指を絡めて視線を絡めてあふれ出すきもちをキスで伝えてハグで伝えてそれでも足りないのなら





『終わりのない恋なんてないわ』

つい最近買い換えたテレビの中で、一人の美女が言い放つ。静雄はソファに座ってそれを眺めていた。毎回毎回このドラマを見ているわけではなく、たまたまチャンネルを回していて目に止まったのだ。主人公の女性の相手役の男性が、少し恋人に似ていた。

『いつまでも一緒にいれるなんて夢を見てるの?愚かだわ、そんなことあるはずがないのに。人の情熱なんて一度冷めればもうお終いよ。愛すのなんて簡単だけど、問題はそこから後なのよ。同じように最後まで愛し続けることなんてできるはずがないのよ』
『………でも彼、約束してくれたわ!』

主人公の純粋そうな女性が泣きそうな顔で言い返す。美女は腕を組んだまま、ルージュのたっぷり塗られた唇の端を可笑しそうに持ち上げた。

『私のことを愛してると言った、私のことを、』
『ええ、そうでしょうね。けれど目に見えないことをいくら言ったって…何にもならないわ?』
『どうしてあなたがそんなことを言うの!?』
『だって可笑しくて仕方ないんだもの!…わたし、教えてあげているのよ。何も知らないあなたが可哀想だったんだもの。…彼、わたしにも愛してると言ったのよ。一昨日も昨日も、ベッドの上でね…』

かたかたと震える主人公の前で美女が笑ってみせる。一緒に見ていた幽が「うわ…」と思わず声に出した。静雄ははあ、と息を吐いて立ち上がる。番組はCMに入った。

「すごい展開」
「だな。明日学校でこの話題ばっかだろうな…」
「結構人気あるんだよね、このドラマ」

静雄はキッチンの冷蔵庫から牛乳を取り出してグラスに注いだ。それを飲み干すと、リビングから出ようとドアを開ける。幽がこちらを向いた。

「姉貴?まだあと30分あるよ」
「ちょっと学校の課題あるから」

そう、と幽はまたテレビの方へ向き直す。静雄はドアをそっと閉め、階段を上って自分の部屋へ入る。電気をつけて充電中の携帯を確認するが、メールや着信は入っていなかった。携帯から充電器のコードを引っこ抜いて、一緒にベッドへダイブする。本当は課題など出ていなかった。

「………」

チッチッと流れる時計の針の音がうるさかった。ちらりと見ると、もうすぐ22時だ。さすがに今から家を出るのはな…と静雄は思った。なんだかとても、会いたくなった。付き合って2年になる彼氏の臨也は、こういう時に限って連絡を寄越さない。静雄は暫く迷ったが、なかなか決断できずにいた。すると、ドアの向こうから静雄ーと呼ぶ声が聞こえる。静雄はもぞ、とベッドから起き上がり、ドアを開けて階段を降りる。

「…呼んだ?何?」
「静雄、今暇?悪いんだけど、これ出してきてくれないかしら。すっかり忘れててねぇ」

階段の下で母親が一通の封筒を持って立っていた。静雄は差し出されたそれを受け取った。母親の仕事関係のもののようだ。

「…ていうかなんで私が。母さん行けばいいじゃん…」
「あら、じゃあ静雄が洗濯と食器洗いとしてくれる?」
「…行くよ、行けばいーんだろ」

何故自分で幽ではないのだと感じたが、そういえば幽は既に風呂に入ってしまっていたように思う。夏だし風呂の後に外には出たくねえよなぁ、と静雄は納得してしまって、仕方なく母親のお使いを頼まれることにした。一度部屋に戻り、部屋着だったので服を着替える。携帯と封筒だけ持って家を出た。

「、あっつ」

夜だというのに全然涼しくなくて、静雄は顔をしかめる。ここから一番近い郵便ポストは近所のコンビニだ。静雄は人気のない住宅街を歩く。頭の中で先ほど見たドラマの映像が流れていた。…やっぱり少し、会いたい。このまま臨也の家まで行ってしまおうか。静雄はコンビニに着くと、レジに設置されているポストへ封筒を入れた。カタンと音がして封筒が落ちる。そしてコンビニを出ようとすると、後ろから呼び止められた。

「お嬢さん、こんな時間にどうしたのかな?」

はっとして振り向くと、にこりと笑う見覚えのある顔。黒いポロシャツに黒い7分丈のズボンを穿いて、コンビニのカゴを持っていた。臨也。静雄はぽかんとした。

「い、臨也…」
「一人?危ないなぁ…何か買いにきたの?」
「いや、…母さんのお使いで、郵便出しに来ただけ」
「そっか。…そーだシズちゃん、なんか好きなの取っといでよ。ジュースでもアイスでもいいよ」

臨也は飲み物やアイスクリームのコーナーを指差しながら言った。静雄は訳がわからなかったが、とりあえずそちらへ向かうことにした。いちごオレの紙パックを持って戻ると、「マジ?」と臨也は苦笑していたが、それを自分のカゴの中に入れると、そのままレジに置いた。

「あ、臨也、」
「え?」
「ご、ごめん…奢らせて」
「いいよ、俺が取っといでって言ったんだし」

ズボンの後ろポケットから黒い長財布を取り出しながら臨也は言った。支払いを済ませると、臨也は袋からいちごオレを取り出し、静雄に渡した。静雄もありがとうと礼を言ってそれを受け取る。コンビニから出ると再びぶわっとした暑い空気が襲ってきた。

「暑いなー…」
「…臨也、…ていうかなんでここにいたんだ?おまえの家の近く、他のコンビニあったよな?」
「そうだね。でも、俺はどうしてもこれが食べたかったわけ」

がさ、と袋の中から臨也は一つ、ロールケーキを手にとってみせた。それはこのコンビニチェーンの店でしか販売されていないもので、静雄は納得する。この辺りでそのケーキが売っているコンビニはここくらいだ。

「成る程な」
「今日暑いし迷ったけど、来て正解だったね。シズちゃんに会えたんだし。…送るよシズちゃん」
「いいのに…」

と言いながらも、静雄はふわりと笑った。臨也は静雄の歩幅に合わせて歩いた。暑いが静かな夜だった。静雄はいちごオレにストローを挿し、少しずつ飲んだ。だが数分歩いたところで、突如静雄が止まった。臨也もそれに合わせて足を止める。

「どうしたの?シズちゃん」
「…臨也。…やっぱ、…やめよう」
「え…?何が」
「…臨也の家、行きたい」

臨也は驚いたような顔をした。静雄は照れを隠すようにいちごオレを思いっきり吸った。臨也はふっと笑って、くるりと身体の向きを変える。静雄に向けて手を差し出した。

「いいよ。シズちゃんが行きたいなら行こう。ちょっと散らかってるけど」

理由は何も聞いてこなかった。静雄はこくりと頷いて、その手をそうっと握った。







臨也は散らかっていると行ったが、部屋は綺麗だった。静雄は素早く母親にちょっと遅くなるとメールを打ち、携帯をポケットへ入れた。臨也はクーラーを入れ、先ほど買ったロールケーキを皿に出し、フォークを沿えて静雄の前のテーブルへ置いた。

「はい、シズちゃん」
「…はい、って…これは臨也が、」
「また買えばいいから、今日はシズちゃんが食べなよ」

ね、と臨也は笑って静雄の隣に座る。臨也の家のソファはとても座り心地がよくて好きだった。静雄は臨也の方を見れなかった。臨也は何も言わず、テレビのリモコンを取ろうとする。静雄は手を伸ばし、それを遮った。

