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「#エロ」のBL小説を読む
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- ナノ -

short short


2013/06/04 12:36

 
僕にとって、過去を振り返るという行為は苦痛以外の何物でも無かった。
いつでも記憶には重苦しい影が見えた。暗い屋敷。長い廊下。会話の無い食卓。躾は厳しく弱音を吐くことは許されない。友達は作るものではなく与えられるもので、決定権は僕に無かった。
鉛のように重い過去は僕の胸をじわじわと圧迫した。苦しい、吐き出したい、息が出来ない、息の仕方もわからない。
陰鬱な過去の記憶は僕を蝕む。この色の無い毎日は一体いつまで続くのだろう。わからない。縋れるものなど何も無い。
けれど、一緒に外を駆け回ったり、転んだ僕に手を差し伸べたり、当たり前のように兄と過ごした ほんの些細な記憶がたまらなく愛おしく思えて。
────その明るさに、胸が詰まるのだ。
今の僕の置かれている状況と比べてそれは余りに穏やかで、あたたかくて。多分幸せとはああいう事をいうのだと気付いた時にはもう手遅れだった。
兄は永遠に家を後にし、僕の進む道はひとつしか無かった。

兄を認めたわけじゃない。兄を許したわけじゃない。けれど嫌いだったわけでも無いのだと、今更ながらに自覚した。
兄は母の言うことばかりを聞く僕を疎ましく思っていたようだけど、笑いかけてくれることもあったから。
もし、あの時兄に声をかけていたら。
もし、母が兄を認めていたら。
もし、兄と僕の生まれる順番が逆だったら。
もしも、もしも、もしも。
もしも ばかりで前に進めない。けれど戻ってやり直すことも出来ない。後悔しているのかすらもわからない。今に満足出来ないけれど、じゃあ何がいいのかと問われたら答えられない。間違えたとしたら何処だろう?何処で道を違えたのだろう?一体どれが正解なのか誰も知らない。誰もわからない。誰も教えてはくれなかった。
何処から直せばいいのかも、僕にはもうわからないのだ。

(ずぶずぶと 堕ちてゆく/レギュラス)

2013/03/29 08:57

おいで、と誘う声は甘かった。
差し出された手のひらを戸惑ったように見つめた私を見て、その人は僅かに首を傾げてから「ああ」と合点がいったとばかりに微笑んだ。
「警戒しているのかい?大丈夫、僕は君のお父上の友人さ」
「父上…?パパ?」
「そう。君のパパの事、良く知っているよ」
「パパのお友達…?」
友達というにはその人は随分若く見えた。見たことが無い程綺麗な顔をした、若い男の人だ。皺ひとつ無い紺地のストライプスーツを着て、滑らかな輝きを放つ革靴を履いている。
「ああ。だから知らない人ではないだろう?おいで、素敵なものを見せてあげよう」
そう言って再び差し出された手のひらは日の光の下で輝くばかりに白く、生気の無い人形のようで、私は触れるのを躊躇った。けれどその人の顔に浮かぶ微笑みがあまりに優しいものだから、どうしても気になってその手を取った。
「いい子だ」
声には笑みが滲んでいた。艶やかな紅唇が形良い弧を描く。赤い紅い、薔薇の色。風が吹いた拍子にふわりと薔薇の匂いがして、瞬く。
「あなたの、お名前は?」
見上げた先、遥か頭上でその人は私を見た。まっすぐに向けられた瞳は熟れた木苺よりも美しい、宝石みたいな赤い色をしていた。
「────リドル」


(霧の彼方の記憶/リドル/Last Note)

ヒロインとの出会いを書こうとしたけど…うーん…
しっくりこないのでひとまずこちらにアップ

2013/03/12 11:54

命は重いと言うけれど、実際に杖を振るって奪った命は羽のように軽かった。倒れた骸を眺めても何の感慨も湧かなかった。ただ「こんなものか」という少しの落胆が胸に湧き起こっただけで、それも瞬きの合間に消え去った。
「馬鹿な男だ」
身の程知らずの愚か者。自分だけ逃げ出して、何もかも投げ捨てて、こうしてのうのうと生き延びていた。恐怖に引き攣った死に顔は鏡を見るまでも無く自分と瓜二つだった。それがたまらなく腹立たしいのに見てしまう。目が逸らせない。違う、僕はあんな顔はしない。みっともなく目を見開き、恐怖を表に出すなんて。ああいっそ死よりも恐ろしい恐怖を与えてやればよかった。自ら殺してくれと懇願し、地に額をこすりつけて哀願するほどの恐怖を。けれどこれ以上見ていたくは無かった。憎くてたまらないのに哀れだった。年老いた夫婦とその息子。自分の血縁者。その目に鼻に口に髪に自分との共通点を見つける度吐き気にも似た憎悪が込み上げる。こんな繋がりはいらない。こんなものはいらない。いらない者は消してしまえばいい。記憶も形も存在すらも。僕にはその力がある。
杖を向けて言葉一つで全て奪える。抗う術を持たぬ弱い者。こんな弱さは僕には無い。僕にはいらない。僕とは結びつかない。結び付けない、きっと誰も。だから奪う。だから消す。この世のどこにも繋がりなんていらない。僕は独りで、独りなのが僕で、それが僕の理想だった。

(リドル/独りを選んだのは僕だ)

