「よー、遅かったな」




「遅かったな、じゃねえよ何でいんだよこんな時間に」





風呂に入って部屋に戻ると何故かいるはずのない人間があたしのベッドを占領していた。時計を見ると12時前。普通の人間ならもう寝ようかという時間である。知らない人間なら大声の1つでもあげるところだが、目の前でベッド際に置いたぬいぐるみをぐりぐりと弄ぶ男は、がっつり知り合いだった。男鹿辰巳。1年生ながらあの石矢魔をまとめたとかどーとか言われてこの辺りじゃ有名な不良。のはずなのだが、あたしやいつも引っ付いているアホに言わせると、ただの馬鹿。行動は読めないし何考えてるかと思ったら何も考えてないし。そんな奴だからどうせ暇つぶしにでも来たんだろうと半ば諦めのため息をついた。





「で、何で来たんだ」




「あ?アレだよ、アランドロンに頼んだ」




「手段は聞いてねーよ、何しに来たんだって聞いてんだ」





いつもの何も考えてないような顔の男鹿に若干苛立ちを感じる。いやいや、ここでキレたら負けだ。落ち着けあたし。もう一度訊き直すと、変わらず何も考えてない顔で答えた。





「祝われに来た」




「…ん?何て?」





イワワレニキタ、って何の呪文だ。首を傾げると男鹿が壁に掛かった時計を指差した。





「ホラ、あと3分で俺お誕生日サマだから」





その言葉に、ああね、とカレンダーを見た。今日は8月30日。あと数分で男鹿はひとつ年を取る。だから祝われに来た、ということ。





「…うん、まあ分かったけど。時間を考えろ」




「しょーがねーじゃん、お前に一番に言われたかったんだって」




「誕生日おめでとう、ってか」




「おう。ほら、あと2分」





真顔でとんでもない殺し文句だな、本当。一番に祝って欲しいってどこの乙女だ、そういうセリフは女と付き合ってから言え。言っとくがあたしは別に奴の彼女でも何でもない、ただのダチだ。




しかし祝ってやらないと絶対帰らないぞ、奴は。わけの分からないところで頑固だから。さっきより大きめのため息をついて、ベッドに腰掛ける男鹿の横に座る。日付が変わるまで、あと1分。





「…ほんっと、自分勝手ですぐ手が出て何にも考えてなくて気分屋で頑固でプライド高くて」




「おい何かけなしてねーかそれ」




「…そーいうとこ、嫌いじゃないけどね」





時計がかちりと音を立てる。12ちょうどに進んだのを確認して、男鹿の目を見つめる。





「誕生日、おめでとう」




「…おう、」




また何にも考えてないような顔で返事が返ってきた。でも、ちょっと嬉しそうに見えたのでよしとしておこう。





「よし、じゃあ帰れ、あたしはもう寝る」




「プレゼントもらってねーけど」




「うん、新学期始まってからでいっかと思ってたからまだ用意してない」





そりゃそうだ。夏休み最後の日なんだし、9月1日に学校で祝った方がいいじゃんと思って大して用意はしてなかった。というか半分忘れてたし。





「誕生日はアタシ、とかってねーの?」




「ねーよ。古市に余計なこと吹き込まれてんじゃねーよ、さっさと帰れ」





アホなことを訊いてきた男鹿に即答した。あのアホ市、一回しばいてやろうか。手で帰れ、のジェスチャーをしたけど、ちょっと考えて止めた。





「…明日、ケーキ作ってやるからそれでプレゼントね。分かったら早く帰んなお誕生日サマめ」




「おう。絶対だからな」





そう言って男鹿はニヤリと笑った。ケーキって言ったとたんこの笑顔だよ、何て現金な奴。ま、嫌いじゃないけどね、そういう単純なとこ。






いつもの三割増しで
甘やかしてあげる







男鹿がアランドロンに吸い込まれて消えた後、久々にお菓子の本を棚から引っ張り出した。ちょっと、気合い入れて豪華なやつ作ってやろう。
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