――終わりだ、全部。




そう告げられたあたしは、意外と冷静だった。周りの仲間は啜り泣きだったり、拳を固く握りしめて怒りを堪えていたり。あたしにだって思いはそれなりにある。けど、表に出せるほど単純な作りをしていないもやもやとした塊のようなもので、それが腹の奥で湧き出ているような感覚だけは感じていた。




涙は出ない。声も出ない。悔しいとか辛いとか、そんな感情もないとは言えないが、それも違う気がする。敢えて言うなら、ぽっかりとなくなってしまったような。今まであたしの中にあったはずの何か。それがごっそり奪われてしまって、その空間を埋めるのは靄のような、何もかもが混ざってひとつふたつの言葉では説明できない気持ち。





終わりだと言われてしまえば、あたしたちが此処にいる理由は最早一つもなくて。けれど、此処を去ってもあたしに行くあてはなかった。故郷は天人に焼かれた。家族も既にこの世にいない。ひとりだったあたしが唯一見つけた居場所が、この戦場だった。けれど戦が終わったとなれば、此処に居る理由は無い。文字通り、あたしには何もなくなってしまうのだ。いや、それはあたしだけではない。皆が去って、最早用無しになったかつての本陣、荒寺に残るのはあたしともう一人。





「何だ、お前まだ居んのか」




ぼさぼさの銀髪頭を掻きながら、銀時は眠たそうな目で呟いた。白夜叉、なんて物騒な名で敵味方両者から恐れられたかつての姿は、何処にも見当たらない。





「…あんた、これからどうするの」





「さーな。取り敢えず食い扶持は確保しなきゃな」





鼻をほじりながらそう言う銀時は、あたしの方を見ない。そういえば、ヅラや高杉、幼い頃からの仲だとは言っていたけど彼らが此処を出て行くときも今のように宙を見つめていた。死んでいった仲間に思いを馳せているのか、何も変わらなかった戦を悔いているのか。はたまた全く違うことを考えているのか。その死んだ魚のような目からは伺い知ることは出来なかった。





「そういうお前はどうなんだよ。働き口探すんだろ?」




「まあね。何やるかは決めてないけど…取り敢えず、江戸に出るよ」





そこから先は何も考えてない。いや、考えても解らない。血生臭い戦しかしてこなかった獣のようなあたしに、果たして人並みの生活が送れるのか。正直言って、答えは否。それでも、此処に留まるわけにはいかない。新しい時代は、始まってしまった。始まってしまった以上、生きたければ前に進むしかないのだ。此処に留まることも、物理的には可能だけども、もうそれは生きてるとは言い難い。前時代の残滓にしがみつく、ただの亡霊と変わらない。





「お前はさ、」





急に銀時が言葉を発した。





「何とかなるよ、此処を出ても」




「何で」




「だって、ちゃんと生きようとしてんじゃん」





相変わらず虚空を見つめたまま、銀時は言った。その目は暗く濁って、まるで死者のようだ。生気の無い抜け殻そのもの。




ああそうか。あんたは、囚われてるのか。その視線の向こうの何かに。死んでいった仲間か志半ばに果てた夢か。何かに囚われたまま、此処を動けないで居る。





知ってた。銀時が戦に参加した理由も、大切な人を、場所を、失ったことも。そうか、またあんたは失ったんだ。仲間も、居場所も。その痛みはあたしだって身を以て知っている。




だけど。





「あたし、行くわ」





手は差し伸べない。今此処であたしが銀時に寄り添ったとして、それは只の気休め。傷の舐め合い。失ったものは戻らないし、あたしじゃ代わりにならない。大切なものは、自分で探さないと痛みは癒されない。そんなことは痛いほど知っている。だからといってこの状態の彼をそのまま放っておくのは出来ない。





「じゃあね、銀時」





少し考えて、もう一言付け加えた。





「野垂れ死ぬなよ」





言葉を残す位しか、あたしには出来ない。銀時がまた生きようと思わなければ、此処から出たって同じことだから。




おう、とやる気のない返事が返ってきたが、あたしは振り返らずに暗い荒寺を出た。明るい朝の光の中に。今を生きるために。生き抜くために。死んでいった仲間たちはどう思うか知らないが、あたしはあんたたちの分まで、笑って泣いて、しわくちゃになるまで生きるから。そう心に誓った。




それが、銀時との最後。







あれから何年経っただろうか。江戸の街はすっかり天人だらけになり、狭い空には宇宙船が飛び交う。そんな中でも何とかあたしは働き口を見つけて、細々と暮らしている。獣だったあたしはすっかりシティー派の愛玩動物になってしまったらしい。




昔を思いながら街中を歩いていると、見たことのある銀色のもじゃもじゃが目に入った。立ち止まって声をかけようとしたが、やっぱり止めた。




彼の傍らに、少年と少女と大きな犬。ああ、彼は大切なものを見つけたのか。ちゃんと、今を生きているのか。そう知ることが出来ただけで十分だ。あたしは止めていた足を一歩、前に踏み出した。




あたしも、生きよう。今日を。



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