夏だ!海だ!何もかも開放的になる良い季節が到来だ!というのに。あたしの置かれた状況は何なんだろうか。
「それはお前が国語のテストで0点取ったからだよー」
窓を全開にしてるのに熱がこもったままの教室に銀八の抑揚のない声が溶けて消える。まさかの夏休み補修参加者は、まさかのあたし1人。
「名前書き忘れてなきゃ83点だったのに惜しい事したなー」
教卓の目の前、新八の席に後ろ向きに座り後ろの机に頬杖をつく銀八がやっぱり抑揚のない声で呟く。
「採点したんなら名前くらいまけてよ先生、うちのクラスでそんな点取るのあたしだけなんだから分かるじゃんか」
「いやだって決まりだしね、いくら小論読めようが自分の名前も書けない奴が社会でやってけるとでも思ってんのかコノヤロー」
ぐむむ。何て融通の効かん男だよ坂田銀八。期末でまさかのヘマやらかしたあたしもあたしだが。しかしこれはチャンスだ。よく考えれば今好きな人と二人っきりな訳だ、アタックチャンスだ!いや別に児玉さんな訳じゃないけどさ。
「ねー先生、質問して良い?」
「スリーサイズ以外なら答えてやる」
女子か。いや聞きたい気もするけど。それよりも重要な質問があるんだよあたしは。
「先生ってさ、彼女いたりする?」
「俺の恋人は今も昔もコイツだけです」
そう言って銀八はイチゴ牛乳のパックをずるると鳴らした。何て寂しい男だよ。つまりは、人間の恋人は居ないという事。そして、あたしに更なるアタックチャンス到来って事ですよ。
「だったらさ、ちょうどココにフリーの可愛い女子がいますけどいかがですか?あたし先生なら全然オッケーなんだけど」
「本当に可愛い女子はな、自分の事を可愛いなんて言わねーんだけどな」
「いやいや、可愛いって自分で言い聞かせるのも可愛くいる秘訣なんですよ」
「いまいち答えになってねーぞ、だから0点なんか取んだろうが」
銀八がだるそうに椅子から立ち上がって、あたしの横に来る。あたしの遠回しな告白を、果たして奴はどう取ったのだろうか。顔を見る限りではいつも通りの、覇気のない目。いやしかし、何となく目と眉の距離が近い、気がする。
「ちょっとこっち向こうか」
いきなり銀八が、あたしの顎を掴んでぐいと引っ張った。ちょ、何すんだ。ぐえ、という乙女にあるまじき唸りが口からこぼれる。
「何ですか先、せ」
え、ちょっと待って。何でこの人顔近付けてるの。焦って顔を遠ざけようとしたら、顎とは逆の手で肩をホールド。ちょ、ちょ、待って待って!状況が掴めません!
「な、何さ先生、あたし顔に、何にもついてないから」
「オイオイ、告白しといてそれはねーんじゃねーの」
ええええ本気で取ってくれたのか!けど、え、まださ、心の準備!銀八の息が顔にかかる。どうしようもなくて、あたしにできるのはぎゅっと目を瞑ることだけ。時間がすごいゆっくりに感じる。
「…ぶはっ」
急に銀八が吹き出したのに驚いて目を開けると、あたしから顔を背けて爆笑していた。え、今度は何なんですか。あたしが絶句していると、銀八は笑いながら言ってきた。
「お前さー、何つー顔してんの、年上口説くんならさ、こーいうのに慣れてからにした方がいいって」
「…からかいやがったな」
「馬鹿、大人の口説き方を身を持って教えてやったんじゃねーか。これに動じない位の女じゃないと俺はときめきません」
…遠回しに振られたって、事ですか。茶化した告白とはいえ、やっぱりへこむ。泣きそうなほどではないけど、ちくちくと胸の辺りが痛い。大人の女じゃなきゃダメなのか。何かやり切れない気持ちになって下を向いた。
「俺みたいな男に惚れたらな、火傷じゃ済まねーぞ。全身爛れたようになること確実だ」
「…ちょっと待って先生」
「ん、何?」
「大人になってアレくらいのこと、動じなくなればあたしも恋愛圏内ってことでオッケー?」
銀八が絶句した。そりゃそうだ、あたしは気付いちゃったのさ。先生の言葉を逆に言えば、ガキじゃなくなったらときめくかもしれないじゃんってことだよ。あたしがなるべく傷つかないような断り方にしたんだろうけど、そもそもそれくらいで諦めるあたしじゃない。伊達に3Zにいるわけじゃないんだから。
そうと分かればあたし、復活!椅子を勢いよく蹴って立ち上がって、銀八の鼻先に人差し指を突きつけた。もちろんあたし史上最高の笑顔で。
「待っとけよ銀八、卒業までに意地でも大人になって惚れさせてやる!」
乙女心は無限大!
「お前、タフよねいろんな意味で」
「じゃなきゃあんたなんか好きになりません」