ブラックとパフェ



※派生キャラ・六臂臨也と月島静雄のお話です。大学生設定です。



きょろ、と月島は辺りを見回した。…なんだか違う気がする。そう一度考え出すとだんだん不安になってきて、けれども忙しそうに早歩きをして前を通って行く人々に声をかける勇気もなくて、はあと一度だけ息をついた。

(…東口。東口。ここで合ってるはずだ)

ぐっと携帯を握り締める。見上げた駅の看板には、『東口』と記されているし、きっと合っているはずなのだ。月島はマフラーをゆっくり巻き直す。だが、待っても待っても目的の人物は来なかった。こうなると不安は募るばかりだ。

(、ちょっとだけ、捜しに行ってみようか…)

月島はそわそわしながら、一歩踏み出そうと足を上げた。その瞬間、がしりと後ろから腕を掴まれる。はっとして振り返ると、そこには一人の男が立っていた。ぴたりと目が合う。深い深い瞳、薄く開いた唇。不機嫌そうに寄せられた眉。

「あ、」
「…何してた?」
「え…えっと、ここ、東口なんで、待ち合わせ…」

ぎろりと睨まれ、月島はびくりとしながらも看板を指差して答えた。男は月島の吐いたため息よりももっと大きく息を吐き出した。わざとらしいそれ。

「西口だ」
「え、?」
「矢印よく見な。向こう側に伸びてるだろう」

ぼそりと呟かれ、男は看板をちらりと見る。月島も慌てて見直し、「あっ」と思わず声を出した。確かに、東口の横に黒い矢印が『↑』と書かれている。

「す、…すみませ」
「…いつものことだ、慣れた」
「……」
「…気にしちゃいない」

月島がちらりと、ほんの少しだけ男の顔を見れば、少しだけ口元に笑みが浮かんでいるように見えた。いつもクールな男の不意に見せる静かな微笑みが、月島はなんだか気になっていた。ぼうっとしていると、いつの間にか笑顔の欠片もなくなった男が振り向き、ぎろっと睨まれる。

「早く」
「あ、…今行きますっ」

彼のよく着ている赤いファーのついた黒いコートが揺れた。それだけで周りの女の子たちが視線を投げかける。目立つ人だとよく思う。見失わないようにしながら、月島は男の後ろをついていった。







「………」
「…早く決めて」

メニューとにらめっこしていた月島は、不機嫌そうに腕を組む男に気づかず、はっとして慌てた。駅前から少し離れたところにある喫茶店は、人が少ない彼のお気に入りの店だ。月島の向かいに座った男、名前は六臂といった。

「ろ、六臂さんは」
「もう頼んだ」
「えっ」
「…嘘」

あ、またちょっと笑った。月島はメニューの端からそれを覗き見る。彼、六臂と出会ったのは今日待ち合わせをした駅だった。乗り換えができず、涙目になっていた月島にぶっきらぼうながらも声をかけてくれたのが六臂だったのだ。それが4月のことだから、もう出会って一ヶ月以上たった。それから何度かこうして六臂に誘われ、二人で一緒にお茶をしている。

「じゃあ、…プリンパフェ」
「…いつも、それかチョコレートパフェしか頼まないね」
「……、だって、美味しいし」
「別にダメだって訳じゃない。…すみません、」

六臂は片手を上げてウェイトレスを呼ぶと、ブラックとプリンパフェ、とぼそりと告げた。ウェイトレスは元気よく「かしこまりましたっ!」と微笑み、お辞儀をして去っていく。六臂を見つめる視線が熱いものだと月島は以前から気づいていた。

「…あの」
「…何」
「六臂さんは、その、…俺といて、いいんですか」

スマートフォンに指を滑らせていた六臂は、顔を上げて月島を見る。いつ見ても綺麗な顔立ちだ。最初話しかけられた時は、芸能人か何かだと思った。先ほどの駅の女の子たちやウェイトレスのように、振り返る女の子はきっとたくさんいるのだろうなと思う。