「つけないで」
「…うん、わかったよ」
「…何も聞かないのか」
「聞いてほしいの?俺は言いたくないのかなと思ったんだけど」

静雄はソファの背もたれに全体重をかけた。ふう、と天井に向かって息を吐き出す。臨也は自分の太股に肘をついて手に顎を乗せ、こちらを見ていた。

「………少し会いたかった、んだ」
「へえ」
「我侭言ってごめん。…でも、…せっかく会えたのに、あのまま別れたくなくて、」
「そうだね。…どうしたのかな、シズちゃん。今日はとっても、弱くて…可愛いね」

可愛いのは今日『も』か、と臨也は笑って静雄の腰に手を回し、抱き寄せた。普段なら恥ずかしがって抵抗を見せるが、今日はされるがままだった。静雄は臨也の肩にこてんと頭を乗せた。臨也の手がそっと静雄の手を取る。指が絡まるが、解けるのが怖くて、静雄はぎゅっとそのまま握り締めた。

「…臨也」
「……不安なの?…何を不安に思うの?」
「……」
「…大丈夫だよ」

目が合ったと思うと、ゆっくり臨也の顔が近づいてくる。静雄は目を閉じた。予想通り臨也の唇が静雄のそれを重なった。臨也は両手で静雄を抱き締める。静雄も臨也の頬にそっと手を沿えた。

「ん、…ん、う」
「…、は…。……シズちゃん、俺を、信じることが不安なんだろう」
「……、…」
「大方、さっきやってたドラマでも見たかな?」

静雄ははっと顔を上げた。臨也は静雄を優しく抱き締めたまま、髪をふわりと撫でた。

「…なんで、」
「シズちゃんが出てきた時間帯とか、色々考えるとね。俺は今日見てないから詳しくストーリーは知らないけど、よく教室で皆が話してるしね」
「……馬鹿だろ?私…あんな作り話のことで、いちいち…」
「馬鹿なんかじゃない。シズちゃん、いいんだよ。たくさん不安になって、そしてその度に、俺に会いに来て。…不安の数以上に、シズちゃんを抱き締めてあげる。キスをしてあげる。君が不安になる度に、教えてあげるよ。俺が、どんなにシズちゃんを、愛してるかってことを…」

再びお互いの唇が触れる。静雄は今度は臨也の首に腕を回した。もっと深く、もっとと自分から舌を進める。臨也はそれに応えてくれた。髪を撫でられる自分より少し大きな手がとても気持ちがよくて、静雄は目を細める。ふは、と離した唇から、透明の糸が二人を繋いだ。

「、…臨也。……私、終わりを考えるのは嫌いなんだ。だって今、確かに臨也は、ここにいて、私にキスをしているのに」
「……終わり?」
「臨也がいつか、私から離れて、私に飽きて、私以外の女の人と付き合って…それでも私に嘘をついて、私は臨也から離れられなくて。臨也、…私、もう、……臨也じゃないと、」
「……」
「臨也が好きで、臨也を愛してる。けれどそんなの永遠じゃないって、…それでも私は、」
「それはドラマの話?」

臨也の瞳は真剣なものだった。至近距離で真面目な顔をした臨也を見て、静雄は目が離せなくなった。臨也は静雄をもう一度強く抱き締める。それが必死で、静雄を離さない、離したくないとしがみ付くようで。

「……俺はシズちゃんを、死ぬまで、死んだって、愛してる」
「…臨也」
「永遠だ。もうこれからずっと先、シズちゃんは俺だけを見てればいい。俺はシズちゃんを裏切ったりなんてしない。ドラマなんてそう、それこそ作り話だよ。俺たちは現実で恋をしている。俺は確かに、君を愛してる。…シズちゃんが望むなら、何度も何度も言うよ。好きだよ、愛してる」

静雄は臨也の胸に顔を埋めた。ああ、もう今日はこのまま、この優しい暖かな腕の中で眠ってしまいたい。母親にメールを入れ直さなければ。…でも今はまだ、臨也で頭をいっぱいにしていたかった。臨也のことだけ、考える自分でいたかった。



企画「my fair lady」様に提出させていただきました。


201008

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