「あたしね、退との出会いは運命とかじゃないと思うんだよね」
「え、それ今言う話?いきなりすぎるんだけど」
「今だから言うんじゃん。だってあたしらってあたしと沖田が仲良くなって奴が剣道部の試合見に来いとか言うから行ったらあんたがたまたまあたしの横で補欠組と一緒に応援してて話したのが始めでしょ?」
「それを運命と言うかは分かんないけどさ、それを今言うのはどうなんだろう」
大きな溜め息を吐いて、退が部屋を見渡す。
「だって今から俺ら、結婚するのに」
退はタキシードであたしはドレス。控え室には友達が送ってくれた電報や花や。文字通り結婚秒読み状態なわけである。けど、今言っておかないと永遠に言いそびれる気がしたからあえて今、退に爆弾発言ともとられそうな話を持ち出している。
「ホラ、司会のアナウンスでアレが運命の出会いとか言うって話じゃん?」
「うん」
「けどさ、あたしと退ってアレがファーストコンタクトじゃないんだよね」
「…うん?」
退がぽかんとした顔をした。やっぱり覚えてなかったんだなコノヤロー。人には散々地味じゃないとか存在を忘れるなとか言うくせに、自分だって覚えてないじゃないか。自然と口調が恨みがましくなってくる。
「その前に体育祭の係で一緒だったの、覚えてないんでしょ」
あたしの言葉に退は少し考え込んで、急にはっとした顔をした。
「…ああ!そういえばそんなことあったっけ!」
…やっぱり覚えてなかったか。あたし、コイツと結婚して大丈夫なんだろうか。今更ながら心配になってきたんだけど。まあ、あの時は大して話をしたわけじゃなかったから覚えてなくてもしょうがないかなとは思う。思うけどさ。
「あーあ、あたしはあの時からちょっとあんたのこと意識してたのに覚えてないなんて何てひどい話だよ」
わざとらしく拗ねたように言ってみる。あの時重い荷物を代わってくれたのがすごい印象に残ってて、あたしにしては珍しく名前と顔を覚えてたから。沖田の試合の時は正直よっしゃとか思ったし。
あたしの言葉にちょっと考え込んでる風だった退が、「でもさ、」と不満そうな顔をした。
「確かに俺も忘れてたけどさ、それも俺らのファーストコンタクトじゃないよ」
「…え、嘘」
今度はあたしがぽかんとした。アレより前に、退と会ったことなんてない。だいたいさっき言った体育祭も1年の春だし、クラス違ったからアレ以前にあたしたちが関わるチャンスもなかったし。
「ホラ、入試の時。消しゴムくれたじゃん」
「…何の話?」
「入試始まる直前にさ、俺が消しゴム忘れてテンパってるときに予備あるからあげるっつってくれたでしょ。俺と君、隣だったの覚えてないの?」
入試の時?言われてあの日のことを思い出してみる。確かあの日は始まる前にノートとか単語帳見直してて、そしたら隣の男子がすごい勢いでカバンをひっくり返してて近くの友達っぽい子に消しゴムないかとか聞いてて…。
まさか。
「アレ、あんた、だったの」
「そうだよ。どーせ覚えてないだろうと思って言わなかったんだけど、アレが俺らの本当のファーストコンタクトだからね」
やっぱり覚えてなかったよ、と口を尖らせる退。いやいや、覚えてないっつーかそれ以前の話だ。
「いや、何で言ってくれなかったの!?」
ああもう恥ずかしい。あたしはずっと体育祭の日が初めて会った日だと信じて疑わずにここまで来たのに、退はその前に会ってたんだって知ってて言わなかったなんて。一人勘違いしてわーわー言い出したさっきの自分を殴りたい。アホだよあたし。
焦るあたしを見て、退はさっきのあたしのようにすごく不満そうな顔をした。はあ、と大きく息を吐いて口を開く。
「俺は待ってたの、君があの日を思い出してくれるのを。忘れてるのは分かってたけど、俺はアレが運命の出会いだってずっと信じてきたから。なのに忘れてるとかまじねーよ」
「マジですみませんでした今思い出しました」
これでもかというくらい頭を下げる。ベールが顔にばさっとかかるけどそんなのお構いなしだ。今から結婚式だというのに、機嫌を損ねてはせっかくの晴れの日が台無しになる。すると退はぽんぽんとあたしの頭を撫でた。
「ま、完全に忘れてたわけじゃなかったみたいだし、許す」
「うっわなんて上目線発言」
頭を上げて笑うと、退もにっこり笑う。うん、これでお互い遺恨はなくなったわけだし。心置きなく人生一の晴れ舞台に臨めるってもんだ。と、控え室のドアがコンコンと鳴った。
「お二人様、そろそろお時間です」
君を待ってたんだ
運命だって、気付いてくれるのを。ずっと。
笑顔でドアの前に立つプランナーさんの言葉に、あたしと退は頷いて歩き出す。たぶん、両親や親戚や、土方やら沖田やら神楽やら妙やらが、にやにやしながら待ってるであろうチャペルへ。
さあ、待ちわびたこの日を最高のものにしようじゃないか。
誰も寝てはならぬ様に提出