「ねー坂田、あんたそれって寝癖?」
「は?ちげーよ天然100%だ。天パには湿気は大敵なんだよ。何か文句あんのか」
授業の合間の休み時間。たった10分で出来ることなんて次の授業の準備くらいしかない。まあそのための休みだからしょうがないけど。真ん前の席で机に突っ伏している坂田にちょっかいかけるしか、あとはやることがない。
「もさもさしすぎてワカメみたいだなって思っただけ」
いつも以上にあっちこっちに跳ねている坂田の髪を見てそう言うと、坂田はめちゃくちゃ不満そうに、後ろの席で馬鹿笑いしているもじゃもじゃ頭を指さした。
「ワカメなら辰馬だろ、俺黒髪じゃねーもん、銀髪銀さんだから」
「…ワカメって発育悪かったら白く」
「なんねーよ」
そこで話は途切れる。次の英語は先生が緩いから寝てようが内職してようが何も言われない。第一、最近の授業は受験用の復習メイン。既に分かってる勉強やったって時間の無駄だし、あたし割と英語は出来る方だから。そう思って数学の参考書を英語の教科書の上に乗せた。
「おーい永山さん、次は英語ですけどー」
ぱっと顔を上げると、坂田が椅子の背もたれを抱くように後ろ向きに座って、にやにやしながらあたしの机を指さす。何だこの天パ、腹立つ顔しやがって。
「そんなん知らん、英語より数学の方がやりたいんだあたしは」
「いやお前、英語の時は英語やっとけって。英語なかったら困るぞー?言えなくなんじゃんセック」「それ以上言うな、昼前に下ネタは早すぎる」
女子にその手の話題を振るな、と低い声で言うと、「あ、そーいやお前女子だっけ」と、何とも失礼な返事が笑い混じりで返ってきた。
知ってるさ、あんたに女として見られてないことくらい。だからこそ坂田はあたしとしょうもない話が出来る。
女として見られるにはどうしたらいいだろうか考えた。髪を伸ばし、メイクも練習した。けど、見た目が変わったところであたしはあたしでしかない。見た目じゃ取り繕えない「あたし」は、坂田と話す度に顔を出す。それを自覚していながら隠せないし、隠さない。それは今のこの状態に満足しているのもあるが、どう足掻こうが、坂田にとってのあたしの位置が変わることはないと知っているから。
そこまで考えて、不毛な思考だと気づいた。雨だからだろうか、余計なことまで考えてしまうのは。憂鬱な気分がきっと、そうさせている。窓の外では、さあっと静かな音をたてて、雫が次々と落ちていく。
「なに変な顔してんのお前」
坂田にむにゅりと頬を摘まれる。痛くはないが、何かイラッとしたので強めに払いのけた。机に顔を伏せてそのまましゃべる。
「あー雨のせいだ。もう坂田の頭が天然パーなのもやる気が出ないのも全部雨のせいだ」
「おい天然パーはねえだろ、せめてマをつけろ」
不服そうな坂田の言葉を無視して続ける。
「坂本があんなナリでボンボンなのも、高杉の結膜炎がなかなか治らないのも、ヅラが変なぬいぐるみ持ってんのも」
あたしがあんたを、好きなことも。雨のせいだったらどれだけ楽なことだろうか。雨が止んでしまえば、このじりじりとくすぶるあたしの中の熱も、引いてしまうのなら。この叫びたいくらいの想いをなくしてしまうのなら。そうなればどれだけいいだろう。側にいるのに、もっと近づきたくて。でも、近づけば近づくほど、あたしは坂田の特別から離れて今の「ダチ」ポジション。人を好きになることが、こんなにも辛くて泣きそうなことだとは知らなかった。
「…とっとと止んでくんないかな」
「だなー。雨だと帰りどっかに寄る気しねーんだよな。今日駅前のクレープ屋、割引の日なのに」
「あんたそればっかだな」
「あーでも、午後から止むらしいぜ、雨。天気予報で言ってたから」
「え」
坂田に言われて思わず顔を上げる。雨、止むんだ。雨が止めばこの憂鬱な気分も晴れるだろうか。この胸につかえた想いが消えてくれるだろうか。そんなわけない、だって。
あたしが坂田を好きなのは、決して雨の憂鬱な気分のせいなんかじゃなくて。
「つーことで、雨止んだら帰りクレープ屋な。俺金ないからお前のおごりで」
「ざっけんな白髪。自分の分くらい自分で払え」
あんたがいつだって、そうやって優しくあたしに笑いかけてくるからなんだから。
レイニーブルー