しとしとと、雨が降る。



頬に垂れた水滴を手の甲で拭うと、うっすら赤い色に染まっていた。誰の血?あたしは顔に怪我なんてしてないから、斬った天人のどれかだろう。もっとも、斬った奴の姿なんて覚えちゃいないけど。



あたしの頬を、腕を、血に塗れた全身を。雨は撫でるように、洗い流すように、ただ静かに降る。



どうせなら、もっと激しく降ってくれたらいいのに。そう呟いたあたしの声は、横にいた男にも聞こえていたようで。




「これ以上激しく降ったらびしょ濡れになるじゃねーか」



「それは嫌だけどさ、あんたはそう思わない?」




ねえ銀時、と横の男にあたしは尋ねる。が、彼は思わねーな、と首を振る。




「あーでも、お前がもう少し薄着だったら雨で透けてイイ感じに…って冗談だろーが、殺気全開で睨むなよ」



「もういい、あんたに訊いたあたしが馬鹿だったんだ」




そう言うと、銀時はあっそ、とだけ答えて、それきり二人して黙って足場を捜しながら本陣代わりの古寺に向かう。足下に転がった天人の胴体か何かを足でどけると、人間の足が見えた。



死んでしまえば、敵も味方も無い。人間の残骸だろうが天人の首だろうが、こうやって足でどけながら進む。その事にもう哀れみや悲しみは感じない。ただ、何か大事な物を失った様な気分だけ。昨日の仲間が転がろうが、誰が転がろうが、生きる限りあたしは戦場を駆け、僅かな仲間とこうやって本陣に戻る。その繰り返しの毎日。終わり?そんなもの、無い。終わりたいなら自分で首をかっ斬ればいい。



ああ、願わくば激しい雨と風で、戦場ごと、散らかる死体ごと何処かへ吹き飛ばしてくれないだろうか。いい加減、気が狂いそうだ。斬って斬って斬って、それでも明日にはまた新たな敵が襲い掛かってくる。何でも良いから、終わりが欲しい。終わらせて欲しい。誰か誰か誰か。




「いい加減、おかしくなりそう」




あたしがそう呟く。望んで戦いに身を投じたのは確か。でも、刀を振るって何が変わるのか、もう分からなくなってきた。戦いは終わらないし、傀儡と化した中央は腐っていくばかり。それでも、目の前の敵を斬らねばあたし達が斬られてる。目的なんてとうの昔に見失って、ただ生きるために戦っている今。その辺の獣と、どこか違いがあるのか。




「おかしくなりそう、ね」




銀時の声は、ふざけた様でも無く、真面目な様でも無く。何処か遠い処を見ながら、彼は言い切った。




「こんなとこに居て正気でいられるんだから、俺もお前もとっくの昔に狂ってんだよな」




狂ってる。とっくの昔に。



その言葉で全身がぞわりとした。気付かなかった、いや、気付かない振りをしていた、事実を目の前に突きつけられて。



認めてしまえば楽、そんな事は解ってる。痛みも辛さも放棄できるなら、全てを投げ捨てて狂ってしまいたい。けれど、そこへ行ってしまえば、本当に何か大事な物を手放してしまうようで。でも最早正常には戻れない処に来ている。解っている。解っているけど、それでもあたしは。




「まだ、人でありたい」




敵味方問わず夜叉と呼ばれる銀時は、何も言わなかった。ただ、上を向いて雨粒を顔中に浴びて、どこかに思いを馳せているように見えた。





灰色の世界に生きる




何処かで、獣のように叫ぶ声が、聞こえた気がした。

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