愛の夢をうたおう






※日々也×デリック(日々→←デリ)のお話です。
※日々也→王子、デリック→使用人





「リッキー!」

ヒヒン、と高い鳴き声がし、白馬が日々也の元へ走ってくる。日々也は地面を蹴り、素早く馬に跨ると、手綱を引いた。後ろで何人かの使用人が叫ぶ声がしたが、日々也は止まらない。今日もこのまま街へ繰り出そうと、城を取り囲む城壁へ差し掛かったその時だった。


パアン!


聞こえた銃声に、馬は驚いて城壁の前で止まってしまう。丁度走り抜けようとしていた道に向けて放たれたもので、地面に弾がめり込み、細く煙が上がっている。日々也は舌打ちした。馬を宥めていると、後ろから声がする。

「お戻りくださーい、日々也様ァ」

低めの男の声。日々也は振り返り、ため息をついた。金髪に白い燕尾服がふわりと靡いている。右手には怪しく銀色に光る銃だ。リボルバー式のバレルが長い銃には見覚えがあった。

「……相変わらず的確な所に撃ち込んでくるね、褒めておこう」
「どーも…あと、馬の名前に俺の愛称を使うのやめてもらえます?」
「君のことはデルと呼んでるじゃないか、それにつけてしまったものはしょうがないだろう?」

日々也は言いながら馬から降りる。するとわらわらと城の中から使用人たちが駆け寄ってきた。馬の手綱もすぐに奪われてしまう。息を切らせて走ってきた白髪の執事が、ぐわっと口を開いた。

「王子ッ……日々也様!!いい加減になさいませあなたという人はッ…」
「うんうん、悪かった。爺、説教は後で聞くことにしよう」
「いーえッ、今!ここで!聞いていただきますぞ!…まったく…デリック、ご苦労でしたな」

金髪の男がいいえ、と首を横に振った。デリックはこの城の使用人の一人だ。高い背丈に目立つ容姿。持っていた銃を燕尾服の内に仕舞う。デリックは銃の腕前にも長けていた。銃だけではない、身体能力も高い。日々也の逃走を阻止するのに、いつも一役買っていた。

「朝飯前です、このくらい。では、俺は草刈りに戻るんで。…日々也様、ご執務、頑張ってくださいませ」

日々也に向かってにっと悪戯っぽい笑みを見せると、デリックは庭園の方向へ歩き出した。執事から説教を受けながら、日々也はずっとデリックが去っていった方向を眺めていた。

「うーん…今度はデル対策も考えなくてはならないな」
「日々也様っ、聞いておられますか!?貴方様は一国の王子なのですぞ、執務を怠るなど…ッいいですかよくお聞きなされ、そもそも…」

ぼーっと聞き流していると、体格のいい使用人がむんずと日々也を担ぎ上げ、有無を言わさず城の中へ戻された。ああ、夕食の時間まできっと部屋に閉じ込められるのだろう。ため息しか出なかった。







デリックと出逢ったのは、寒い冬の街だった。雪がちらつく街の片隅で、彼は歌っていた。食べる物もなく体力の限界がきて倒れながらも、その唇は歌を奏でていた。

『……日々也様?いかがなさいましたか』
『…何か、聞こえる…』

日々也はその歌声を確かに聞いた。執事が止めるのもきかず、馬車から飛び出し、彼を見つけた。か細いその歌がどうやって馬車の中にまで聞こえたのか、未だに謎だ。だがあの美しい歌を日々也は確かに聞いたのだ。

『…気がついた?僕は日々也』
『……俺は…デリック…って…呼ばれてた』

日々也が駆けつけたその時意識を失ったデリックは、そのまま城へ運ばれた。目が覚めた時、デリックはぼそりと自分の名前を言った。はっきり自分のことを憶えているのはそれだけで、日々也は今でもデリックのことはほとんど知らない。

