「銀さん」



「んー、何」



「ジャンプ昨日出たの、知ってる?」




…マジでか。そういえば月曜まで連休じゃないか、と思い出してカレンダーを見上げた。と、さらに気付く今日の日付。10月10日。すなわち俺の誕生日。1ヵ月位前から気にしてたのに、完全に忘れてた。



誕生日だと気付いてしまえば妙に意識してしまうのだが、向かい側のソファに座る志乃は、足を組んでファッション雑誌を読んでいる。その様子だと、俺の誕生日のことなど、全く気にしていないようだ。あ、パンツ見えそう。でも前に同じシチュエーション時に見ようとしたらマジで殺されかけたのでやめておく。あの時の般若のような顔は忘れたくても忘れられない。




「ねー志乃ちゃん」



「何、先に言っとくけどお菓子なら無いよ、神楽ちゃんが昨日全部食べてたから」



「ハア!?馬鹿じゃねーのあの大食らい娘!」




昨日俺が久々にパチンコで勝った分の、あの山のようなチョコをアイツ、全部食いやがったのか!隠してたのに!いや、それも重要だが今はそっちよりも誕生日だ。チョコよりバースデーケーキだ。チョコも大事だが今はケーキだ。なんとか気持ちを落ち着けて、改めて志乃に向き直る。




「で、志乃ちゃん」



「だから何、用があるなら早く言いなよ」




志乃は雑誌から目を離すことなく話を促す。何かいつもよりツンツンしてない?それも気になるがぐっとこらえて本題に入る。じゃないと話が進まない。




「今日さ、何の日か知ってる?」



「マグロの日釣りの日缶詰の日貯金箱の日トマトの日目の愛護デー、でしょ」




志乃は雑誌から顔も上げずにすらすらと答えてくれた。え、そこまで知識あんなら俺の誕生日くらい知ってても良いのでは。付き合いも短くないんだし、前に誕生日の話はした、気がするし。




「そんなこと言ってる暇あったら外出てきたら?土曜にジャンプ出るといっつも月曜に気付いてコンビニ梯子するじゃない」



「ま、そーなんだけど」



「ホラ、早く行ってきてよ。あたし後からパシられるのは嫌だからね」




俺が気乗りじゃない返事をしたのが気にくわなかったのか、漸く雑誌から上げた顔は不機嫌そう。いやいや、俺何もしてないし余計なことも言ってない。はず。けど機嫌を損ねるとせっかくの誕生日が修羅場と化してしまう。その前に何とか機嫌を直してもらわねば。




「…俺何かしましたかね?」



「いや、別に何も。ホラ早く行ってきなよ」




いやいや、ますます怒ってるような気がする。第一普段なら俺が出ようとするとまたパチンコかーとか文句言うくせに今日は出てけと。どういうことだ。




「そんな怒ってたら気になるじゃねーか、俺何かしたなら言って?」



「いやだから何にもしてないから。早く行ってきな」



「何でそんなに俺を家から出そうとするわけ?普段なら怒るくせに、何かあるとしか思えねーよ!」




だんだん俺もイライラが募ってきて、自然と語気が強まってしまった。いかん、とは思いつつも彼女の言動はあまりにも不可解すぎる。理由をはっきりさせないことには、誕生日どころの話ではないのだ。



俺の怒鳴りに驚いた顔をした志乃は、暫くぽかんとした様子で俺を見つめていたが、急にあーとかうーとか唸りだした。だから何なんだよ、はっきり言ってくれ。正直なところ不安になってきた。まさか俺の誕生日のことなど忘れて内緒でどっか行こうとか…浮気とか、ないよね?




「あのー…、志乃さん?」



「あーもう銀さん!何でそんなに鈍いの!いい加減察して!」




志乃は急に立ち上がって今度は俺が怒鳴られた。いや、本当何なんですか。察しろったって、察する事情が見つからない。と、玄関の引き戸ががらりと開く音がした。




「ただいまヨー、って何でまだ銀ちゃんいるアルか?」



「志乃さん、買い物の間に銀さん追い出すって言ってたじゃないですか」




買い物から帰ってきた神楽と新八も、部屋に入ってきて俺を見るなり不可解そうな顔をする。もう何なんだ、俺居ちゃいけないんですか。ちょっと泣きそうになってきたんだけど。




「…あのさ銀さん、今から、その、ね、」



「あーハイハイもういいですよ、俺に内緒で3人だけで楽しいことするんでしょー、銀さんは1人さみしくジャンプでも買いに行ってきますよ」




志乃が慌てたように何かを言おうとしたが、遮るように言う。何で自分の誕生日なのにこんな寂しい思いしなきゃいけないのか。




「…銀ちゃん、鈍いにも程があるネ」



「銀さん、今から銀さんの誕生日の準備するんで出来るまで外で待っててほしいだけなんですけど」



「…は?」




うなだれて玄関で靴を履こうとしていた俺に、新八が呆れたように言った。え、俺の、誕生日の、準備と。じゃあ、俺を無理矢理家から出そうとしてたのは、その準備のため。さっきまで感じてた不安や苛立ちがさっと消えていく。その代わり、ちょっと嬉しいような気分。この年でサプライズが嬉しいとか。いや、心はいつまでも少年だから許されるよね。




「ちょ、新八何で言うの!あくまでも内密にって言ったのに!」



「だって銀さん明らかに分かってなかったし寧ろ勘違いしてましたよ?言わなきゃめんどくさいことになるじゃないですか。というかなってましたよね」



「そーネ、銀ちゃん分からず屋なんだから内緒とか無理だったアルよ」



「まあそうよね、銀さん基本めんどくさい人だし無理だったのかな」



「…え、何で俺軽くけなされてんの」




だから俺、誕生日なんだって今日。主役なんだって。祝ってくれるのはありがたいが、最終的に俺への扱いはいつも通りなのか。いや、いつも以下な気がする。



「ま、そーいうわけだから、夕方くらいまでのんびり待っててよ。ジャンプ、2丁目のコンビニならいつも残ってるから」




志乃がそう言いながら、俺の背中をぽんと叩く。振り返ると、いつもより優しい顔で笑っている。新八と神楽も、早く行ってこいマダオ、とか言いながら笑ってる。全く、面倒くさい奴らだ。




「…取りあえずケーキはホールで手作りな、そこだけは必ず守れよ」



「当たり前よ、とんでもなく甘いの作ってやるから覚悟しといて」




志乃の言葉ににっと笑うと、彼女もにやりと笑った。それを見て、中途半端に足を入れていた靴を履いて、引き戸を開ける。後ろから聞こえる3人分のいってらっしゃいに、後ろ手で手を振って返した。






なんてことない極上の日






取りあえずジャンプ買って、パチンコ行ってみよう。2日連続とか普段ならないけど今日は、当たりそうな気がする。



title:おやすみパンチ
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