――あたしが死んだら、ちょっとでもいいから灰を海に流してほしいな。




あいつがそう言ったのを馬鹿言ってんなとどついたのを覚えている。敵陣突入前にソレは無ェだろ、縁起でもねェ。そう返しても、あいつはもしもの話だから、あたしは死ぬ気無いもんとヘラヘラ笑っていた。



あいつが馬鹿なら、あの言葉を真に受けて小瓶を握りしめて海に居る俺も又、とんでもなく馬鹿なんだろう。




――だってさ、海に流れたら魚の餌にでもなって、それを誰かが食べて、その人から子供が産まれたら、あたしはその一部になれるんだよ。あたしはずっと、生きてられるんじゃん。




胸を張ってそう言ったあいつは、意気揚々と戦場に切り込んで行った。けど運良くそうなったとしても、それは最早あいつでも何でも無い。あいつの名残なんか何一つ残っちゃいない、只の細胞、只の欠片。あいつの一部と呼ぶには、あまりにも希薄すぎる。



確かにいつもの戦いでは、あいつは強いし死ななかった。怪我したって痛いと騒ぎながら笑ってる様な、殺したって死なない奴。だと、思っていたのに。



あんな戯言を吐いた直後に、手負いで自棄になった攘夷志士の乱射した銃の流れ弾に当たった。らしい。俺は見てなかったから詳しくは知らない。見ていても何かが変わった訳は無いだろうが。



全て終わって、病院に運ばれるあいつの顔を見た。一目でやばいと分かる様な傷なのに、やっぱりヘラヘラ笑って、さっきの約束は守ってよとか抜かしたから、頭を軽く叩いてやった。馬鹿、そんなんで死ぬ奴かよ。そう言ったらあはは、どうだろうね、と。それが、あいつとの最期。次に会った時は、棺桶の中で、もう笑わないし冗談も抜かさなかった。只の、あいつの抜け殻に成り下がっていた。



あんなちゃらんぽらんな奴でも隊ではそれなりに好かれていて、近藤さんや原田は嗚咽を堪えながら見送っていたし、山崎も黙って涙を流していた。俺は泣かなかったけど。隊士の葬式なんざ、今まで腐る程見てきたし、感傷に浸る暇なんか無い、此処はそういう場所だろう。そう思っていたのに。



只の灰になったあいつを見て、今まで感じた事の無い、衝動に襲われた。あいつの言葉を真に受けて近藤さんが用意した小瓶を引ったくって、小さな骨の欠片を詰めて、兎に角走った。走って走って、辿り着いたのがこの砂浜。




「馬鹿みてェ、だな、俺」




呟いても、今更だよと茶化す声は聞こえない。聞こえたって煩いと一蹴するだろうが、もう聞こえる事は無いのだ、ソレは確実に。火葬場からずっとついて来る叫びたいような、何かを吐き出したいような衝動が、更に膨らむ。



じわりと視界が滲んだ目を擦ると、またあの声が聞こえたような気がした。誰かの一部になって、生き続ける。とんだ夢想家だと、とんでもない馬鹿だと思う、心から。なのに。



どうせ誰かの一部になる位なら、俺の一部になればいいと、そう思ってる自分がいる。





この気持ちを何と呼ぼうか
(解ってるんだ、本当は)





絶対言ってやらねェけどな、あいつ調子乗るから。




「ざまあみろ、馬鹿野郎!」



そう叫んで、栓を外した小瓶を力一杯海に放り投げた。


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