
手を引かれるままに庭園の奥へと進んで行くと、段々と大広間を抜け出した生徒の姿もまばらになる。もしやもう戻る気がないのかとライムが疑念を抱いていると、リドルはふいに足を止めた。

「リドル? 」

どうしたの、と続けようとしてロを噤む。振り返ったリドルは口元に人差し指を当てて無言で静かに、と合図してライムの身体を引き寄せた。ライムがぎょっとして硬直していると、しばらくしてすぐ近くを通り抜けていく男女の姿が見えた。暗がりで垣根の側に立っていたためかあちらはリドルたちに気が付かなかったようだ。その後ろ姿が見えなくなってから、リドルはようやくロを開いた。

「やっと息が付ける」

心底うんざりした、といった表情でリドルは襟元を緩める。詰襟のドレスローブは見た目以上に窮屈らしい。

「もう戻るつもりはないの? 」
「ああ」
「誰かが気付くんじゃあ……」
「あれだけ盛り上がっていれば、誰がいないかなんてもうわからないだろう。僕の役目はもう終わりだ」

パーティーの冒頭で余興代わりに踊らされたことがよほど嫌だったらしい。それに付き合わされたのはライムも同じなのだが、まあ今更それに文句を言っても仕方がない。決めたのは何と言ってもあのダンブルドアだ。

「あれ以上あいつの楽しんでいる顔を見るのに耐えられない」
「リドルって本当にダンブルドアとそりが合わないよね」

じろりと睨まれてライムは笑う。アルバス・ダンブルドアはリドルにとって唯一の天敵だ。表立って揉めたことはないものの、内心毛嫌いしていることをライムはよく知っている。

「君は随分とあいつのことが好きなようだけど」
「好き、というか……お世話になっているからなあ」

後見人だし、と付け足してリドルの様子を伺うと、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。滅多に見られないそんなリドルの表情にライムは声を上げて笑ったが、ライム自身もああしてダンブルドアに嬉しくてたまらない、という顔で始終見つめられるのは正直あまり嬉しくなかった。
リドルと付き合っているという噂が流れるようになってから、ダンブルドアは二人の姿を見るととても嬉しそうに見つめてくるようになった。気持ちはわからないでもないが、純粋に恥ずかしい。
気分を切り替えようと、二人は更に人気のない方へと歩を進めた。

「クリスマスをここで過ごすのも最後だね」
「ああ」

生い茂る垣根を抜けた先にはこじんまりとした庭園が広がっていた。人気のない庭には氷でできた見事な薔薇が咲き乱れている。珍しいその光景に感激したライムは小走りに駆け寄ると、香りのしない満開の薔薇の花を一本手折って月光に透かした。

「綺麗だね」
「君はそういうのが好みなの? 」
「うん。魔法界でしか見られないでしょう? 」
「……そうだね」

リドルもライムも次の夏でホグワーツを卒業する。お互い進路はまだ決まっていないけれど、ライムにはリドルの進む道が変わってきているのだという確信があった。

「随分と嬉しそうだね」
「そう? 」
「ああ。ダンブルドアみたいな顔だ」
「それって……」

どう受け取ったらいいんだ。ダンブルドアが大嫌いなリドルのことだ、恐らく褒めてはいまい。ライムは何とも言えない複雑な気持ちになった。

「私は、リドルの方がダンブルドアによく似ていると思う」
「笑えない冗談だ」
「……本当のことだけど」
「僕の何処が似ているって? 」
「負けず嫌いなところも、喰えない性格も、正直そっくりだと思う」
「似ていないよ」
「似てるよ。リドルのそれは同族嫌悪ってやつだよ」
「……それ以上言ったらどうなるかわかるだろう」
「どうなるの? 」

凄味の効いた声にも怯まず、ライムはからかい交じりの笑顔で尋ねる。一体ライムが今までに何度修羅場を経験したと思っているのか。今更怒ったリドルに怖がったりするものか。
怯えも見せないライムの様子を見て、怒るかと思ったリドルは意外なことにふっと息を吐いた。ほんの一瞬見せたその表情があまりにも穏やかで、ライムは思わず息をのむ。

「リド……」
「こうなる」

ロを挟む間もなかった。手首をつかまれぐいっと一瞬で引き寄せられる。距離が詰まる。リドルの整った顔が間近に来たと思った瞬間、唇がふさがれた。

「っ……!? 」

ライムがぎょっとして硬直しても、抵抗するように暴れても、リドルは離れなかった。それどころか更に口付けは深くなる一方だ。

息ができない。苦しい。酸素が足りない。何より、熱い。

ライムが観念したように体の力を抜くと、リドルが小さく笑う気配がした。そのまま角度を変えて口付けて、息継ぎに離れたと思えば再び唇は塞がれた。
吐息が漏れて、熱が上がる。押し返そうと胸板に置いたライムの手首をリドルが掴んで、逃れるように震えた細い指をリドルの骨張った指が絡め取る。とろりと蕩けた瞳に宿る激情に更に追い詰められてゆく。
リドルは時間をかけて味わい尽くしてから、ようやくゆっくりとその身を離した。

「わかったかい? 」

そう言って艶やかに微笑するリドルの顔なんてまともに見られなかった。あまりの恥ずかしさに、ライムは今すぐ消えてしまいたいとすら思った。鏡を見なくてもわかる。きっと今のライムの顔は真っ赤だ。

「……ヤドリギの下でもないのに」

苦し紛れにライムのそう言うと、リドルはきょとんとした後で意地悪い笑みを浮かべた。

「そんなもの、魔法でどうにだってなる」

リドルが杖を一振りした先でヤドリギが生い茂る。

「お気に召したかい? 」

畏まった口調でリドルは言った。
ああ、そうだ。この人はこういう人だった。何をしたって敵わない。結局最後は押し負けてしまう。これがら惚れた弱みというやつか。

ライムが観念したように笑うと、リドルは改めてその頬に白い手を添えた。

「リドルって、本当に狡い」
「僕たちは魔法使いだ」
「……そうやって魔法を都合良く使うの、どうかと思う」
「手段を選ばないのがスリザリンだからね」
「そんな風にしていると、いつかまた一人になるよ。スリザリンの末裔さん」

動きが止まって目を見開いたリドルに、ライムは精一杯の笑顔を向ける。

「……だから私は、そんな貴方が一人きりにならないように見ててあげる」

ずっと、貴方の傍で。
足りないところを補い合って、一緒に歩いて行こう。どこに行き着くのかはわからない。けれどきっと、そんなに悪いところじゃあないだろう。

だってもう、一人じゃないから。

「ねえ、リドル」

口付けの合間に想いをこめて名を呼ぶ。向けられた瞳はいつになく穏やかだった。ああ、この瞳が好きだ。ずっとずっと、恋がれてきた。

「大好き。貴方のことが、誰よりも」
「……知ってるさ」

再び近付いてきたリドルの顔に笑いかけて、ライムはそっと目を閉じた。


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