Wishing you
many more!




(…言えねえよなぁ、)

いや、惜しかっただけだ。厳密に言えば、惜しかっただけ。静雄は臨也の誕生日を一日ずれて記憶してしまっていた。今日、5日が臨也の誕生日だと思っていたのだ。昨日は特に予定もなかったので幽の新作の映画を見に行っていた。

(…まずい。…まずいな…)

静雄は顎に手を当てた。完全に油断し、昨日は一通も臨也にメールすら送らなかった。というか、あいつもあいつで言えばいいのに。いや、それは責任転嫁すぎるか。静雄の家のカレンダーには、しっかり5月4日に赤丸がつけられているのに。カレンダーを捲るのを忘れていて、何故か5日と思い込んでしまっていた。

「とにかく、…」

すぐに臨也の元へ向かわなければ。静雄は慌ててパジャマ代わりのシャツを脱ぐと、着替えて玄関を飛び出した。








「…あっれ、シズちゃん?」

マンションのエントランスまで来たもののどう切り出して会おうか、と立ちすくんでいると、声をかけられてはっと静雄は顔を上げた。そこにはエレベーターから降りてきた臨也がきょとんとした顔で立っていた。ブルーのシャツにジーンズを穿いている。

「あ、…よ、よお、臨也、」
「どうしたの?」
「いや…べ、別に」
「別に、?っはは、そんな理由で新宿まで来たの?」

ゴールデンウィークなのに随分暇なんだねえ、と臨也はふっと笑って言った。静雄の頭に違和感が残る。臨也はいつも通り、何も変わっていなかった。

「…る、るせえな」
「今、ちょっとコンビニに行くところなんだよね。うちで待ってて、すぐ戻…」
「お、俺も行く」

手を振ろうとする臨也の腕をがしりと静雄は掴んだ。臨也は驚いたような顔をしたが、また笑みを見せる。

「珍しい」
「…さっさと行くぞ」
「君が引きとめたんじゃない」

ぐっとそのまま腕を引いてマンションを出る。コンビニまでは5分ほど歩けば着く。臨也は何も言わない。ただ黙って静雄の隣を歩いていた。静雄も何も口に出すことはなかった。なんと言っていいかわからなかったのだ。

(………、)

いきなり謝るのもなんだか変な気がする。やっぱり臨也のマンションで大人しく待っていたほうが色々考えられてよかったかもしれない。コンビニまでの距離がとてつもなく長く感じた。やっと見えてきた看板に、静雄はどこかほっとする。

「あるかなー、」

臨也はぼそりと独り言を呟き、コンビニへ入って行く。静雄もその後に続いた。臨也は迷いなくお菓子の置いてあるコーナーに移動すると、目当てのものを見つけたようだった。

「、なんだ?」
「CMでやってたんだよね、これ。食べてみたくって」

臨也が手にしてみせたのは、オレンジ色のパッケージの箱だった。期間限定、マンゴー味と書かれているチョコレート菓子のようだ。静雄もよく知っている名前のお菓子だった。

「ふうん…」
「美味しそうでしょ、シズちゃんもきっと好…」
「…貸せ」
「え?」

静雄はそう言うと同時に、臨也からその箱を奪い取った。きょとんとしてる臨也をよそに、すぐにレジへ向かう。ことんとそれを置いて、レジ横の煙草が置いてある列を指差した。

「…あと、アメスピのメンソライトで」
「はい、かしこまりましたぁ」

アルバイトであろう女子高校生がにこりと微笑んで返事をする。会計をすませると、臨也に向かって顎でコンビニの扉をさした。外に出ると、袋からチョコレートを取り出して臨也に渡す。

「…ど、どうもありがと。どうしちゃったの、シズちゃんてば」
「ついでだ。…アメスピの」
「そっか、…ありがとう」

臨也は何も言わずに笑って受け取った。静雄は臨也の目を見ることができなかった。自然に手が動いていた。とりあえず何かしてやらなければと思ったのだ。素直にそれが言えるはずもなかったが。

