君と乗りたいの。





静雄が運転免許を取得した。わあおめでとう、シズちゃん!と祝福すると嬉しそうに笑って、それはそれは可愛くて、うっかり押し倒してしまったのは昨日の話。静雄の財布にはぴかぴかの運転免許が収まっている。それを掲げながら、腰の痛いのも忘れたのか、静雄は朝から臨也臨也と話しかけてきた。

「臨也、ドライブに行くぞ」
「…ええ?…待ってよシズちゃん、せめて昼から…」
「シャワー浴びてくるから、早く起きろよ!」

ご機嫌な静雄は臨也におはようのキスもせず、さっさとバスルームへ消えていってしまった。ご機嫌なのは良いことだ、実に良いことだ。だがこれはあまりにも寂しい。あんなカード一枚にこの俺が劣るというのか。へし折ってやろうかとも思ったが、確実に骨の2、3本自分が折られると思い、止めた。15分ほどした後、静雄がシャツとズボンを穿いて出てくる。臨也はまだベッドに寝そべったままだ。

「…臨也、臨也!ったく、起きやがれ」
「…ねえシズちゃん、思ったんだけどさ、ドライブの車は一体どこに…」
「は?あんじゃねえか」
「だからどこに…」
「駐車場に…」
「………まさか俺のビーエム7シリーズを…」

うん、と頷いた無垢な表情に、臨也は頭を抱えたくなった。ついこの間買い換えたばかりの愛車にっ、若葉マークを貼るなんて!しかもひょいと買える値段のそれではない。しかし静雄は乗る気満々のようで、ベッドに寝る臨也の傍に寄ってきた。ぽたぽたと金色の髪から水が滴る。

「臨也、」
「…嫌だよシズちゃん、いくら俺でもそれは無理。あのね、知ってるでしょ、ビーエムだよ?しかもまだ買ったばっかだし、俺だって大事に乗…」
「…だめ?」

上目づかいに首をちょこ、と傾げて、気がつくと静雄は臨也のすぐ横にいた。反則だろ、と臨也は眩暈がした。思わず眉を寄せて目を瞑る。

「臨也、…なあ、だめ?お願い、」
「……」
「一応ちゃんとストレートで合格したし、ぶつけねぇから」
「……」
「臨也ぁ」

臨也は目を開け、起き上がる。静雄はその腕をくいっと引いた。だからその上目づかいはいけない。臨也ははあ、とため息をついた。さよなら俺のビーエム7シリーズ。





「っしゃあ、行くぞ!!!」

パン!と頬を手で叩いて気合を入れて、なんて男らしいというか、ただの運転だよ、というか。臨也は大人しく助手席に乗り込む。静雄は夏らしいマリンブルーのポロシャツにジーンズ、靴はしっかりスニーカーを履き、サングラスはかけずに胸元へ挿した。臨也は黒い半袖のシャツに黒いズボンで、正直眠たい。

「座席を合わせて、シートベルト、バックミラー…」
「……」

ブラックの高級車には若葉マークが貼られている。臨也は直視しないようにした。静雄は確認を済ませると、エンジンをかけた。ハンドブレーキを引き、レバーをドライブに入れる。のろのろと動き出す車。

「……」
「シズちゃん…頼むよマジで。頼むよ、信じてるからね…」

おう、と呟き、車はゆーっくりと駐車場を出た。車内はとても静かだった。何度か声をかけてはみたが、静雄は一つも返さない。真剣な表情で前をじっと見ている。これではドライブというか、明らかに技能教習の補習だ。

「…シズちゃん、肩、肩に力入ってるよ」
「……」
「シズちゃんてば。…ねえ、緊張しすぎだって」

無理もないかと思うが。制限速度40の道をきっちり40で走っているビーエム7シリーズを、後ろの車がどんどん追い抜いていく。臨也は過ぎ去る景色と静雄の顔を交互に見る。

「…そこ右ね」
「……」
「……」

一応目的場所は隣町のショッピングモールだ。30分ほど走らせれば着く距離で、静雄もよく臨也の運転で行くので道を知っている。が、油断はできないので、臨也は口でも説明した。そうでなければ車線変更のタイミングも見誤るかもしれない。

「…そうそうシズちゃん。右、ウィンカー出してね」
「……」

静雄は汗までかいていた。ハンドルを握った手もきっと汗でびっしょりだろう。車は無事にショッピングモールの駐車場へ入る。問題はここからだと臨也は思った。自動車学校ではそう何回も車庫入れの技能教習をやらない。本当に基本的な左バック右バック縦列だけだ。しかも実際にはポールではなく、人様の車があるのだ。

