「総悟の始末書」


「はい」


「昨日の報告書」


「はい」


「来週の会議の議題書」


「はい」


「総悟の始末書」


「え、今出しましたけど」


「そりゃ先週の分だろ、俺が今言ってんのは一昨日のパトカー二台爆破した分だ」


「…至急仕上げてきまっす!」




おーきたたいちょーう!と叫びながら俺の部屋を駆け足で去っていく部下の背中を見つめる。あんな呼び方したらまた総悟にどつかれんぞ。あ、ほらやっぱりな。ドロップキックで庭に吹っ飛ばされた部下の叫びを聞きながら、部屋の障子を閉めた。




副長補佐、といってもやることは俺のデスクワークの手伝いがメイン。その他は他の隊士と大して仕事内容は変わらない。平均より少しばかり仕事が多いだけだ。しかしここのところ、俺の副官は妙に仕事が多い。というか、急ぎでない仕事も率先して片付けている。正直さっき言った総悟の始末書だって、今日中に出さなければいけないものではないし、奴もそれは分かっているはずなのだが。




隊士が仕事を急ぐ大抵の理由は、休みのため。だとすると、あの副官にもそれが当てはまるのだろうか。短くなった煙草を吸い殻で溢れかえった灰皿に無理矢理押しつける。と、思い出すのは奴の休暇申請。5日に休みが欲しいと言っていたのを、その日が人手が足りないという理由で一蹴した。次の日なら一日休みに出来ると言ってやったが、奴にしては珍しく5日がいいからとゴネたので、だったら仕事を片付けたら半休にはしてやると妥協してやった。終わらせるのは無理な量の仕事だったはずなのだが、あの副官は思った以上に優秀だったらしい。気付けば5日以前が期限のものはほとんど残っていない。普段もこの位仕事してりゃ今こんなに焦らなくとも済むだろうに、とも思うが。




それにしても。一体5日に何があるんだか。カレンダーを見ても、部下の予定が書いてあるはずもなく。そこで、ふと思い出した。




俺、そういえば誕生日だわ。




さすがにこの年齢になると誕生日に何かを祝うなんて気分も失せてくる。今の今まで忘れていたし。毎年誕生日会と称した宴会は催されるものの、その実はただ騒ぐ口実が欲しいだけ。まともに祝ってもらった覚えはない。まあ祝ってほしいとも思わないのだが。その俺の誕生日と部下の休暇申請。…いやいや別に関係ないだろう。たまたま奴の用事がその日に重なっただけだ。第一そんなに気の回る部下ではない。基本的には自分のことで一杯一杯な奴だ、それが仕事前倒しで終わらせてまで俺を祝う?いやいやいや。ない、それはない。ない、が。タイミングがタイミングなだけにそういう考えに行き着くだけだ。いやいや、決して祝って欲しいなどは思っていない。断じて、思っていない。





「ふくちょーう、始末書出来ましたよー」





スパンと小気味よい音を立てて障子が開かれた。振り返ると、デスクワークしてた割にはボロボロになった副官。その手にはしっかりと書類が握られていた。





「総悟にやられたか」




「あの人容赦なさ過ぎですよね、パトカー爆破した状況訊こうとしただけなのに何であたしまで爆死させられそうになるんですか」





憤然としながら差し出した書類に目を通す。短時間ながら内容はしっかり出来ている。まあ、始末書ばっかり書かせてるから上手くもなるか。





「よし、上出来だ」




「やった!じゃあ副長、5日休んでいいですよね?」




「半休だから午前中は働けよ」




「りょーかいでっす!あ、それでですね副長」




5日、誕生日ですよね?





奴の言葉に心臓が跳ねた。まさか、いやまさか。平静を装い、いつも通りの返事をする。





「それがどうした」




「いやですね、副長にいつもお世話になってるし何かプレゼントしようかなーと思ったんですけど何がいいか分かんなくて。いっそのこと欲しいもの訊いちゃおうかなと」





…マジでか。こいつが、本当にこんな気を回すとは。嘘だろ、と思う一方でほんの少し、ほんの少しだが嬉しいとも思う。照れ隠しに新しい煙草に火をつけた。





「欲しいもの、って急に言われてもな」





視線を上げて考えるが、欲しいものなど急には思い付かない。期待しているような目で俺を見ている部下の気持ちは嬉しいのだが、本当にないのだ。欲しいのはまともな休みくらい。それは奴に言ってもどうしようもない。総悟と近藤さんが真面目に仕事をしない限り、まず無理だ。だったらこいつの好みに任せるべきか。何だかんだ言っても俺の副官だから俺の好みはそれなりに分かるだろうし、奴自身の持ち物を見る限りそんなに悪いセンスの持ち主ではない。





「思い付かねえし、任せるわ。自分から言ったからにはしっかり選べよ」




「うっす!期待しとってください、副長の趣味ドンピシャな奴見つけてきますから」





へらりと覇気のない笑顔で言った奴につられて、俺も少し笑みがこぼれた。








その数日後、午前中の仕事が終わるなり街中に飛び出していった副官が屯所に戻ってきたのは日も完全に暮れた頃だった。





「ふくちょーう!お誕生日おめでとうございます!」




誕生日祝いの宴会が催されているというのに、未だ書類の山に囲まれた俺の元に来た奴は、綺麗に包装された箱を差し出してきた。





「…ありがとな」





プレゼントを買ってくると宣言されてはいたが、いざもらうとなるとやはり照れ臭い。思わず煙草に手が伸びる。





「開けてください、必ず気に入ると思うんです」




「自信満々だな」




「そりゃ副長補佐ですから、副長の趣味はしっかり把握してますよ。ささ、開けてください」





促されて包装紙に手をかける。ここまで豪語してるんだ、さぞやいいものなのだろう。いやでも期待が高まる。買った本人も身を乗り出して俺の手元を見つめている。














思考が止まった。









「いやーすごい探したんですよ、トモエ5000アニメ最終回コスチュームバージョン限定フィギュア!副長にはこれしかないって思ってフィギュア屋はしごして」「お前来週休み無しな」





よりによって何で美少女フィギュアだァァァァ!少なからず期待した俺がアホだった、コイツは予想以上のアホだった!





「何でですか!あたし知ってるんですよ、トッシーが集めたDVDとかグッズとか未だにあの押入にあるの!副長も好きなんですよね、そうじゃないととっとくわけないし!」





「とってるわけじゃねえ、処理の仕方がいまいち分かんねえんだよ!何だよアレ燃やしていいのか!燃えるゴミなのか燃えないゴミなのか判断つかねえんだよ!」




「燃えるゴミに決まってんじゃないですか!」




だって見てたら萌えるから!





「うるせえェェェェ!それ言いたかっただけだろうがァァァァ!」


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