「……珍しいな、青のシャツ…」
「え?ああ、…そうかもね」

静雄が呟くと、臨也は自分のシャツを見て言った。臨也は普段は黒しか着ない。静雄が見たことのないシャツだった。臨也はふっと笑って言う。

「昨日ね、貰ったんだ」
「……」
「ブランドものらしいよ。…せっかく貰ったからね、」

着てるんだと。確かにセンスの良い、肌触りもよさそうだ。いや、それより静雄が気になったのは、臨也が言った「昨日」という単語だった。十中八九、誕生日のプレゼントだろう。

「…、そうか、…。…青も、いいと思う、」
「……シズちゃんが俺のこと褒めるなんて、…今日は珍しいことだらけだ」

臨也は機嫌よさそうに口にした。静雄は黙って臨也の少し後ろを歩いた。なんだか複雑な気分だった。いや、臨也の誕生日を忘れていたのは自分のせいであるわけだが、なんというか、胸のあたりがモヤモヤとする。気になった。そのシャツは、誰に貰ったのだろう。

(…、いや、そんなの…関係、ないけどよ、)

誕生日を誰かに祝ってもらうというのは幸せなことだ。貰ったプレゼントを大切にするのも勿論、…わかってはいる。わかってはいるのだが、一度気になり出すと気になって仕方がなかった。はっと気がつけばマンションの前で、臨也が不思議そうに静雄を見ていた。

「…どうしたの?立ち止まっちゃって」
「あ、…いや、なんでも…」
「寄ってくでしょ、」

臨也はエレベーターのボタンを押した。静雄は断る理由もなく、一緒にそれに乗り込む。しいんとした箱の中で、機械音だけが響いていた。エレベーターから降りると、臨也はポケットから鍵を取り出して扉を開けた。

「どうぞ」
「…お邪魔します、」
「お茶いれるね〜」

相変わらず綺麗な整った部屋だ。静雄はそっとソファに座った。ぼうっとしていると、ことんとテーブルに二つカップが置かれる。臨也は静雄の隣に座り、テレビのリモコンを手に取った。

「もう砂糖、入れといたよ」
「…ああ、さんきゅ…」

静雄はそっとカップを手にとった。じんわりと暖かい紅茶は丁度良い甘さだった。臨也は適当にボタンを押し、チャンネルを変える。ニュースにすると、テーブルに置いてあった新聞を手に取った。

「今日、オフなんだ。…実はさっき起きてね、まだ新聞も読んでなくて」
「…へえ」

臨也は新聞を捲っていく。静雄はソファに体重を預けてニュースを見つめていた。静かな時間が流れた。臨也は全く自分の誕生日のことを静雄に言ってこない。てっきり「どうして連絡くれなかったの」と詰め寄られるかとも思ったのだが、その予想もはずれたままだ。

「……、臨也」
「ん?」
「……た、んじょうび…」

その表情からは何も読み取れない。静雄は意を決して口を開いた。小さな声だったが、静かな部屋ではきっと臨也に届いただろう。

「…ああ、昨日、俺の?うん、そうだったね」
「……、」
「また年とっちゃったよ、…シズちゃんよりちょっとの間年上だね」

はは、と笑う臨也は、静雄の顔をちらりと見ただけで新聞に集中しているようだった。静雄は臨也を見る。ぐっと拳を握り締めた。

「…悪かった。ごめん、その……俺、」
「え?…あー、…気にしないで、もう四捨五入したら30だし、そんな…」
「でも、…俺の誕生日には、…おまえ、来てくれたのに、俺は…わ、忘れてたなんて、っ」
「えっ、忘れてたの?」

静雄ははっとして顔を上げる。臨也がぽかんと口を開けて静雄を見ており、目が合って静雄は焦った。いや違う、忘れていたというか、

「いや、…っで、でも、きょ、今日だと思ってて、…昨日って朝知って、あ、でも、ちゃんとカレンダーには4日って書いてあったんだけどよ、なんでか俺、5日って思ってて、いや多分カレンダー4月から捲るの忘れてて、えっと、」
「、…っ、ふっ」

