もともと祝われることのなかった俺の誕生日は、大学生になるとさらに誰からも祝われなくなった。




この時期は後期試験も終わって長い春休みに入ったばかり。友人がいないわけではないが、皆レポートだとか発表だとかで抑圧されてたのが一気にはじけるように遊んでる。こういう日に限って誰からもお誘いは来ず。そしてバイトも休み。誕生日だからと空けてくれた店長に感謝半分、余計な気遣いやがってってのが半分。




一人で祝うのも切ないからあえて普通の夕食にした。残ってた野菜で焼きそば。給料日前であんまり豪華な食事が出来ないのもさらに切なさを倍増させる。テレビのバラエティ番組をBGMに麺をすすった。不味くもない、が美味くもない。この年にもなって誕生日だ何だと言うのもな、とは思う。それでも、家族以外から大して祝われたことがないこの日が、大切な誰かと過ごせるならそれはすごく幸せなことなんだろうか。残念なことに、その幸せは今年も俺には訪れない。





はずだったんだけど。





新聞勧誘くらいでしか鳴らされない我が家のインターホンが鳴った。いつもなら無視するところなのに、出てしまったのはやはり寂しさがあったからだろうか。でも戸を開けた瞬間、無視しなくてよかったと心から自分を誉めた。よくやった俺、出てよかった俺!





「何か先輩たちから今日誕生日って聞いて。いきなり来てごめんね」





同じゼミの、ちょっと…いや、かなりいいなと思ってる子。彼女がそう言って持ち上げた手には、ケーキらしき白い箱。





「いやいや、ありがとう!何かごめんね」




「何で謝るの、そこは素直に喜んでよ」





彼女が苦笑する。先輩、ということは近藤さんだろうか。あの人ならやりかねない。だって俺が彼女に少なからず好意を抱いていることを知ってる。飲み会で無理矢理言わされたけど、覚えていたんだと少し感動した。とにかく寒いから彼女に中に入るように促すと、笑顔でうなずいた。寒さで紅潮した頬が、思わず触れたくなるほどに可愛い。





「プレゼントとか急で用意できなくてごめんね、代わりに少しいいケーキにしたから許して」




「そんな、来てくれるだけで嬉しいよ!あ、荷物適当に置いて座って」




「うん、ありがと」





俺の部屋は友人曰く無駄に片づいてて、物が少ないらしい。ラグの上に行儀よく座った彼女を見て、その言葉の意味がようやく分かったような気がした。だって、俺の部屋なのに、華やかさがあるっていうか彼女の周りだけインテリア雑誌を切り取ったみたいに整ってるように見える。どうしよう、俺舞い上がってるよね、かなり。感情を隠すのは上手い方だと自負してはいるけど、好きな子が自分の部屋にいたら、男なら誰だってテンション上がる。しかもこの寒い中、コートの下はミニスカートにニーハイソックス。絶対領域って言うんだっけ、アレ。膝上のあたりが艶めかしく見えて思わず顔がにやけてしまう。けど、そんな様子を気取られてはマズい。自分でも分かる、今の俺、間違いなく気持ち悪い。せっかく来てくれた彼女に嫌な思いをさせては先輩の行為も無駄になるし、俺と彼女の進展もないまま終わってしまう。それだけは避けなければ。彼女の持ってきたケーキ用の皿とフォークを出しながら、何とか顔を戻そうと試みる。





「はい、もしもし」





彼女が急に声を上げたもんだから、ヤバいバレた!と肩が跳ね上がったが、どうやら電話をとっただけらしい。ああもう誰だよ、邪魔すんな。いやでも今かかってきてよかった。一気に現実に引き戻されたから。このままにやけ顔でいたら間違いなく嫌われる。





「山崎くん、先輩たちから電話かかってきたよー」





彼女の俺を呼ぶ声。何とか平静を取り戻して振り返ると、彼女が自らの携帯を差し出してきた。女の子らしい、パールピンクの携帯。人の携帯で話すことすらそうないのに、彼女のだなんて。ときめくってこんな感覚なんだろうか、とちらっと思ったけど通話口から離れてても聞こえてくる近藤さんの笑い声にやっぱり引き戻された。





「…もしもし、代わりましたけど」




「おーう山崎!誕生日らしいじゃねーか!おめでとう!わりーな、今日俺らサークル同期飲みでさー」





しこたま酔ってるようで、近藤さんはやたらとでかい声だ。同期飲み、そういえばそんなことを土方さんからちらっと聞いたような。まあでも、祝ってくれるのはありがたい。素直にお礼を述べる。





「ありがとうございます」




「よーう山崎ィ」





あれ、近藤さんの声じゃない。というか同期飲みだろう、何であんたがここにいる。





「何すか沖田さん」




「何でィその態度、せっかくお膳立てしてやったってのに」




「お膳立て?」





俺が問い返すと、沖田さんが電話の向こうで鼻で笑うのが分かった。





「お前の誕生日なんざ覚えてても役に立たねーと思ってたんだけどな。ちなみにそいつの服装もお前好みにさせといたぜィ」





ん?どういう意味だ。沖田さんの言葉をもう一度頭で反芻させる。途端に全身の血がさあっと引いた。え、ちょっと待て。お膳立てってまさか、彼女がここに来たのは。近藤さんの好意なんかじゃなく。





「俺が出来んのはここまででィ、あとは告るなり押し倒すなりテメーの好きにやんな。あ、礼なら1ヶ月分の昼飯で返せよ」





沖田さんの差し金、だなんて。気遣いとか全くない、絶対ただ自分が楽しみたいが為だけにやりやがったよこの人。この人に貸しを作ることがどれだけ恐ろしいことか、俺は身を持って知っている。絶句する俺に、沖田さんはとどめの一言をくれた。






「ここまで俺にさせといて、何もなかったってのはナシだからな。ヤってなかったら半年はパシってやらァ」






どうやら神様は、俺に人並みの幸せな誕生日を祝わせてくれる気がないらしい。





アンハッピー
バースデー



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -