タイニータイニー





「今日、わたしお母さん来るんだぁ〜」
「ぼくはお父さんが来るよ!シズくんは?」

午前中の休み時間、教室の中は午後からの授業参観の話題で賑わっていた。今年初めての授業参観に、子どもたちもわくわくそわそわとしている。クラスメイトから話しかけられ、静雄はにっと笑った。

「いっくんが来るんだ!」





授業参観は5時間目の算数の授業だった。授業の時間が近づくにつれ、ぞろぞろと保護者たちが学校へと入ってくる。静雄のクラスの子どもたちもきゃっきゃと窓から外を見て、「あ、わたしのお母さん!」と口にしていたりした。窓側の席だった静雄は、ちらちらと机に肘をつきながら校門の方を眺めていた。

(いっくん…)

静雄の両親は共働きで、なかなか学校の行事に参加することができなかった。そんな静雄の世話を小さい頃からよく見てくれたのが、当時近所に住んでいた折原臨也という男だった。臨也が高校に入学したと同時に、静雄が生まれた。臨也は静雄をよく可愛がり、静雄もよく懐いていた。静雄の両親も、息子を見てくれて助かると臨也に感謝していた。

(…早く来ないかな)

しかし、臨也と静雄の関係はただの面倒見の良いお兄さんと近所の子ども、という訳ではなかった。臨也は心から静雄を愛していたし、静雄も臨也のことが好きだった。家に帰るよりも先に臨也が一人暮らしをしているマンションへ行くことも多かった。臨也はとても格好良くて、優しい。これは父親や母親を好きだという思いとは違ったものだ、と静雄は幼いながらも感じていた。

「はいはいみんな、5分前だよ!席に着きなさい」
「はあーい」

ガラっと扉が開き、担任の教師が入ってくる。子どもたちはばらばらと急いで席に着いた。が、静雄は自分の席から窓の外を見ているままだった。やがて始業のベルが鳴るが、今日両親の代わりに来てくれるはずの臨也は来ない。静雄はだんだん不安になってきた。確かに臨也は昨日の夜、「シズちゃんの授業参観、絶対に行くからね」と言ってくれたのに。

「みんな、今日はお母さんやお父さん、おじいちゃんやおばあちゃんも来てくれてるね。気になると思うけど、授業は一生懸命頑張ろうね」

教師が喋り始めたので、静雄は仕方なく教卓の方を向いた。臨也の仕事、終わらないのかな。忙しいことは知ってるけれど、まさか来てくれないなんてないよな。そんなことを考えていると、隣の女の子が後ろをそっと向き、母親に手を振っていた。気がつくと後ろにはずらっと保護者が並んでいる。いいな…と思っていると、ガラっと教室の後ろの扉が開いた。

「、…遅れました」

そっと入ってきたのは、スーツ姿の若い男だった。扉を開けた音が大きかったので、皆そちらに一瞬目がいった。はあ、と息を乱し教室に入ってきた男の整った顔立ちに、母親たちは「まあ…」と声を漏らす。その姿を見て、静雄は思わずがたっと立ち上がった。

「いっくん!!」
「、」

臨也は静雄を見つけると、ふわりと微笑んで左手をひらひらと振った。静雄はぶんぶんと振り返して、椅子に座りなおすと張り切って前を見た。すると担任の教師がぼおっと臨也の方を見ていた。ちなみにこの教師は新任のまだ若い女性である。

「………」
「…せんせー?」
「あっ…ご、ごめんねっ。それじゃあ、みんな教科書をー」

前の席の子どもに話しかけられ、教師は慌てて臨也から視線を逸らす。静雄はムッとした。教師のことは嫌いではなかったが、なんだか苛々とした。隣の女の子がそうっと話しかけてくる。

「あの人、いっくんっていうの?かっこいいね…静雄くんのお兄ちゃん?」
「違う。いっくんは俺のだから、好きになっちゃだめだからなっ」
「はい、そこ、静雄くん!お喋りせず教科書開いてねっ」

