家はお隣、窓から互いの部屋に出入りできる、同い年で幼なじみの男女。その漫画のような使い古されたシチュエーションに置かれた人間は、実際はこう思ってるということを世間のみなさまには理解していただきたい。
「気まずいんだよバッキャロー」
あたしが部屋の窓を開けなくなって、今日で1週間。理由は言わずもがな。窓の向こうに住む幼なじみの奴である。
窓を全開、ついでに出入りも自由なのがあたしと奴の部屋の通常の状態。1週間前ももちろん窓を開け放していたのだが。
「まさかあの退が、彼女を作るとは」
へたれのへたるとか昔っからさんざん馬鹿にしてきた退の部屋に、あたしの知らない女子が入ってきたのを目撃してしまったのだ。しかもばっちり目が合ったし。それ以来、あっちを見てはいけないような気がして窓を閉めた上にカーテンの二重ガードで遮断。まあ昔ほど窓づたいに行き来することはないので今のところは不便は全く感じない。
しかし何だ、このもやもやした感じは。むずがゆいというかなぜかあたしが恥ずかしいような。兄ちゃんの部屋でエロ本見つけた時と同じような気分。身内も同然な退に彼女。しかも割と可愛かったぞ、あの子。黒髪に眼鏡で清楚そうな感じで。そうか退はあんなのが趣味なのか。
「うわあああああありえねええええええ」
ベッドの上にダイブしてごろんごろん。まじでなんだコレ、誰かこのもやもやしたやつ取ってええええーとかやってたら壁に後頭部をがつんとぶつけた。地味に痛いなもう。
「…別に、好きとかそんなんはないのに」
改めて口に出して言ってみる。今まで恋愛沙汰とか、そういう話すらしたことなかったから、すごくむず痒いし気持ち悪いし、何かもううああああっとしか言えないこの感じ。つか何であたしがこんなに悩まなきゃいかんのだ。違うよね、あたしは別に悩まなくていいんだってば。
「ああもうへたるのハゲがあああああ」
「俺別にハゲてねーよ」
がばりと起き上がると、何故か退があたしを見下ろしていた。窓は閉めてたはずなのに、何でだ。
「どどどどっから入ってきたんだ!エスパーめ!そしていつ来たんだ!」
「エスパーって…窓閉まってたから普通に今ドアから入ったんだけど。ノックしたよ一応。ちなみにマンガ返しに来た」
「マジでか」
気付かんかった全く。しかしこの微妙に蔑んだ目が腹立つ。ベッドにいたバニーちゃんぬいぐるみを投げつけてやると、よけられた上に倍の強さで投げ返された。しかも顔めがけて。
「ぶふっ!ちょ、痛いし!手加減しろよ馬鹿力!」
「何で窓閉めてたの。つか最近様子おかしいよね、俺のこと避けてない?」
くそ、極力関わらないようにしてたのバレたか。だって彼女に悪いじゃん、と言おうとして気付いた。アレ、何か退、怒ってるようなそうでもないような。つか怒りたいのはあたしだ、彼女いんのに他の女の部屋に入る奴があるか。
「マンガ置いたら帰んなよ、彼女いんのにこんなとこ出入りしていいと思ってんのか地味のくせに」
「…彼女、って何の話だよ」
「こないだ部屋に入れてたじゃん、結構可愛かったし」
そう言うと退は眉間にしわを寄せてちょっと考えて、ああアレか、と1人で納得した。いやアレも何も。あんたが連れ込んどいて忘れてんのか、なんて男だよ。
「それ、彼女じゃなくて新八くんだと思う」
「変わった名前の女の子じゃん」
「いやだから新八くんだって。アレ男だよ」
アレ、男だよ?
「まじでかああああああ!?」
「クラスレクの出し物で俺ら女装しなきゃいけなくなったんだよ、それで姉貴の制服借りて2人で着てたんだけど…その分じゃ俺のは見てないね、良かった」
アレ、男だったのか!新八くん、って確か退のクラスの退並みに地味な子だったはず…アレがああなるのか、まじで可愛かったぞ。ちくしょうアレ男かよ、その辺の女子より断然可愛かったし男なのに。
「…じゃあ、別に彼女とか」
「いないの知ってんだろ」
退は嫌そうな顔で答えた。なんだ、そういうことだったのか。さっきまで悩んでた自分は何だったんだろうか、アホみたいだな。何か疲れたというか体の力が一気に抜けるような気がして、はあと大きなため息をついた。
「じゃあ、窓閉めてたのは彼女に遠慮した、とか?」
「当たり前じゃん、さすがに見ちゃまずいかなと思うじゃんか」
というか、普通に考えて彼女も嫌だろうよ。そう言うと退はぽんとあたしの頭を軽くはたいた。顔を見ると、ちょっと安心したような表情。
「じゃあ、今日からまたちゃんと窓開けとけよ?あそこ開いてないと俺も不便だし。結構心配したんだからな、お前何か嫌なことあるとすぐ窓閉めて部屋にこもるクセあるし」
「…へーい」
何故あたしは諭されてるんだろうか、コイツが原因だってのに。何か釈然としない。しかも退は窓を開けて窓枠に足をかけ、ひょいと向こう側へ飛び移る。わざわざそこから出なくていいだろうに、つか普通に来たなら履いてきた靴はどうした。うちの玄関に放置する気かこのやろう。
「ああ、それと」
窓から窓へ、完全に部屋に戻った退が、もう一度あたしの方を向いた。今度はやけににやにやと笑って。
「ヤキモチとか、焼いてくれたら嬉しかったんだけどぶふっ」
「うっさい死ねハゲ!」
さっき投げつけたバニーちゃんぬいぐるみを渾身の力で投げつけてやったら、今度はしっかり顔に当たってくれた。
窓を開けて