或る恋人同士の七夕





「おっ、そういや七夕かぁ」

上司の呟いた言葉に静雄は顔を上げた。上司の見つめる先には、短冊がたくさんついた笹があった。ああ、七夕。そういえば今日は7月7日か。すっかり忘れていた。

「そっすね。忘れてました、俺」
「俺も今思い出したよ、そっか、七夕かぁ。ガキの頃はな〜よくあれに願い事かいててな〜」
「なんて書いたんすか?」
「ええー、なんだったかなぁ。カメンライダーになりたいとか…」

くくっと上司が笑ったので、静雄もおかしくて笑った。そういえば小さい頃に父親が笹を貰ってきて、幽と一緒に短冊に願い事を書いたこともあった。幽は『くるまにいっぱいのりたい』だとかそういった類いだった気がする。自分は何と書いたのだったか。





「みてみてシズちゃん!今日は何の日だか知ってる〜?」
「臨也、…ってか近えよ!笹近い!」

自宅へ帰ると何故か来ていた臨也が出迎えた。その手には小さいが笹を持っており、短冊が何枚かついていた。静雄は顔についた短冊の一枚をぺらりと手にとった。水色のそれには、細い字で

「『シズちゃんと今日もセックスできますように』」
「あ、いきなりそれ引いた?いや〜さすがシズちゃんだね!ちなみにそっちのピンク色のやつには、『シズちゃんがメイド服で俺のことをご主人様と呼びますように』って書いてあるよ!」

見なければよかった。静雄は短冊をぐしゃっと握りつぶした。途端に臨也から「ああああ!」と声があがったが、知ったことではない。臨也を無視して通り過ぎ、バーテン服の蝶ネクタイをはずし、ベストを脱ぎながらソファにもたれかかる。

「疲れた…」
「お疲れシズちゃん。そんなシズちゃんに、はい」
「…なんだこれ」

臨也は当然のように隣に座り、テーブルの上にペンと長細い緑色の短冊を置いた。静雄はちらりとそれを見る。臨也は機嫌が良いようで、静雄の横でにこにこ笑っている。

「お願い事書いて、この俺特製の笹に吊るそ」
「……」
「七夕って一年に一度しか来ないんだよ。お願いしとかなきゃ損だよシズちゃん」

ね、と言って臨也は立ち上がり、キッチンの方へと消えていった。静雄は煙草に火をつけ、ついでにテレビのスイッチも入れて、短冊を手に取った。願い事か。なんだろう。願い事…

「……んー…」

浮かんでこなかった。ふーっと煙を吐き出して上を向く。宝クジが当たりますように。夏の休暇で山に行って日向ぼっこができますように。甘いものがたくさん食べれますように。…あまりしっくりこない。

「……」

臨也の置いていった笹を見る。残りの短冊もめくってみることにした。黄色の短冊には、『シズちゃんが俺を愛してると100回言ってくれますように』紫色の短冊には、『シズちゃんがおはようのキスとおやすみのキスをしてくれるようになりますように』

「全部俺じゃねえか…」

と言いながらも、静雄は少し笑った。最後に手にとった白い短冊。臨也の細い綺麗な字。『ずっとシズちゃんの恋人でいれますように』

「シズちゃーん、アイスティーはレモン?ミルク?それともストレートで?」
「……」
「シズちゃん?…アイスティーは嫌だった?」
「……、」

カランと氷の鳴る音がして、静雄の前にアイスティーの入ったグラスが置かれる。その隣にレモンのスライスが乗った小皿とミルクも。臨也は置いた後に静雄の顔を見てぎょっとした。唇をきゅっと結んで、顔は真っ赤で、臨也はグラスを置いた後で良かった!と心から思った。前だったのならグラスを落として割っていたかもしれない。臨也はそっと再び隣に座る。

「、シ、シズちゃん?」
「…臨也、…その、」
「何、どうしたの?」
「…その白い短冊、…くれ」

臨也は何事かと白い短冊を見て、ああこれか、となんだか急に恥ずかしくなって目を逸らした。静雄は赤い顔のまま臨也を見つめてくる。

「シズちゃん…これはちょっとその、このままに…」
「欲しい」
「………」
「…じゃあ、代わりに俺の、つけといていいから」
「え、そういう問題なの…?」

静雄はペンのキャップを取り、さらさらと何も書かれていない緑色の短冊にペンを走らせた。数秒後にぱたんとペンを置き、それをぐいっと臨也に差し出す。臨也はそれを受け取った。

「、……っ、シズちゃん、これ、ちょうだい!!」
「は、…ばっか、それは、」
「いいよ、し、白いのは、あげるから。これは、笹に吊るしちゃうのは、勿体無いよ!」
「…、……」

静雄の丁寧な字で、『ずっと臨也の恋人でいれますように』と書かれているそれを、臨也は優しく優しく両手で握り締めた。静雄はその隙に白い短冊を笹からはずし、小さく折り畳んだ。

「…なにこれ、笹関係ないね」
「うるせえ」
「…でも七夕ラブ」
「ふん」

折り畳んだ短冊を、静雄はズボンのポケットから出した財布に入れた。臨也は折り畳むことはせず、棚の上に乗っていた自分の手帳に挟んだ。

「シズちゃん、…愛してるよ」
「なんだいきなり、」
「言いたくなって」
「そうかよ」
「シズちゃんのお願いは、なんだって叶えてあげる」

手帳を開き、中の短冊にちゅっとキスをした。静雄は煙草の火を消して、臨也の用意してくれたアイスティーにレモンとミルクを入れ、飲んだ。既にガムシロップは入れてあって、甘かった。

「どっちもいれちゃうの?」
「るせえ」
「…優しいな、シズちゃん」
「……」

臨也は笑って横にいる静雄の太股にダイブした。静雄は臨也が落ちないように無意識にか膝を合わせた。臨也は静雄の太股に頭を乗せ、静雄を見上げる。静雄の顔はまだ少し赤かった。可愛いな、と手を伸ばすと、その手を取られて口付けられた。静雄の視線は臨也から逸らされることはなく、臨也は心臓が早くなるのを感じた。

「…臨也」
「…なあに?」
「……俺も、叶えてやる。おまえの願い事…」

ちゅ、ちゅ、と手から腕にだんだん下へ唇が落ちてきて、そのうち唇と唇がぶつかる。長い長いキスの後に、静雄は臨也の髪を優しく撫でた。とても気持ちが良かった。

「じゃあ、まあとりあえず…水色の短冊のやつからかな?」
「…調子のんな、ばーか」

でももう少し、このままでもいいかな。臨也は横を向き、静雄の腰にぎゅうっと抱きついた。ありがとう七夕、と心の中で呟いて。



201007

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