「みんな、準備できたよ」
銀さんに神楽、新八、あたし。4人でいつもはだらだらと座るソファに、背筋を伸ばして行儀よく座っている。顔も、銀さんなんか珍しく目と眉が近付いているし、新八と神楽も緊張した面持ちだ。いつもの万事屋では、まずお目にかかれない風景。
「…お前ら、覚悟はいいな」
「当然ネ」
「こっちも、心の準備はできてます」
銀さんの重々しい問いに、神楽と新八が頷く。あたしも何も言わずに首を縦に振った。それを確認した銀さんが、ちゃぶ台の上に置かれた長細い封筒の封を開けた。少し震える手で銀さんが取りだしたのは、封筒と同じくらいの紙。それを1枚1枚、広げた新聞を見ながら確認していく。その手の動きを、あたしたちはじっと見つめる。
息の詰まるような緊張感。全部で10枚、確認し終わった銀さんは、小さく舌打ちをして紙切れをちゃぶ台の上に放り投げた。
「ンだよ、ぜんぜん当たってねーじゃんか」
その言葉で、一気に緊張感が解かれた。さらに全員のため息で完全にいつもの万事屋らしいぐだぐだな空気が流れる。
「ま、宝くじなんてそう簡単に当たったら世の中億万長者だらけになるしね」
あたしが言うと、銀さんは口を尖らせて愚痴を垂れてきた。
「大体お前が結野アナの占いで金運最高とか言ってたーっつーから買いに行ったんじゃねーか、あーあ全く無駄金じゃねーの」
「いやお金はあたしが稼いだ分からだから」
事の発端は数週間前。おめざめテレビの占いで結野アナが、「今日は金運が最高」なんて言ったもんだから、それならばとあたしが宝くじを買ってきたのだ。
「あーあ、当たってたら今頃はごはんですよ食べ放題だったアル」
「相変わらずそれだね神楽ちゃん、でも僕も期待しちゃってましたからね」
新八が苦笑する。当たったらお通ちゃんのグッズを買い占めるとか言ってたし、それなりに楽しみだったんだろう。いやでも賞金は億単位、彼の場合は道場を建て直す方に使って欲しいんだけど。
「そーいえば銀さんは、当たったら何に使うつもりだったの」
完全にやる気をなくし、ソファに寝ころんで鼻をほじる銀さんに訊いてみる。仮にも彼氏だし、付き合いもそれなりに長いからあたしとしては、当たるかどうかよりそっちに期待をかけていた。結婚資金に充てる、とかさ。
「ンなもん決まってんだろ、甘味といちご牛乳の大人買いに全てを費やす」
…訊いたあたしが馬鹿だった。奴にそんな殊勝な考えがあるはずがない。
「まあ、300円はもらえるわけだから、神楽のおやつ代にしていいよ」
「マジアルカ!じゃあ酢昆布買ってくるアル!」
宝くじはバラで買おうが連番で買おうが下1桁が必ず当たる。その当たりくじを神楽に渡すと、彼女は飛び跳ねて喜んだ。
「うっわ、神楽だけずりー」
「いい歳こいた大人が何言ってんの、文句あるなら稼いできな」
口を尖らせて抗議してきた銀さんを一蹴して、新聞と宝くじを片づけ、ようとして手が止まった。もう一度、宝くじを手に取って確かめる。
「…ちょっと、当たってるんだけど」
あたしが呟くと、3人は「嘘ォォォォ!」と叫んでちゃぶ台に飛びつくように群がった。
「いくらですか!まさか1億ですか!?」
「そんながっつく新八初めて見たわ。…3万だよ」
「ンだよ、しょぼいな」
銀さんが残念そうに言う。ていうか、何で気付かなかったんだろうこの人。たぶん1等の番号しか見てなかったんだろうな。しかしさすが結野アナ、本当に当たっちゃったよ。
「3万なら…ちょっと豪勢な外食ならできるし、今日は夜ご飯焼き肉行こっか」
あたしが言うと、全員の顔つきが急激に変わる。そういえば最近仕事少ないとかこぼしていたような。肉に、餓えてる獣みたいなんですけどちょっと怖いってば。
「3万あるならジョジョ苑アルか!?」
「馬鹿言え、てめーの食う量を考えろ。バイキング形式に決まってんだろーが」
銀さんが神楽ちゃんの頭を軽くはたく。うん、神楽とそんな高級店行ったら破産する。
「久しぶりの贅沢ですね、お腹空かせて行かなきゃ」
新八がにこにこしながらお腹をさする。うん、食べ放題なんだから気にせず食べるといいよ。それにしても、焼き肉でこれだけテンション上げるなんて、普段の生活の劣悪さが測り知れる。でも、不満言いながらこの環境は、案外心地いい。
身に余る大金よりも、ちょっと贅沢するくらいのお金の方が、あたしたちには丁度いいのかな、とふと思った。
等身大サイズの
幸せでいいよ