あわい、あわい
中編





きらきらと光り輝いていた。いつも臨也の傍にいてくれた。臨也には、彼が必要だった。だが彼は臨也の元から去ってしまった。空っぽな毎日、虚しさが残った。それでも臨也は信じていた。きっと会える。きっとまた、会いに来てくれる。

『静雄、戻ってこれないみたいなのよ…』

引っ越しの日、少しだけ持っていた期待は消え去った。申し訳なさそうに告げる静雄の母親を前に、臨也は首を振った。

『…忙しいんだね、シズちゃん』
『…ごめんなさいね』
『ううん、…今までありがとう、おばさん。シズちゃんに、元気でねって伝えてね』

臨也はにこりと微笑んで、父親の運転する車に乗り込んだ。彼と過ごした街が、どんどん遠くに流れていく。潤んだ目元をごしごしと拭った。臨也は彼を忘れることができなかった。新しい暮らしの中でも、彼を追った。彼のことを思った。







「折原くん、あのね、…その、付き合って…もらえないかな…」

放課後の校舎裏で、臨也は一人の女生徒を前にしていた。ふわりとカールした黒髪に、切りそろえられた前髪。スタイルも申し分ない、可愛い女の子だった。きっと人気もあるだろう。

「…ごめんね」
「……」
「俺、誰の告白も受けないって、決めてるから…」

臨也はその容姿故に女生徒たちから憧れの眼差しを受けていた。告白も珍しいことではなく、しょっちゅう呼び出された。臨也は呼び出しは拒まなかったが、返事はいつもノーだった。

「…やっぱり、好きな子、いるんだ…」
「……」
「こないだ告白した子たちに聞いたの。…返事はいつも、決まってるって…」

彼女はぼろっと涙を溢す。臨也はそれを拭ってやることはできなかった。臨也は小さく頷いた。

「…うん」
「どうして、…どうしてよ、…私、それでも折原くんが、」
「君に、…あの人を望んでも、それは君でもあの人でもない」

俺よりもっといい男がいるよ、と臨也は言い残し、校舎裏を後にした。女の子たちの泣き声は、いつの日か流した臨也の涙とどこか似ていた。臨也は寮への道をゆっくり歩く。高校から15分ほど歩いたところにある寮は、つい最近改築工事が行われ、綺麗な住み心地の良いものだった。

「おう、おかえりっ」

ロビーには数人の男子生徒が集まっていた。大きなテレビの前で、何やらゲームをしているらしい。臨也のルームメイトの男子生徒が臨也に声をかけた。

「…うん」

臨也が返事をする頃には、その男子生徒は既にゲームの世界へ戻っていたが。悪い奴ではないのだが、どっちかと言うと臨也とは正反対の男だった。遊ぶことが大好きで、明るいムードメーカーのような性格。臨也は階段を上り、自室へ向かう。すると、廊下でクラスメイトとばったり会った。

「あれ、臨也。…ああそうか、君、女の子に呼び出されてたんだっけね!」
「新羅…」

にっこりと笑う男は、岸谷新羅。入学式の時に隣の席だったことで仲良くなった。彼はどこかの病院の跡取り息子らしいが、家が遠いらしく寮に入っている。

「どうだった?」
「どうだった、って…別にどうもしないよ」
「えっ、断ったのかい!3組の田中さんだろ?」
「…そうだったかな」

新羅は驚いたように言う。どうやらやはり、なかなかの有名な可愛い子だったらしい。新羅は腕を組んで口を開いた。

「…やっぱり君、噂どおりか」
「…何の噂?」
「君には想い人がいるっていう噂さ。…ねえ、誰にも言わないって約束するよ。どんな人なんだい、」

好奇心が滲み出る笑顔で近寄ってくる新羅に、臨也はため息をついた。すっとその横を通り過ぎ、廊下の奥の自分の部屋へ歩き出す。新羅は後ろをついてきた。

「秘密なのかい」
「言ってどうなる?」
「…それもそうだけど。でも興味あるね、あれほど人気のある君が…一体どんな女性を好きになるのかなあ。余程美人か、それとも…」
「…美人、ってのは、否定しない」