「俺じゃあ不満か」
「い、いえ!…た、楽しいですけど!」
「……」
「あ、……いえ、…その、六臂さんはきっと女の子とか、友達とかに不自由してないんじゃないかなって。それなのに、大学も違う、最寄駅も違う俺なんかに…」

月島のアパートのある最寄駅はここだが、六臂は違う。以前どこに住んでいるのかと訊ねたら、ここより二駅ほど先の地名を言っていた。詳しい歳も知らないが、レポートだとか単位とかいう言葉をいつか口にしていたので、大学生だろうと思っている。六臂はあまり自分のことを喋らないのだ。

「……楽しいなんて、初めて言われた」
「、え?」
「いや、……君こそ、よくこんな俺に付き合えるね」
「それは、メールを貰って…待ち合わせをしたからで、」

六臂の瞳が月島を見る。月島は思わず言葉を切った。その瞳が、真剣なものだったからだ。吸い込まれそうな瞳に、月島は視線を逸らそうとしたが、上手くいかなかった。

「メールを貰ったら誰とでも行くの、君は」
「…そ、そういう訳じゃ…」
「…じゃあなんで俺といる」
「…それは、…さっきも言いましたけど、…楽しいから、です」

六臂はよくわからない、というような顔をした。月島も上手く言葉が出てこなくて、第一何故こんなに六臂が真剣な瞳を見せるのかがわからなかった。

「…相変わらず、よくわからない」
「…ろ、六臂さんもだと思うんですけど」
「あ?」
「なんでもないです…」

お待たせしましたぁ、と声が降って来て、にこにこ笑ったウェイトレスが丁寧にブラックコーヒーとプリンパフェをテーブルに置いた。伝票をコトンと裏返して置くと、ごゆっくりどうぞと笑顔のまま下がっていく。

「…きらきらしてる」
「、何がですか?」
「君が」

嬉しそうだ、とプリンパフェと月島を交互に見て六臂は言った。月島はプリンパフェをじっと見て、グラスにうつる自分の顔に首を傾げた。

「…そうですか、ね?」
「ああ」
「…い、いただきます」

月島はそっと一番上に乗っているプリンにスプーンを挿した。六臂はそれをじっと見ていた。ふわりと浮き上がった六臂のコーヒーからの湯気が、六臂の息でゆらりと動く。

「……不思議な奴」
「、…悪かったですね」
「だから、…別にダメだってわけじゃない」

細い指でカップを持ち上げ、六臂はゆっくりとそれを唇に運んだ。今度はそれを月島がじっと見る。口の中にじんわり広がる甘さと、香る六臂の飲むブラック。月島はブラックが、というかコーヒーが苦手だが、六臂の飲むそれは嫌いじゃなかった。

「…気に入ってなきゃ、俺は誰とも…」
「……、」
「…ほら、集中して食べな。落とすよ」

月島はその言葉にはっとして頷き、プリンをまた一口食べた。静かな空間に、クラシックの音楽が微かに流れている。落ち着く曲だ。

「…あの」
「……」
「今度、…俺からも誘います。えっと、俺、あんまりこういう店とか知らないから、駅前のファミレスとかですけど、」
「……」
「いつも六臂さん、誘ってくれるから。お、お勘定も、六臂さんもってくれるし…だから、今度は俺が!」

どんっとテーブルを叩いて言えば、近くのテーブルに座っていた年配の女性がくすくすと笑っているのが見え、月島は慌ててその女性に頭を下げた。六臂は静かにカップをソーサーに置いた。

「俺が勝手にやってるだけ。…気にしないで」
「、で、でも、…」
「…まあ、…気が向いたら、誘いな。…行ってやるから」

わ、また。少しだけ微笑む六臂の表情に、月島は心臓が早くなるのを感じた。今日はなんだか、いつもよりたくさん笑ってくれる。…もっと笑ってくれればいいのに。もっとその笑顔が、見たい。月島はそうっと、そう思って優しく笑った。



201106




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