教師に名を呼ばれ、静雄は慌てて教科書を開いた。臨也をちらっと見ると、目が合った。ふっと笑う臨也がとても格好良くて、静雄は名残惜しく思いながらも視線を教卓へと戻した。






「今日、シズちゃん3回も手を挙げてたね。すごいじゃん」

臨也はスーツのネクタイをはずし、シャツだけでキッチンに立っていた。静雄はオープンになったカウンターキッチンから、ダイニングの椅子に膝立ちになってそれを眺めていた。学校が終わって、やはり今日も臨也の家へ直行した。

「まあな。…いっくん、仕事からそのまま来たのか?」
「うん、ちょっと遅れちゃったけど。悪かったね」
「ううん、いい。いっくんが来てくれて嬉しかった!」

静雄はにっこりと微笑んだ。臨也は顔を上げて静雄を見て、同じように微笑んだ。手元にあった包丁で切ったチーズを、臨也は手で摘まんで静雄の口元へとやった。静雄はあーんと口を開ける。臨也は小さな唇にチーズを乗せた。

「ん、」
「…おいしい?」
「うん、」

臨也は静雄の唾液がついた指をぺろりと舐め、また料理へと戻る。静雄はそんな臨也を飽きもせず見つめていた。やがてチーズが乗ったハンバーグが二人分出来上がる。静雄は臨也の丁寧な料理も好きだった。

「わあ!すげえ、ポテトもついてる!」
「ご飯よそうから、シズちゃん、フォーク出して」
「うん!すごいなぁいっくんは、なんでもできるし、かっこいいし。いっくん俺ね、いっくんのその服、好き。みんなもかっこいいっていってたし、俺もかっこいいと思うし!」

臨也は炊飯器に向かおうとして、足を止めた。静雄の方へ寄り、ひょいと静雄を抱き上げる。静雄は「わっ」と声をあげたが、慣れているので、すぐに臨也の肩へと手を置いた。臨也は目を細め、愛しくて堪らないといった眼差しを静雄へ向けた。

「…ありがとうシズちゃん。シズちゃんにそう言ってもらえるなんて、嬉しいなぁ」
「だって、俺はいっくんが好きだもん!先生がいっくんの方見てただろ?…俺、女じゃないし、大人でもないけど、世界で一番いっくんが好きだ!」
「俺も世界一シズちゃんが好きだよ。かわいくてすごく好き」

臨也は静雄をぎゅうっと抱き締めた。かわいくて仕方がなかった。静雄を初めて見た時から好きだった。子どもはどんな女よりもかわいく、どんな女よりも愛らしい。静雄への想いは募るばかりだった。

「いっくんがかわいいっていうと、俺、なんだかへんな感じする」
「そう?」
「うん。俺は、他の奴に言われたらいやだもん。でも、いっくんにいわれるのは、嬉しい」
「何度でも言ってあげるよ。シズちゃん…かわいい。俺のかわいい、かわいいシズちゃん」

これが間違った恋でももう構わなかった。小さな静雄の今を、一緒に過ごせる、想っていられる。そして静雄も自分を好きでいてくれる。臨也は静雄の唇へちゅっとキスをした。

「ん、」
「…ハンバーグが冷めちゃうね。食べようか」
「うん!いっくんのご飯好き、…いっくんもだあいすき」
「俺もだよ」

臨也は静雄を床に下ろす。静雄はいそいそとフォークを二人分持ってきて、一本臨也に渡した。向かい側の椅子に座り、丁寧に手を合わせて、「いただきます」と言う。臨也は幸せそうに静雄の食べる表情を見ていた。かわいいなぁ、かわいいかわいい。こんな幸せな時間がずっと続けばいいのに。臨也はそう思わずにはいられなかった。



イザシズ企画「絶対聖域」様に提出させていただきました。

201008

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