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「いかがなさいますか?」

臨也は唇に指を当て、かれこれ30分ほど悩んでいた。店員が出した中から選びぬいた2種類のデザインの指輪が臨也の前に置かれている。片方はダイヤが1つ埋め込まれたシンプルなもので、もう一つはきらきらとサイドに散りばめられた宝石が輝くものだ。

「………」

もう何度目だろうか、手に取ってじっと眺め、彼女がこれをつけているところを想像する。だめだ、どちらも似合いすぎていて怖い。臨也ははあ、と息をついてソファの背もたれに倒れた。銀座の海外高級ブランド店の個室で、臨也は指輪と戦っていた。

「…あー、悩むなぁ」
「どうぞごゆっくりご検討くださいませ」
「ありがと。…うーん、でもやっぱさ、つけないとどうにもわかんないよねぇ。…悪いんだけど、これ、置いといてもらえる?近いうちに、連れてくることにするよ」
「勿論でございます。ご来店お待ちしておりますね」

はきはきと喋る店員に礼を言い、臨也は立ち上がって個室を出た。店内には何名かのカップルがいて、女性は皆嬉しそうな顔をして指輪を眺めていた。臨也はそっと店を出る。彼女もああいう表情をしてくれるだろうか。







次の土曜日、静雄は銀座にいた。駅前で臨也を待ち合わせをしており、15分ほど早く着いてしまったのだ。普段銀座などには来ない。Tシャツにジーンズじゃだめだろうな、ととりあえずこの前幽に勧められて買ったワンピースを着てきたが…。

「シズちゃん!」

時間3分前に臨也が現れた。静雄はその格好を見てどきりとした。グレーのネクタイに上品な黒のワイシャツに、スラックス。臨也は機嫌よさそうに静雄の傍に寄る。

「うわ、可愛いね、腰にリボンついてる。初めて見る服だな」
「あ、ありがとう。…ていうか臨也、その服…」
「ああ、まあ、一応ね」

行こうか、と臨也は静雄の手を引く。臨也はとても周囲の目を惹いた。整った顔立ちに振り向く女の子も少なくはない。静雄は少し俯き加減に歩く。臨也と街に出るとこれだから仕方がない。しかし、周囲の目が静雄にも向いているのだということを彼女は気づいていなかった。暫く歩くと、臨也はとある建物の前で足を止めた。静雄は目を見開く。

「ここだよ」
「え…こ、ここ、って…」

ガラス張りの概観に、入り口は大きな門のような作り。黒と白のデザインで、見ただけでとてつもない高級な店だとわかる。静雄は足が動かなかった。

「い、臨也、」
「ん?」
「ここに、何の用がっ…」
「あれ、言ってなかった?指輪、買いにきたんだよ」
「指輪…?」

臨也はにこりと笑い、大丈夫だからと静雄の肩をそっと抱いた。静雄はもっとフォーマルな格好をしてきた方がよかったかな、入り口で追い返されたりしないだろうかとびくびくしていたが、臨也の顔を見ると、入り口にいた警備員はすっと礼をして道を開けた。

「折原様、お待ちしておりました」

臨也は静雄の肩を抱いたまま店の中へと入っていく。すぐに店員がやってきて、個室の方へと案内された。静雄は何がなんだかわからないままソファへと座る。

「すぐに指輪をお持ちいたします」
「うん、よろしく」

パタン、と扉が閉まる。臨也は静雄の隣に座る。静雄はワンピースをぎゅっと握り締めながら臨也を見た。

「臨也、…指輪って」
「シズちゃんのだよ」
「……」
「目星はつけてたんだけど、やっぱり本人がつけないとわかんないもんねぇ」

数分しないうちに、店員が箱を持ってやってきた。その中には臨也が先日選んだ指輪たちが入っていた。店員はそっとそれを静雄の前に置く。

「どうぞ、試着なさってください」
「あ…」
「ありがとう。シズちゃん、手貸して」
「手…、」
「いや違う、そっちじゃない。…左手だよ」

右手を出そうとした静雄の手を止めて、臨也は静雄の左手を取った。臨也の細い指が指輪を掴み、そっと静雄の薬指に嵌めた。サイズはぴったりだった。

「うん…綺麗だね」
「……」
「どう?シズちゃん」
「いや…なんか、…左手が、自分のじゃないみたいで…」

ふっと臨也は笑った。指輪はきらきらきらと照明に反射して静雄に光を届けた。まるで自分の手じゃないみたいだった。臨也はその指輪をはずし、もう1つの指輪を静雄の指に嵌める。こちらもとても綺麗だった。

「シズちゃんなんでも似合うからね。…どっちがいい?」
「……どっち、って、言われても…」
「俺もどっちもいいと思うんだ。けど…じゃらじゃらついてるより、センターのダイヤが一番綺麗なこっちのがいいかな?つけやすいんじゃないかと思って」
「…じゃあ、そっちで…」

臨也は繊細な作りの台座に埋め込まれた、ダイヤの1つついた指輪を持ち上げて言った。どの角度から見てもきらきら輝いている。臨也は店員にこれを包んで、と指輪を箱に戻し、指を差す。

「かしこまりました、ありがとうございます」
「支払い、これで。一括」

臨也はカードを一枚取り出し、店員に渡した。少々お待ちくださいませ、と店員は指輪の入った箱を片付け、それを持って個室を出て行く。静雄はずっと気になっていたことを口に出した。

「臨也」
「何?」
「…あの指輪、その…どのくらい、すんだ?」
「え?ああ、値段?やだなぁシズちゃん、そういうのは聞かないでよ〜」
「いや…だって、…やばいだろ、あんなきらきらしたの…」
「どんくらいだったかなぁ?500くらいじゃない?」

最初に見ただけで覚えてないなぁ、と臨也はさらりと言った。500、と言われて静雄はぴんと来なかった。だが、だんだん恐ろしい考えが浮かんでくる。まさか。

「…まさか…ごひゃくまっ…」
「お待たせいたしました、折原様」

扉が開き、紙袋を持って店員が戻ってくる。臨也はカードを受け取り、紙袋の中身を確認してから受け取って立ち上がる。静雄も慌てて立った。

「ありがとうございました。どうぞ、これからも御贔屓に」
「うん、こちらこそ」

静雄は臨也の後ろをついていきながら店を出る。今日はただのデートじゃなかったのか。臨也は店を出ると、いつものように静雄の歩幅に合わせて歩いてた。そのまま銀座にある高級レストランへ入る。ここでも臨也への店側の対応は違った。「折原様」と代表のシェフが挨拶をしに出てきたほどだった。このレストラン、テレビで見たことある、と静雄は思わずきょろきょろとしてしまった。臨也はくす、と笑った。

「シズちゃん」
「え、あっ…ご、ごめん。その、普段こんな所、…いいのかな、こんなワンピースで」
「全然いいよ」

似合ってるからね、と臨也はそっと静雄の手を取った。通されたのはこれまた個室で、綺麗な夜景が見えた。臨也は席に着き店の人間がいなくなると、そっと先ほどの店の紙袋を開け、コトンと指輪の入った箱を取り出す。それを静雄の方へとやった。

「…はい、シズちゃん」
「臨也…これ、」
「今日は何の日か、知ってるかな?」

静雄ははっとする。今日。今日の日付けが頭の中でぐるぐると回った。そしてある答えにたどり着く。静雄は臨也を見た。臨也は優しい瞳で静雄を見ていた。

「…出会って、10年目」
「そう」
「……」
「10年前の今日、俺とシズちゃんは、あの高校で出会った。…そして付き合って、…君は俺の彼女になって。…そしてまた今日、新しい運命を歩き出す」
「……」
「正確には、歩き出してもらいたい。…結婚しよう。君は今日からは、俺の妻だ」

その臨也の真剣な顔といったら。静雄はいけないと思いながらも、思わず笑ってしまった。ふふ、あははは、と声を押し殺そうと必死ではあったが。臨也は心外だ、というように静雄を睨んだ。

「何がおかしいのさ」
「いや、ごめ、…おかしいんじゃなくって。…臨也、こんなに、かしこまらなくてもよかったのに、と思って、」
「……雰囲気に手伝ってもらわないと、…」
「手伝う?…断られるとでも思ったのか」
「0%じゃないだろ?」
「いいや、それは0%だ。…断るわけないだろ」

静雄はそっと箱を手に取り、包装を丁寧に取り去った。箱を開いて出てきた指輪を、一度臨也に押しやる。

「臨也、ありがとう」
「……嵌めろってことだよね?シズちゃん」

こくんと頷いた静雄の合図を見て、臨也は指輪を静雄の左手薬指へと嵌めた。きらきらと照明に反射するそれを見て、静雄は笑う。その目には涙が浮かんでいた。

「浮気したら家に入れねえからな」
「…うん。しないよ。絶対しない。幸せにするよ」
「……ぜったい、…っ、」
「うん。約束する。…これまでもこれからも、静雄のことを世界一、愛してるよ」



201008

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