臨也はがさっと新聞紙を閉じてテーブルに放ると、そのまま噴き出すように笑った。静雄は必死で言葉を探していたが、臨也のその続く笑いに邪魔され、だんだんと頭が回らなくなってきた。思わず口を大きく開けてしまう。

「うっ、うるせえな!!いい加減にしろてめえっ」
「ご、ごめ…、…いや、シズちゃん、必死で。か、かわいくって」
「、…チッ、…人が、こんなに、悩んでんのに、っ」

かわいいと言った臨也の言葉に、静雄は頬が熱くなるような気がして手の甲で口元から頬を覆った。舌打ちもこうなっては意味がない。臨也は一頻り笑うと、すっと腕を上げてキッチンの方を指差した。

「笑えるよ、」
「…何が」
「台所の、シンクのとこ。酒の缶がタワーを作ってる」

おかげで朝から二日酔いだ、と臨也は続けた。静雄は訳が分からなかったが、臨也の笑みが先ほどよりも柔らかくなっていることに気づく。

「昨日はかなり飲んだんだよね」
「……、一人で?」
「悪い?…滑稽だろ、恋人が誕生日に何の連絡もよこさなくて、ヤケになったとか」

静雄はうっと言葉を詰まらせたが、臨也は口元を笑わせたままだった。

「でも、…目覚めて、今こうしてシズちゃんが隣にいて、なんだかもうどうでもよくなるね」
「……、」
「…慌てて出てきたんでしょ、寝癖、ついたままだし。…急いで来てくれて、ありがとね」

ぴんとはねた静雄の耳元の髪の毛にそっと触れて臨也は言った。気づかなかったな、と静雄は思った。そういえば鏡もろくに見ずに来た気がする。

「さっきも、実は二日酔いの薬を買いにいくとこだったんだよね」
「え、」
「チョコレート食べたかったのも嘘じゃあないけど。…でもま、ちょっと得したかな。シズちゃんからプレゼント、貰っちゃったし」

臨也は立ち上がると、キッチンに置いたままだった先ほど静雄が買って渡したチョコレートを持ってくる。静雄は少し首を振った。そうだ、プレゼント。昨日映画の帰りにプレゼントも見てみたのだが、決めることができず何も用意できていなかった。

「いや、…また今度、ちゃんとしたプレゼントを、」
「これでいい。充分だよ」
「けど…っ、…そのシャツ、…誰かの、プレゼントだろ。……こ、恋人の俺が、チョコレートだけってのは、その、」

なんとか口に出して言えば、臨也はああ、と笑って自分の服に触れて言う。その声質には少し笑いが含まれていた。

「クルリとマイルが持ってきたんだ」
「…、え」
「着ないとうるさいから。…ね、かわいー妹たちからのプレゼントなんだ。…心配しないで」
「別に、…」

そういうわけで聞いたんじゃない、と静雄はふいと顔をそらしたが、臨也にくいとこちらを向かされてしまった。至近距離に臨也の顔があって、視線が絡み合う。臨也の赤い瞳に自分がはっきりと映っていた。

「顔、赤いよ」
「ちがう、」
「違わない…」
「…待て、」

近づいてきた唇を手で止める。眉を寄せて「何、」と呟いた臨也に、静雄は手をどけるとすぐにキスをした。数秒の後離れようとすると、ぐいと肩を引き寄せられて更に深く口付けられる。

「んん、…っは、」

漏れる吐息が熱かった。そっと唇を離せば、優しい瞳の臨也がそこにいた。笑ってちゅっと静雄の額にキスを落とす。静雄は口をゆっくり開いた。

「…遅れた、けど…おめでとう。臨也」
「うん、…ありがとう」

自然と絡んだ左手と右手に、静雄はぎゅっと、だが優しく力をこめる。臨也もそっと握り返した。来年は絶対に、3日の夜から一緒にいようと心の中で誓った。



臨也、誕生日おめでとう!^^
201105




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -