「別れてきたのだよ」




「…何で緑間っち口調なんスか」




「大して意味はない、そんなわけだからちょっと付き合えよ」




こんなやり取りで黄瀬の部屋に押し掛けたのが何時頃だったか。気付けば買い込んできたおつまみも缶ビールもなくなり、日付も変わっていた。





「一緒にいてもつまんない、って十分別れる理由になるじゃんねー。なのにあんな引き留めるとかまじない。だから楽しくないっつってんだろ空気読めよ」




「まあそりゃあっちから付き合おうって言ったんならそれが普通じゃないっスか」




「けどさーあんな往来で号泣されてみな、あたしが恥ずかしいっての」





言いながらポテチの最後の一枚を口に入れた。底の方にあったからか、妙にしょっぱい。黄瀬はすでに空になったビールの空き缶を両手の平で弄んでいる。




黄瀬とは中学から何となく気が合って、高校は離れたけどたまたま大学が一緒になった。あたしも黄瀬も独り暮らしなのもあって、よくこうやってお互いの家に上がり込んでいる。といってももっぱら押し掛けるのはあたしだ。今日みたいな、彼氏の愚痴とか言うだけ言ってすっきりして帰る。いやさっき別れたんだから元彼か。





「あ、もう一時じゃん。時間過ぎんの早すぎ」




「俺明日仕事なんスけど。夜更かしは美容の大敵っスよ」




「奇遇だね、あたしも明日は講義があるのさ。そろそろ帰るかな、っと」





黄瀬が以前モデルの仕事で一目惚れしたというガラスのテーブルに手をついて立ち上がろうとした。ら、意外と酔いが回っていたようで、足元がふらついた。すかさず黄瀬が横から体を支えてくれる。





「あーありがと、さすが伊達にイケメンモデルやってないね」




「大丈夫なんスか、それで帰るって」




「大丈夫ですよー、あたしだってさすがに泊まったりはしないって」





さすがに、それはねえ。笑いながら今度はしっかりと床を踏みしめた。時間は遅いとはいえ、ここからうちまでは歩いて五分ほど。帰り着いて即寝れば明日にも支障はない。少し暗い玄関まで歩き出そうとしたら、再び体がぐらついた。否。




黄瀬の腕が、あたしの体を床に引き倒したのか。そう分かったときには、唇に柔らかい感触。あれ、あたし、キス、されてる。黄瀬に。なんで。





「…泊まっていけよ、いい加減」




「な、に言って」




「気づいてんスよね、俺が何で毎回毎回アンタの愚痴に付き合ってんのか。夜中だろうが仕事があろうが、文句言わず」




そう言う黄瀬の顔は、今まで見たことないくらい、真剣で、必死だ。




うん、気付いてた。黄瀬があたしを憎からず思ってることくらい。だけど、それに答えたら、あたしたちはどうなるのか。今まで付き合ってきた男たちは、別れてからそれっきり。友達に戻れた奴なんかいない。黄瀬の気持ちに答えたら、あたしと黄瀬の関係は、ぐんと終わりに近づいてしまう。それは嫌だ。我が儘なのは分かってるけど、黄瀬にはこのまま、適度に近くにいて欲しい。離れたくない。そう思うくらいには、あたしも黄瀬のことを思っている。もちろん、男女的な意味で、だ。





「大体今さら付き合って、何か変わるんスか?せいぜいヤるかヤらないかくらいだろ」




今度は呆れたような顔をする。うん、そういうところが好きなんだ。普段はヘラヘラ笑って愛想振り撒いてる黄瀬が、あたしには、あたしにだけは、全部感情を見せてくれる。いいものも悪いものも全部。





黄瀬の手が、あたしの頬を優しく包む。あったかい。今まで触れた手の中で、一番ってくらい。どうしよう、この手は選ばないって、決めてたのに。黄瀬とは、このままでいた方が幸せなんだって、思ったのに。






「…あんたは、離れていかない?」





どうしよう。この手を、黄瀬を、選びたい。だめ。だって。一度近付いてしまえば、終わってしまったときに、辛くなる。離れてしまえば、二度と同じ距離には、戻れない。他人と他人に、変わってしまう。黄瀬とは、黄瀬とだけは、そうなりたくない。なのに。触れた手が、ぬくもりが、もっともっと、欲しい。触れて欲しい、与えて欲しい、離さないで欲しい。どんどん膨らむ、胸の痛みと、欲と。





「…たとえアンタが俺を嫌おうとも、必要としなくなっても、俺はアンタから離れる気はないっスよ。絶対」





にっこりと笑う黄瀬。その顔は、反則だ。いろいろ考えて決めてたことが、すうっと溶けていくように消えていく。頬に添えられたままの黄瀬の手に、あたしの手を重ねる。熱が、掌から腕に、体に、胸に、伝わってきた。




終わらない。あたしと黄瀬は。根拠はないけど。




「…あんた、明日仕事じゃなかったの」




「午後からっスよ」




「奇遇だね、あたしも授業は午後からなんだ」





そう言って、あたしは黄瀬の背中に腕を回した。


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