「ハッピーバースデー銀八せんせー!」




「…いや、何してんのお前」





放課後の会議が終わり、国語準備室のドアを開けたとたんにクラッカーを顔面で鳴らされた。頭に引っかかった紙テープをずるりと外せば、見慣れた女生徒が1人。俺のクラスの生徒。





「何って誕生日ですよ誕生日、先生今日で二十ウン歳じゃないですか」




「うん、年齢ごまかしてくれてありがとうってそうじゃなくて」





年の取り方がサザエさん方式なのはこの際どうでもいい。何でこんなドッキリみたいな祝われ方をされてるのかって方が問題なのだが。





「日頃の感謝ついでに祝おうかなって思いまして。ほら、ちゃんとケーキ用意したんですよ」




「誕生日メインじゃねえのかよ、まあいいけど。ソレ割とちゃんとしたケーキじゃねえか」





俺のデスクにおかれたホールケーキは、オーソドックスなイチゴのショートケーキ。見た目もさることながら、甘い香りが食欲を刺激する。





「調理クラブの友達に手伝ってもらいまして。私史上最高の出来ですよ」




「…中にダークマターとか」
「入ってませんよ、妙ちゃんには触らせてませんから」




「ならいいわ、食べていーの?」




「どーぞ、召し上がって下さい」





満面の笑みで差し出されたフォークを受け取る。ちらり、様子をうかがうがおかしなところは見当たらない。いや、すでにいろいろおかしいのだが。




うちのクラスの変人奇人と付き合っていけるだけの才能はあるが、目の前の女生徒はその中でも地味な方。志村弟の次の次くらいに。無駄にテンションが高いだけで目立った奇行も見られない彼女が、このような行動を起こす理由が見当たらない。何が起こったのかは分からないが、目の前のケーキは俺に食えと言わんばかりの甘い香りを放っている。祝われてるんなら、まあいいのか。そう思うことにして、ケーキをフォークで掬って口に運んだ。うん、甘い。





「…まあまあうめーな」




「でしょ、イチゴも苦労したんですよー?この時期ってまだ出回らないからスーパー何軒はしごしたことか」





愚痴臭いことは言っているが、その顔は満面の笑みを浮かべている。アレか、本当に祝ってくれてんのか。あの良く言えばクセの強い、普通に言えばアホだらけのうちのクラスを担当しているせいか、生徒の善行を素直に見られなくなった。いかんな、嫌な大人になったみたいだ。素直に受け取る心を持たなければ。心は少年、ってのが俺のモットーだし。





「で、ですね先生」




「ん?まだ何かあんの?」




「プレゼント、用意したんです。ちょっと、目、つむっててもらえます?」





急に恥ずかしそうにしだす彼女。ん?と思ったが、一応言われた通りに目を閉じる。すると、肩に手を置かれる。ついでに顔に何かが近づく気配。





「ちょ、お前何やって」
「先生動かないで」





ぴしゃりと言い放たれた。いやいや、これはまずいんじゃなかろうか、教師と生徒だし。間違いなく、キスの体勢だろうコレ。もう一度制止の声をかけようとした。と、顔に何かが当たる感触。同時にむせそうになるくらい甘い香り。目を開けると、眼鏡の向こうが白一面。顔を触るとべちょりとクリームの感触。眼鏡を外すと、今の今まで目の前にあったケーキが、ない。






「…てめえ、やりやがったな」




「あっははははは!先生引っかかったー!バーカがみーるブタのケツー!」




「待ちやがれ!プレゼントってただのパイ投げじゃねーか!」





ダッシュで逃げていく背中に怒鳴って追いかけようとしたが、視界がおぼつかない上にさすがにこの格好で外に出るのは、とドアの前までで諦めた。すると再び声が聞こえた。見ると、廊下の向こうに見慣れた集団。





「銀八せんせーハッピーバースデー!」





クラス全員でグルかよ、あのアホども。喜ぶべきなのか嘆くべきなのか。少し考えて、息を大きく吸い込んだ。






絶対言わない、
「ありがとう」なんて




「てめーら覚えてろよ!卒業式は全員に特大ケーキ顔に塗りたくってやっからな!」

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