「馬鹿」



「うん」



「一人で突っ走って挙げ句あんな死に方して」



「うん」



「黄家の男が聞いて呆れる」



「うん」



「…この馬鹿」



「うん」




戦争も後片付けも、何もかも終わって。あたしたち仙道が人間界で出来ることは無くなった今。皆思い思いの行動を取っている。スープーは武吉とアホ主人を探し、隠居した元始天尊様に代わり、楊ぜ…っと、今は公主様か。が仙界の一切を取り仕切っている。相変わらず蝉玉は土行孫を追いかけ回し、そしてあたしは。




「本当、あんたが封神されてから忙しくって死にそうだったんだから」



「悪かったさ、苦労かけて」




何もかも終わらせる前に封神されてしまった仲間のもとで、愚痴をこぼしている。不毛すぎる。そんなの自分でも分かっているけど、彼の顔を見る度、色んな感情が噴き出して止まらなくなるのだ。




「あーたが怒るのも無理ねえさ。俺っちも大分、無茶やったし」



「怒るとかもうそういうのは超越したよ。どっちかというと呆れてる」



「あんまり変わんねえさ」




どうして黙って行ったのか、とか。もっとやりようはなかったのか、とか。そんな問いは出来なかった。だって、天化がそうしたいからそうしたんだ。あたしには責める権利も、ましてや知る権利すらない。崑侖で知り合って、同じように太公望の手伝いに行かされた、ただそれだけの仲。家族でもない、友人でもない、仲間というざっくりとした関係。そのあたしがこうやって愚痴を言うこと自体も、本当はおかしな話なのだ。




不毛、かつ不条理。そんなこと分かっていても続けてしまうのは。そんな理由なんざ、一つしかない。



置いていかれた。



別に勝手に紂王にケンカ売ったことを怒ってるわけでもないし、それを全部一人で決めてやったことを怒ってるわけでもない。ただ、あたしが、嫌なだけ。天化は天化のしたいようにした。それでいい。けど、けど。




「…残された方は、たまったもんじゃないんだから」




天化は天化のしたいようにした。頭では理解できるのに、心が何で、どうして、と叫び続ける。一人で、勝手に行ってしまって。あたしは、あんたのことそれなりに気に入ってたし、一緒にいるのが何より楽しくて、幸せだった。そう思ってたのが、自分だけだなんて。そんな現実が、あたしの足をここへ運ばせた。ほとんど衝動みたいなもの。自分が自分で情けない。自らの感情くらいコントロール出来なくて、何が仙道だ。




「…もう帰るわ、大乙に頼まれごとされてるし」




研究の手伝いをしてほしい、と言っていたが恐らく実験台だろう。今度は何を飲まされるのか。気は乗らないが、この場にいるのが居たたまれなくなったから。随分自分勝手だな、私。くるりと踵を返す。




「待つさ」




天化の声に、びくりと肩が震える。語調が強いわけでもないのに、足が動かなくなった。けど、振り向けない。散々な言い草に、呆れたのか。怒ったのか。そんな口調には聞こえなかった。じゃあ、何だ。




「勝手に行って、すまねえさ」



「…何で、あんたが謝るの」



「だって、そんな顔されたらなあ」




泣きそうな顔、してるさ。



天化の言葉に、足の力がふっと抜ける。その場にへたりこんだあたしの口から溢れ出たのは。




叫ぶような、泣き声だった。




「なんで、どうして、あんたは死んで、あたしがまだ生きてるの」




嫌だ。置いていかないで。あたしをひとりにしないで。あんたのいない、せかいなんて。今まで誰にも言えなかった、言葉が、気持ちが、悲しみも絶望も痛みも苦しさも、全部。



どうして、あたしは、生きてるの。ひとりで。




「何も今生の別れ、ってわけじゃねえさ。あーたもいずれは、こっちに来るんだ」




そう言った天化の声は、いつになく優しくて。後ろからあたしの肩に添えられた手は、魂だけの彼には触れられないはずなのに、暖かくて。




「あーたがいないと、暇なんさ。こっちにはオヤジも聞太子もいて、楽しいけど。やっぱちょい、つまんねえんさ」



だから、さ。




「待ってっから。気長に、あーたが思う存分生きて、飽きるまで。そんで飽きた時は、俺っちの相手してくれさ」




いつの間にか、肩の震えは止まっていた。感じる筈のない、手の暖かさ。その部分からじんわりと、体の力が抜けていく。



目元を乱暴に拳でぬぐい、振り返る。天化は、あたしの知っている、屈託のない笑顔でこちらを見ていた。ぐしゃぐしゃでひどい顔をしているだろうあたしを。



もし、もしもあたしが魂だけになってここに来て。その時は。ねえ、また一緒にいてくれるって、そう言ってるんだよね。



また、一緒に過ごす日々を、始めることができるなら。



もう、涙は流れない。立ち上がり、埃を払う。天化の顔は、見ないまま言う。




「…その言葉、忘れないでよ」




「おう!」と元気な返事を背に、あたしは歩き出した。待ってくれているのなら。また、あの日々が戻ってくるのなら。




ここに来る時に、あいつに聞かせる土産話をたんまり持っていけるように。めいいっぱい楽しい余生を送るのも、悪くない。さっきまで歪めていた口元には、笑みが浮かんだ。


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