路地裏で密会する、男と女。俺と彼女を端から見るとそういう甘い仲に見えるかもしれないが、実際のところそんな関係など築かれてはいない。寧ろ、もっと分かりやすい関係が俺達の間には築かれている。




「これが鬼兵隊の主な幹部と戦力のリスト、あと新兵器の開発に携わってる技術者の情報よ」



「いつもありがとう、これが報酬ね」




俺の調査だけでは十分集まらない情報を、情報屋である彼女から買い取る。ギヴアンドテイク、それが俺と、彼女との関係。




「今回はやけに多めに入ってるけど」




渡した茶封筒を触りながら彼女が呟く。いつもとは違う厚さに気付いたんだろう。




「高杉絡みの情報は手に入れるのにリスクが高いからね、手間賃だと思って取っててよ」



「そういう事なら遠慮なく」




そう言って彼女は口元だけで笑った。吊り上がる朱の引かれた唇は暗闇でも分かる位に、綺麗だ。局長が熱を上げてる姐さんも美人だけど、この彼女は美人とはまた違う。年頃は俺と変わらない筈なのに、気品というか、艶やかというか、そういうものが際立っているような。ああ、俺にもう少し表現力が有ればと悔やまれる。




「鬼兵隊ね、天人と手を組んでるなんて噂もあるから、気を付けた方が良いわ」



「うわ、ますます手が出しづらくなるなー…それにしても、よくこれだけの量調べられたね」




彼女から受け取った情報は、想像よりも紙の束が厚かった。鬼兵隊の情報は集めるのに苦労するのに、期日よりも早く、しかも明らかに頼んだ以上の量が入っている。彼女はその筋では敏腕で知られているが、それでもこれは凄い。まあ聞いてもいつもの様に笑ってはぐらかすんだろうけど。




「高杉は、昔の仲間だから。話を聞き出す伝手もあるし」




え、まじで。俺の予想に反して、彼女はいつもの微笑のまま答えた。吃驚した。いや、高杉との繋がりにでは無く、彼女がそういう事を俺に言った事自体にだ。お互いには干渉しない、それが情報屋と関わる時の大前提だけど、彼女はその中でもダントツに素性が知れない。俺ですら普段は遊女をしてる、位しか知らないのだから。




「それを、俺に言って良いの?」



「良いの、貴方達ならきっと、あの人を止められる。そう思うから」




頷いて呟いた彼女は、俺では無い何処かを見ている。あの人。単調な言い方ではあったが、何処か慈しむような響きが感じられた。




「あの人は、大事なものまで壊そうとしてる。自分では気付いている筈だけど、気付かないふりしてるだけ。仲間、だったから、余計に許せないのよ。だから、貴方達に止めて欲しいの。勝手な話だけど」




そう言って俺を見つめる彼女は、いつもの柔らかい微笑み。でも、何処か淋しそうな目をしていた。俺に話す位だ、きっと彼女は苦しいのかも知れない。俺は出来る限りの笑顔を作って大きく頷いた。




「うん、任しといてよ。俺じゃ頼りないかも知れないけど、それが俺達の仕事だから」



「ありがとう、そう言ってくれると嬉しいわ」




にこり、今度の微笑は心から笑ってくれたようだ。やはり彼女はこっちの方が良い。口には出さないけど。この際だから、ずっと気になってた事も聞いてみよう。今ならすんなり聞ける気がする。そう思って口を開いた。




「一つ、聞いても良いかな?」



「何かしら」



「どうして、情報屋になろうと思ったの?」




俺の問いに、彼女は口元に華奢な手のひらを当ててくすりと笑った。




「あの人に、教えてあげたかったから。壊さずとも、力が無くとも、世界は容易に変えられる事を」




そう言って笑った彼女は、俺が見た中で一番、美しかった。





仄青い月に愛を囁く
(それはとても美しく、哀れな)



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