リトル・ハングルトンで父親と祖父母を殺害した時の話。父親と瓜二つなのは公式設定ですが、祖父母にも似ている部分はあったんじゃないかなーという妄想。

2013/02/28 22:43

走っても月は追いかけてきた。

真夜中にふと目が覚めた。時刻を確認するまでも無く、朝は遠いとわかった。眠りの余韻は跡形も無く、けれどこんな夜中にする事も無いのでどうにかもう一度眠りにつこうと目蓋をぎゅっと押し付けてみた。眠気は少しも訪れずすぐに無意味だと諦めた。
ベッドから足を下ろすと冷気は即座に這い上がってきた。反射的に眉間に皺が寄る。けれどそれを見咎める者もいないから、僕は気にせずそのまま立った。靴の所まで裸足でぺたぺたと歩く。足裏に触れるやわらかな絨毯はほんの少しくすぐったかった。靴を履きながら上着を探してぐるりと部屋を見渡す。一瞬、クリーチャーを呼ぼうかと思ったが、すぐに思い直してクローゼットから自分でコートとマフラーを取り出した。


そろりと屋敷の外に抜け出してから、指の先が冷たい事に気がついた。そういえば、手袋の事をすっかり忘れていた。寒さにかじかむ指先は放っておいたら霜焼けになりそうだったが、手袋を取りに戻るつもりは無かった。ドアに背を向けて歩き出す。マグルの姿はどこにも無くて、僕は少しだけ安堵した。

空にぽっかりと浮かぶ月は一部の欠けも無くまん丸で、綺麗な白い光の固まりだった。その美しさを恐ろしいと思った。月は落ちてきそうに大きく、そのイメージは僕の頭に焼き付いて離れなくなった。
気付いた時には走り出していた。

マグルの町並みが飛ぶように後ろへ流れてゆく。石畳は見た目はいいがごつごつと粗く走りにくかった。けれど僕は構わず走った。風がぶつかって頬が痛む。走る速度を上げると景色が溶けて色が混じった。

ハアハアと、息が切れる。喉がヒリヒリして肺が痛む。わき腹が徐々に引き攣れるように痛み出したが、僕はそれでも走ることをやめなかった。やめたら月が追いついてしまう。

どうして走っているのだろう。握り締めた手のひらが汗で滑る。額に髪が張り付き、風に煽られた後ろ髪はぼさぼさだった。するりと解けたマフラーが背中で尾を引く。僕は止まらない。止まれない。誰かが尾を引いて、止めてくれたらいいのにと思った。けれど誰も来なかった。当然だ。だってここには僕しかいない。


こわかった。それは得体の知れない恐怖だった。
月が恐いのではないと今更ながらに気付いたけれど、それは気休めにしかならなかった。どちらにしろ、走っても逃げられない事には変わりない。

恐怖は僕の内側から湧き出した。泡のように次々と、大小さまざまな恐怖はごぼごぼと音を立てて僕の身体を駆け上がった。口を開いて吐き出しても、あふれ出す。止まらない。息が苦しい。でも止まれない。泡も止まない。ああこのままでは、死んでしまう。


(レギュラス/月を追って)

思い立って一気に書いた話。不安に押し潰されそうでただひたすらに走って逃げるけど不安は自分の内側から生まれるものだからどこにも逃げ場なんてないよっていうよくわからない話。
そのうち加筆修正したい。

2013/02/27 03:14

 
────だから、嫌だったんだ。
こんな表情を見るくらいなら、とっとと離れてしまえば良かった。離れるべきだった。
情が移るなどあり得ないと高を括っていた事は認めよう。面白いと思った事も。我が強く、頑固で誠実で自分の意思を中々曲げない。そんなところが存外好ましいと感じた事も、否定は出来ない。
けれどこんな表情をさせる為に傍に置いた訳では無い。いつだってへらへら笑って、生意気な口をきいていたのに、どうして最後までそれを貫き通せないのか。当たり前だが武人には程遠い。────そうか、この娘はただの娘だったな、と今更ながらに思い出す。普段の態度があまりに堂々としていて、戦にも臆さないものだからすっかり失念していた。
「何て酷い顔だろうね」
「だっ、誰のせいだと、思ってるんですか…っ!」
威勢の良さだけは変わらない。涙声と今にも泣きそうな顔はいつもと違うけれど、やはりこの娘は見ていて飽きない。嫌いではないな、と素直に思う。
笑った拍子に咳き込み上体を曲げると、慌てたように背を摩ってくる。娘の姿をちらと横目で見れば、噛み締めた唇が僅かに震えていた。
「無理をしないでください」
死にますよ、と言う娘の顔は普段通りを装おうとして失敗したのか、奇妙に歪んでいた。
「死なないさ」
笑みの合間に吐き出す吐息は熱い。
「まだ、死ねない」
やるべき事が残っている。先の事は勿論考慮に入れて準備を進めて来たけれど、まだ、襷は渡せない。砂時計の砂は残り少ないけれど、最後の一粒が落ちるまでは僕の時間だ。
「だから君にも、まだ働いてもらうよ」
娘は不安を押し隠して不敵に笑う。初めて会った時などは、自分とは全くの正反対な娘だと思ったものだが、案外似た者同士なのかもしれなかった。


(半兵衛/BSR/似た者同士)

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