はい、折原です。





トゥルルル トゥルルル …


鳴り響く電話の音に気づき、静雄はコンロの火を慌てて止めた。菜箸を適当に置き、ばたばたとダイニングの隅に置いてある子機に手を伸ばす。6コール目でなんとか間に合った。

「はい、折原です」
「Comment ca va? Ma petite SHIZUO...」

すらすらっと聞こえてきた外国語に一瞬焦るが、シズオ、の発音で誰だかわかってしまった。静雄は子機を持ったままキッチンへ戻る。良い匂いがふわりと漂った。

「…臨也だろ」
『やあシズちゃん、よくわかったね』
「くだらねえことすんな」
『愛を語っただけなのに。…それにしても、いいね。折原です、って響き』

はっとするが、自分は何も間違っていないと思いなおす。ここは臨也の家で、かかってきた電話に折原ですと出るのは何も間違っちゃいないのだ。熱くなっていく顔に気づかないフリをした。

「ば、…んなの、平和島ですっつった方が変だろ!」
『それもそうか。…嬉しいな、シズちゃん、今俺の家にいるんだよね』
「…おまえが、家のキーなくしたっつーから、合鍵で開けといてやってんだよ!」
『じゃあそういうことにしておこう』

じゃあってなんだよじゃあって。昨日、国際電話でかかってきた臨也からの電話。用事があって出向いているフランスで、家の鍵をなくしたというのだ。いちいちフランスから管理会社に電話するのも面倒くさいから、シズちゃん開けといて。ね、お願い。…なんて早口で言って、電話は切れた。だが考えてみれば、あの臨也が、鍵をなくすはずがない。どこかでわかっていたはずなのに、結局こうして来てしまっている。

「…チッ。来なきゃよかったぜ」
『帰んないでね。俺がそっちに戻るまで』
「今どこだよ。成田か?」
『成田出たところだよ。…待っててね。早くシズちゃんに会いたいな』

臨也がフランスへ飛んだのが二週間ほど前だった。何度か電話をくれたが、ほとんど出ることもできなかった。決して言わないが、静雄も臨也に会いたかった。だから昨日電話を貰った時、帰ってくると知って嬉しくて、ろくに確認もせず、疑いもせず。単細胞だな、と自分でも思う。

『お土産楽しみにしてて』
「…何か食ってきたか?」
『ううん、特には。直行で家に帰ろうと思うけど?』
「…じゃあ、何も食ってくるな」

そして臨也の家で料理なんかも始めてしまったのだった。理由は適当に開けた冷蔵庫に、賞味期限スレスレの卵が入っていたこと。と、いうことに、しておこう。

『……うん。俺、デミグラスよりハッシュドビーフが…』
「知ってる」
『…大好きだよ。すぐに帰る、すぐに』
「それも知ってる」

ふっと笑うと、静雄は電話を切った。電話の向こうのあまり余裕のなさそうな、真剣な声に満足をしながら。子機を充電器へ戻し、コンロの火を付け直した。






ピンポーン ピンポーン


静雄は顔を上げた。インターフォンが鳴っている。とっくに料理は出来上がって、ぼーっとテレビを眺めていたところだった。静雄はソファから身を起こし、早足になりながら玄関まで出る。カシャンと鍵を開け、そっと扉を開いた。

「シズちゃん、ただいま」

予想通り、にこりと微笑む臨也がそこにはいた。静雄は小さな声で「…おかえり」と呟いた。臨也の背後で扉が閉まると、それを合図に臨也は静雄にキスをした。噛み付くようなそれに文句を言う暇もなく、仕方がないので静雄は臨也の首に腕を回してやる。玄関の段差を下りても身長差があったが、もうどうでもよかった。

「…臨也」
「会いたかったよ、お姫様。ああ、本当に、電話の時から思っていたけれど…新妻みたいだね」
「…殴るぞ」
「止めといて、今ね、俺はとっても幸せなんだから!」

臨也はもう一度静雄に触れるだけのキスをすると、ゆっくり身体を離した。着ていた上品なスーツのジャケットを脱いで、静雄にはい、と渡してくる。やれやれといったところか。静雄も差し出されたそれを思わず受け取ってしまった。後悔しても遅かった。

「ハンガーにかけといてくれる?」
「……」
「そんな顔しないでよ」
「したくもなるだろ。ったく、仕方ねえなあ…」

ぶつぶつ言いながら静雄はスーツを持ってリビングへ先に入る。ハンガーハンガーと探していると、後ろから来た臨也が「あっ!」と声をあげた。振り向くと、ダイニングの方へ走っていく臨也が見えた。

「シズちゃん、やっぱり!俺、結構好きなんだよね!」
「ああ、…ハッシュドビーフのオムライス、だろ?」
「シズちゃんの作るやつが一番好きなんだよ!向こうでも食べたんだけどさ〜やっぱりどーも違うくって」
「……」
「あれ?照れてんの?」
「…別に」

キッチンの鍋にハッシュドソースが入ってるのを確認しながら、臨也はにやにやとこちらを見た。静雄はハンガーに集中することにして、それを無視した。が、臨也は続ける。

「卵はふわふわの半熟がいいんだよねえ」
「……ほら、かけたぞスーツ。クリーニング出せよ」
「シズちゃん、早く早く」
「おまえな…」

機嫌がとてもいい臨也は、ネクタイを緩めることも忘れてにこにこと静雄の傍に立っている。静雄はため息をつきながらキッチンに立ち、フライパンを暖め始めた。付き合い始めてもう結構たった。臨也の好みも、全てわかるようになってしまった。苦手だった料理が好きになる。それで臨也が喜んでくれる。…だが、これじゃあオムライスがあれば俺はここにいらないのではないか。畜生、いや別に、それでもいいけど、でもなんだか、

「…シズちゃん。愛してるよ」
「…あ?」
「オムライスよりね」
「……」

くっくっと笑う臨也を横目と目を合わせないように反対側を向いた。真っ赤になった顔では、もう何も言い返せない。どうしようもないので、静雄は小さく呟いた。

「…当然だ」
「かっわいいなぁ」

これだから君を手放せない。臨也は思わず静雄の手を取ると、その甲にちゅっと口付けた。



2010.05
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