「あ、お帰り」




うおおおびっくりした。誰も居ないはずの我が家に帰ると声。普通なら悲鳴の一つでも上げて逃げ出すシチュエーションだけど、聞き慣れたその声の主は変質者どころか犯罪を取り締まる仕事してる奴だ。



「やっと潜入捜査終わったんだ、お疲れ」




退、と名前を呼ぶと彼はソファーに座ったままちょっとやつれたような笑顔を向けてきた。密偵の仕事は気を常に張ってなきゃいけないらしいし長期になることもザラにある。今回はその中でもとびきり長い方に属するから疲れもいつもよりひどいんだろう。




「ごめんね、2ヶ月も連絡できなくて」



「いーよいーよ、話は土方さんとかから聞いてたし」




一応退の彼女、というポジションについて久しいので元気にしてるとかその位は彼の上司の土方さんや隊士の皆さんに会うと教えてもらえてた。顔は怖いけどいい上司じゃん、って言うと微妙な顔するけど。




「でも珍しいね、隊服のまま来るなんて、もしかして仕事さぼったんじゃ」



「違うよ、そんな事したら副長にどやされるし」



「じゃあ何で、…あ、」




そーいや今日だよ、退の誕生日。もしかして祝われに来たとか?一応プレゼントは用意してるけど。まさか来るとは思ってなかったからそれ以外何もないよ、ご馳走も美味しいお酒も。そう言うと退はそれもあるけど、と歯切れの悪い返事。



まあ折角来たんだし、何か食べたいのある?と聞くと退は余り物で良いよ、と謙虚な態度。折角の誕生日なのに申し訳ないなと思いながら昨日作ったカレーを温め直す。




「誕生日なんだからどっかにご馳走食べに行ってもいいのに」



「うーん、今日の昼までずっとあんぱんと牛乳だったから暫くは外食控えようかなって」



「まさか2ヶ月ずっとそれだったとか言わないよね」



「うん、言う」



「えええええ」



「だって前に言ったじゃん、張り込みの神に捧げる供物なんだよ、あんぱんと牛乳は。これやりだしてから俺張り込み失敗しなくなったんだから」




一種の願掛けなんだ、と褒められるような話でもないのに胸を張りながら退は言う。いやいやいや確かに聞いたけども。彼が柔軟そうな顔して変なとこ頑固なのも知ってたけど。さすがに体が心配になるわ。いや、頭もかもしれない。いや、手遅れかもしれない。あんこで糖分取りすぎて逆に頭に悪影響を及ぼしちゃいないだろうか、たまに絡んでくる白髪のお兄さんみたいに。ぐるぐるカレーをかき回しながらちらっと退を見てみたが、まだ目は死んでない。と、思う。




「それにね、」




もう一つ願掛けしてたんだよ、と言いながら退はキッチンに歩み寄ってきた。もう一つの願掛け。何だろう、と考えたところそっと後ろから抱きついてきた。うわああああすなろ抱き。普段は控えめなくせにこういうのナチュラルにできる奴なんだった。ふわり、退のにおいとぬくもり。なつかしい、と思えると同時に、そう感じるだけの期間が過ぎていたのだと改めて気付く。




「この任務終わったら、絶対一番に君の手料理食べるんだって」




ああもう。耳元でそんなん言われたらどうしていいか解らなくなる。解らないけど、胸の真ん中から何かが沸き上がってくるような感覚。あったかくてやさしくて。口に出したら泣きそうだった寂しいとか会いたいとか溜まりに溜まってた塊がぜんぶ、とけてすみわたって目から一つ、零れ落ちた。





ココロ決壊




「誕生日、おめでとう」



兎に角、この言葉にすべてを込めてみよう。

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