かちゃりと臨也はドアノブを捻る。部屋の中に入るが、臨也は扉を閉めなかった。新羅はそっとその後に続き、中へ入る。臨也はブレザーをハンガーにかけ、二段ベッドの下へ鞄を放った。上はルームメイト、下が臨也なのだ。

「…この学校じゃない?」
「…否定、しないよ」
「へえ!中学からの恋人とか?」
「そうじゃない。…あの人とは、もっと昔から…」

臨也はネクタイをしゅると解き、それもベッドへ放り投げる。新羅は壁に持たれかかって話を聞いていた。

「…それじゃあ、可愛い女の子たちが太刀打ちできないわけだ?」
「…彼女たちは、可愛いとは思うよ。けど…」
「片想いかい」
「…そうだね。…恋、だ」

臨也はこの気持ちに早い段階で気がついていた。彼へ繋がる自分の想いは、単なる幼馴染みへのそれではないということを。彼に伝えられる勇気があるかは、わからない。ただ、先日彼と再会した瞬間、想いが更に湧き出たことは確かだった。

「君の恋、成就するといいね」
「…まあね」
「夕食まで、DVDでも見ない?つい最近レンタルしたやつがあるんだよ、」

新羅の部屋に小さなテレビとDVDプレーヤーがあるのを知っていた。臨也は頷く。着替えたら来てねと新羅は先に部屋を出て行った。臨也はシャツを脱ぎながら、ぼうっと窓の外を見つめる。この街に、彼がいる。それだけで、胸の奥が熱くなるようだった。








次の日、臨也は委員会の集まりで遅くまで学校にいた。寮には新羅が連絡してくれているので問題はないだろう。すっかり辺りも暗くなってしまい、静かな廊下を早足で歩く。すると、下駄箱に一人の女子生徒がいるのに気がついた。

「、あ…」

ぼんやりとした蛍光灯の下で、その女子生徒が昨日告白を受けた生徒と同じ人物であることがわかった。彼女ははっとした表情で、俯く。臨也も気まずいなと思ったが、カタンと下駄箱からローファーを落とし、そっと話しかけた。

「…あの」
「……折原くん…?」
「…家、寮?」
「……」

彼女は少しだけ顔を上げて臨也を見、こくりと頷いた。臨也はぼそりと言う。

「…送るよ。女子寮…うちの寮の帰り道だし、」
「、…でも、」
「危ないから、…」

彼女は迷ったようだが、好きな男子生徒にそう申し出られては、断る理由などない。「うん」と小さく呟くと、臨也と共に外へ出た。グラウンドのライトは消え、もう運動部も活動を終えているようだ。

「…折原くんは、…なんでこんな時間まで…」
「委員会、あったから…」
「そ、そっか。…大変だったね、」

臨也はふと彼女の手元へ目をやる。何かケースのようなものを持っていた。楽器だろうか、吹奏楽部か。臨也と彼女はそのまま学校を出、繁華街へ向かって歩き出す。寮は繁華街と駅を抜けた向こう側にあるのだ。

「…あの、さ…」
「…何?」
「……私、…やっぱり、折原くんのこと、…諦めきれないの」

ぼそりと彼女は言った。臨也は何も言わなかった。彼女は臨也の方を見ず続ける。

「…いいの。折原くんに、好きな人がいたって、」
「……」
「だって、…好きなんだもの、この気持ちは、捨てられないもの…」

時々、本当に時々。臨也は思う。何故、あの人のことを忘れられない自分がいるのだろうと疑問に思うのだ。いっそ忘れて、別の恋をしたほうが楽なんじゃないかと。だが、その度に、彼の笑顔が浮かぶのだ。彼の、自分に差し出された手を思い出すのだ。あの優しい手が、自分だけのものになればいいのに。

「…あれ、臨也…?」

はっとして臨也は前を見る。足がぴたりと止まった。目の前にいたのは、「彼」だった。街灯に反射する金色の髪は、先日見たものと同じだ。そして彼自身の眩しさは、やはりいつ見ても変わらない。臨也は鞄の持ち手をぐっと握り締めた。



201103
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