「どーよ、石矢魔は」




「どこ見てもヤンキーしかいないし共学なのに女子いないし、もう泣けてくるよ」




「あーあ、そりゃ古市には地獄だわ。せいぜい男鹿から離れないことだね」





電話口の向こうでケラケラと笑う。その声が、たった1ヶ月くらい会ってないだけなのに妙に懐かしく感じた。そりゃ、卒業するまでずっと一緒にいたんだから急にいなくなると寂しくなるのは当然なんだけど。





俺と、千春ちゃん。男鹿とまともにコミュニケーションが取れる数少ない生徒だったがために、俺らは中学3年間ずっと奴と同じクラスにさせられた。担任曰く、「男鹿の監視役」らしい。そんなわけだから3人でつるむことも多かったし、男鹿のケンカに巻き込まれることもしょっちゅうで。簡単に言えば、同志みたいな間柄。





「こっちはめちゃくちゃ平和だよ。ケンカに巻き込まれることもないし拉致られて廃ビルに監禁されることもないし、何よりヤンキーがいない!こんな生活しやすい環境が日本にあったんだねー」




「まあ、硬中っていうか男鹿の周辺は本当に異常だったしね」




「あんたまだその異常な環境にいるんじゃん、死なない程度に頑張んなよ」




「いや、死ぬとか物騒だからやめて!死なない保証が全くないからマジで!」





何しろ男鹿だけでも危険なのに、今は奴にプラスベル坊の脅威がある。俺どころか世界すら危険にさらされているのだから。まあ、男鹿が魔王の親だとか、千春ちゃんには言ってないけど。女の子である以上、普通の進学校で普通の女子高生ライフを満喫する義務が彼女にはあるのだから。その邪魔をするのは俺の主義に反する。





「でも楽しいみたいでよかったよ、千春ちゃんもようやく普通の女の子らしくなれたね」




「いや、あたしは前から普通だし。普通じゃないのは男鹿1人でしょ」




「あー、確かに」





2人でため息混じりに笑う。確かに俺らはいたって普通の学生のはずなのだ。なのに、男鹿と関わったばっかりに今や悪魔やら魔王やら東邦神姫やらと関わり合いになってる。小学校の頃からつるんでるからいい加減慣れたけど、それでもやっぱり面倒事は勘弁してほしい。





「でも、まあ、楽しかったけどね。男鹿とあんたといるのはさ」





千春ちゃんがぽつりと呟いた。今までの口調とは違って、少し暗いような感じがした。俺が何も言わないでいると、さらに言葉が続く。





「確かによくケンカやら何やらに巻き込まれたし、ケガとかもしたけどさ。今となっちゃあの頃に戻りたいとか、思ったりなんかしちゃうんだよね。今が楽しくないとか、そういうのは全くないんだけど」




「千春ちゃん、」




「あ、気にしないで!ただあのとき楽しかったよねーってだけだし、会おうと思えばいつでも会えるんだから」





俺が何かを言う前に、言葉を遮るように千春ちゃんが慌てて言う。普段から弱音とか愚痴とか、そういうことをほとんど言わない子だから、少し驚いた。けど、言いたくなるだけのことがあるのかな、と思う。





「千春ちゃん、学校は違うけど俺ら近くにいるんだし、いつでも会えるからさ」




「…古市に気ぃ遣われるなんて、あたしも落ちたもんだね」




「それどーいう意味だよ」




「まんまだよ、ヘタレ市め。でもま、ありがと。何か元気出てきたし!」




ワントーン明るくなった口調に俺は千春ちゃんの表情を思い出す。拉致られて人質にされたり、ケンカに巻き込まれてケガしたり。女の子には恐怖でしかなかったはずなのに、いつだって大丈夫だよと笑ってた。いつもより満面の、でも少し強ばった笑みで。




そうやっていつも、平気なふりをする子だから。





「じゃ、明日も学校だし。そろそろ」
「ねえ千春ちゃん、今家にいるよね」





へ?と気の抜けたような声が聞こえたが、その後の言葉は聞かない。





「今から行くから。待ってて」





言い終えると千春ちゃんの返事は聞かずに電話を切って、自転車の鍵とパーカーをひっつかむ。どこ行くのーと呼び掛ける妹の声に適当に返事をして、外に出た。





初夏の夜の風が、頬を、腕を、撫でていく。飛ばせば、10分位で着けるだろうか自転車にまたがり、勢い良くペダルを踏んだ。




若葉色の季節


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