「ユーリさん…?」
呟いた言葉は空に溶けそのまま消えてなくなった。居ないはずの人間の名を呼んで何がしたいのだろうか、虚無感が私を覆った。
私は寂しさを片手にユーリさんのオフィスをあとにした。
ユーリさんがオフィスに居ないなんて分かりきっていたことなのに、実はユーリさんは仕事の休みをとって紅茶を優雅に飲んで、おかえり、と私の名前を呼んでくれることを想像した。なんて無駄な幻想! 幻想なんて美しい響きは似合わないか? ううん、妄想なんて言わせないから。
いくら考えを巡らせても虚しさはつのる一方で、私はオフィスをあとにした。
見上げれば満月は赤く輝いていて不気味な雰囲気を辺りにちりばめていた。人気の少ない路地を足早に通りぬけ家路につく。
――そういえば、最近ルナティックというヒーロー、みたいなものが出るんだ。
ふと思い出したルナティックという名前。犯罪者にしか関わりのない人なので私には無縁の存在だ。
「…え、あ…」
そんなことを思っていた矢先、目線の上にルナティック。何なのこれは、どこかの陳腐なギャグストーリー? いや、違う。私はギャグストーリーのヒロインなんかじゃないもの。
路地にたたずむビルの上に背景のようになじんだルナティックは、上からじっと私を見下ろす。
こわい、こわい、私のなかの恐怖を感じとる細胞が青い光を燃やし反応を始めた。
「ルナティック…」
無意識にその名を呼べば、ルナティックは音も無く私の目の前に立ちそのマスクに隠れた顔を近づけた。…何故か、先ほどまで青い光がゆらいでいた私の細胞は落ち着き、恐怖の感情も不思議となくなっていた。
ルナティックは跪き私の手をとり一つ、手の甲に優しいキスを落とした。もちろん、温かさなんてものはなかったが私の手はじんわりと温まった。
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:優しいルナティックが書きたかったんです。