『君の歌が聞こえてね』
『…ああ……』

そういえば歌ってたかも…とデリックはそっと再びその歌を紡ぎだした。優しい歌だった。日々也はすぐに気に入り、その歌を覚える。音楽は元々好きだった。その日から、日々也はデリックを使用人として城に置くことを決めたのだ。

『今日からこの城は、君の家だ』
『……、でも…俺、』
『僕が決めた。勝手で悪いと思っている、けど…僕の我侭に、付き合ってくれるかい』
『…日々也、様』

デリックは初めてふわりと微笑んだ。クールな表情ばかりだった彼の微笑みを見て、日々也はますますデリックに惹かれた。きっとあの歌が聞こえたのは、幻でも偶然でもなかったのだ。あれは運命だった。今でも日々也はそう信じている。







「…デルだ」

日々也は顔を上げた。右手がペンの持ちすぎ、字の書きすぎで痛い。もう何時間、部屋に閉じ込められているだろうか。日々也の脱走作戦は5回も連続で失敗している。それも全てデリックのせいであるが。

「…日々也様」
「優しいピアノだ」

微かに聞こえてくるピアノの音に、日々也は目を閉じる。デリックは歌だけでなく、ピアノやヴァイオリンといった類いも得意だった。城の音楽教師も感心するほどで、音楽教師に代わって、日々也はデリックにレッスンを受けたこともある。

「そうでございますね。…けれども今やることは…」
「爺、これ以上ペンを持っては俺の手が痙攣してしまうよ。…15分だけ、」
「……丁度お茶の時間でございますし。爺はお茶を淹れてまいりましょう、」

執事はそれ以上は何も言わず、日々也の部屋を出て行った。日々也はそんな執事に感謝し、コートを肩からかけて部屋を出ると、ピアノのあるレッスン室に向かった。

「…デリック」
「、…日々也様」

ぴたりとピアノの音が止まる。日々也はそっとピアノの傍に寄った。デリックがぺこ、と頭を少し下げる。

「部屋に聞こえていたんだよ。デルが弾くと、やはり素晴らしい音色だ」
「…勿体無いお言葉で」
「もっと弾いてくれるかい」
「…いーんですか、執務は…」
「15分ならね」

日々也は笑って窓辺に寄りかかる。デリックはそっと鍵盤の上に細い指を置くと、曲の続きを奏で始めた。日々也はゆっくりと口を開き、ピアノに合わせて歌う。デリックはふっと笑った。一曲弾き終わると、日々也はそうっと近づき、デリックの手に自分の手を重ねる。

「、…」
「君の手は多彩だ。銃を撃つと思えば…ピアノを奏でる」
「…日々也様が逃げ出したりしなきゃ、銃なんて握る必要もないんですけどね」
「僕だって遊びに出たい時もあるのだよ」

はは、と日々也は笑う。デリックは日々也から目を逸らした。…重なった手が熱い。

「手…離してください」
「あ、ごめんよ」

日々也はそう言って手を離す。デリックはほっとしたのも束の間、その甲にはすぐ日々也の唇が寄せられた。ちゅっと素早く唇が触れる。デリックは慌てて手を振りほどいた。

「なっ、何してんっ…ですか!」
「敬愛の念を込めて」
「、……女じゃないですよ、俺は」
「勿論、知っているよ。…おや、もう15分たつか。残念だが、また後ほど。デル」

満足そうに笑うと、日々也はデリックに片手を上げ、扉へと歩いていく。デリックはカタン、とイスから立ち上がった。その背中に向かって声をかける。

「…、日々也様」
「ん?」
「……また、俺のピアノで、……いえ、あの」
「…ああ、喜んで。デルのピアノはこの国一番素晴らしい。君のピアノで歌えることは、それは…とても幸せなことだ」

遠くで日々也様〜ッと呼ぶ執事の声が聞こえた。日々也は苦笑すると、「それじゃあ」と部屋を出て行った。デリックは日々也にキスをされた右手を左手でそっと包み、はあ、とそっと息をついた。ピアノに映る自分の顔が赤い気がして仕方がなかった。



201102
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