「シズちゃん…駐車はいける?」
「…おう、」
「無理そうだったら…変わるけど」
「いや、」

やっと喋ったと思ったらこれだけだ。臨也はもう運に任せよう、と神に祈った。静雄は立体駐車場へ車を進ませ、車の少ないと思われる上の階へ上がった。幸いにも平日だったためか車は少ない。静雄は奥の方へ行き、レバーをバックへと動かした。ピー、ピーと音がする。

「ふー……よし!」

深呼吸をして、静雄はシートベルトをはずした。臨也もはずし、窓を全開にして外を見る。ゆっくり車は下がっていく。

「シズちゃん、一回右に回して!回して、…そう、今、今全部回して!」
「わかってる!」

なんとか車は無事に白線の内側に収まる。ふー、と臨也も息を吐きながら窓を元に戻した。静雄も安心した表情でレバーをパーキングに戻し、ハンドブレーキを引いた。

「よかった…俺のビーエム7シリーズは今のところ無傷だ」
「……、…」
「せっかくだし、何か見て帰ろうよ」
「……」

静雄はエンジンを切ろうとしない。口をもごもごと動かしている。これは何か不満がある時の静雄だ、と臨也は起こしかけた上半身を再びシートに預けた。上質なシートは臨也の背を優しく受け止めた。

「シズちゃん、…何?何かあるなら、言ってよ」
「別に…」
「…わかんないじゃん、頭の中なんて読めないよ」

残念ながらね、と臨也はそっと静雄の髪に触れた。こめかみからかきあげるようにすると、やっと静雄がこちらを見た。それでもすぐに目を逸らしたが。

「…シズちゃん」
「……車、車って」
「…ああ。だって大切だもの、愛車だし。なあにシズちゃん、車に嫉妬したの?かわいいね」
「違、っ、誰が」
「でも車は車でしかないからね。…シズちゃんか車かだなんて、そんな質問しないでね」

そっと両方の手を静雄の頬にそえ、こちらを向かせる。そこで臨也は静雄が何を欲しているのかがわかった気がした。引き寄せてキスをする。ちゅ、ちゅっと何度か合わせ、それから深く舌を滑り込ませた。

「ん、…っは、臨也…」
「…運転、とっても上手だったね。シズちゃん」

ぱあっと静雄の顔に光が差す。まったくわかりにくいなぁ、と臨也は笑いながらその身体を抱きしめた。静雄はそっとエンジンを切った。身体がゆっくりと離れる。

「じゃあ初ドライブ記念に、パフェでも食べてこうよ。奢るから」
「、本当か」
「うん。行こ、シズちゃん」

ドアを開け、外へ出る。夏の暑さが襲ってきたが、そこまで不快に感じなかった。二人は店内の入り口へ向かって、並んで歩き出した。






「シズちゃん助手席」
「…なんでだよ」

チッと舌打ちが聞こえた気がしたが、気にせず臨也は静雄より早く運転席に乗り込み、シートベルトをしてしまう。静雄はしぶしぶ助手席に乗った。結構長居してしまい、眩しい夕日が差し込んでくる。

「あのねえ、どっちもシズちゃんに運転してもらっちゃったら、俺格好つかないでしょ」
「別にそんなん…」
「免許とって初めてわかることっていっぱいあるでしょ?俺の運転をどうぞそこで見て学んでよ」
「はあ?」

ぶつぶつ言う静雄に笑いながら、臨也はダッシュボードの物入れからサングラスを取り出してかけた。慣れた手つきで運転前の準備をすると、エンジンをかけ、スムーズに車を駐車場から出した。

「……、」
「このくらいはね」
「…もっと上手くなる。車貸せよな」
「えっ…マジで?」

静雄も胸元のサングラスをはずし、かけた。開いた窓からは涼しい風が入ってきて、二人の髪を揺らした。静雄は目線を窓の外に向けながら呟いた。

「だから、隣、乗れよな」
「……そうだね。心配だもんね」
「……」
「シズちゃんが事故ったら、嫌だからね」

くすくすと臨也は笑う。静雄は頬を少し赤くして、だが何も言わなかった。臨也はわざとぐるっと大回りして帰ることにした。なんだか今、この瞬間が、とても幸せなものに思えて。静雄も同じように思ってくれていたら良いな、と、青信号に変わった信号機を見て、臨也はアクセルを踏んだ。



2010.07


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