始めは、ただの違和感だった。
「見て見てー!これであたしも晴れて中学生だ!」
中学の入学式の当日、満面の笑みにVサインでうちまで迎えに来た笹木は、真っ黒なセーラー服を着ていた。昨日会った時は、前と同じ短パンにパーカーみたいな格好だった。それが、ひらっひらのスカート着てるっていうのが、ものすごく気持ち悪く感じた。似合ってる似合ってない、という問題ではなく。とにかく気持ち悪い。そうとしか表現できない気分になったのでその通り言ったらものすごい怒られた。姉貴に。
それでも入学していくらか経つと慣れたというのか、気持ち悪いのはそんなになくなっていった。まあ中学は着るものと授業の内容が変わっただけ。授業まともに聞いたことないけど。毎日一緒にいることには変わりなかったし、笹木は笹木のままだった。
けれど。
「見て見てー!初ブレザー!」
俺と違って真面目にやってた笹木が石矢魔高校に進学する訳がなく。笹木の制服はようやく見慣れたセーラー服からまた変わり、見たことのないブレザーになった。
「…似合わねー」
「それ中学入ったときも言った。素直に褒めてよ」
褒められる訳がない。見たことのない姿の笹木は別人のようで。前は短かった髪が長くなった。持ち物がいちいちきらきらするようになった。唇に色の付いたリップを塗るようになった。
俺は変わらず黒い学ランのまま。姉貴にまたしても切られた短ランは、サイズと校章が変わっただけ。俺は変わらない。俺のままだ。
なのに、目の前にいる笹木は、見た目も中身もまるで違う人間のよう。帰りに誰がコロッケ人数分おごるか真剣にジャンケンしてたあいつは、どこに行ったのか。あいつはこんな姿じゃなかった。こんなきらきらしてなかった。
こんな奴、俺は知らない。
「んじゃ、制服もお披露目したことだし。あたしは学校行くよー。古市によろしくね」
短いスカートをひらりとさせて手を振った笹木が、急に遠くに行くように見えた気がして。
気付いたらその手を強く掴んでいた。
「ど、したの男鹿」
「行くなよ」
自分でも驚くほど、切羽詰まった声が出た。笹木は困ったような顔をして首を傾げる。そんな仕草、見たことない。
「そう言われても、入学式はちゃんと出なきゃさあ」
「いいだろ別に、出なくたって死にゃしねーし」
「…あんた本当どしたの?今日ちょっとおかしくない?」
俺はおかしくない。おかしいのは、目の前にいるお前じゃないのか。俺の知ってる笹木は、そんなにきらきらしてない。そんな顔で笑わない。なあ、そうだろ?
大人になる君
なれない僕
俺を置いて、行くなよ。なあ。