クリスマスのよるにね、





※イザシズ(♀)+子ども(4歳)のお話です。
※子どもの名前は「陽向(ヒナタ)」ですが、長編『街とサンシャインガール』設定ではありません。
※クリスマスソング「ママがサンタにキッスした」が元ネタです。




クリスマスイブの夜、陽向はそうっと目を開けた。ふああ、と大きな欠伸をしてベッドから起き上がる。寒さにぶるりと奮え、トイレへ行こうとドアを開けた陽向が見たのは、真っ赤な服を着たサンタクロースと…おかあさん。母親の唇とサンタのそれが触れた瞬間、陽向は両手で口を押さえ、慌ててベッドへ戻った。どうしよう、おかあさんと、さんたさんが、ちゅーしてた!








「悪いな新羅、よろしく頼む」

クリスマスの朝、母親である静雄に手を引かれ、陽向はあるマンションの一室にやってくる。両親の友人、岸谷新羅とセルティの家だった。土曜日のクリスマスも両親は仕事がある。保育園の土曜保育に預けようか困っていたところ、二人が快く受け入れたのだ。赤ちゃんの頃から、陽向はここに世話になることが多く、よく新羅にもセルティにも懐いていた。

「いいよいいよ〜、クリスマスから保育園なんて、かわいそうだしさ」
「、本当に悪い。でも、…助かった。2時には臨也が迎えに来るから、」
「そっか、2時ね。わかったよ」
「セルティは?」
「朝ごはん作ってる。ヒナタちゃんが来るの知って、嬉しそうにしていたよ」

静雄は持っていた大きな紙袋をそっと玄関に置いた。中身は何かと新羅が覗き込むと、おもちゃの箱が見えた。女の子が好きそうな、動物たちの人形の家のようだ。

「あ、これ、クリスマスプレゼント?」
「…うん、ヒナの、なの」
「せっかく貰ったのに、まだ開けてないんだよな。…ヒナタ、いい子でいるんだぞ。今日の夜にはお父さんもいるから、ケーキとチキン、食べような」

静雄は膝を折って陽向と同じ目線になり、静雄は語りかける。昨日、イブの日に父親である臨也は家にいなかった。急な仕事で帰ってくることができなかったのだ。陽向はこくりと頷き、静雄を見る。

「、おかあさん」
「ん?」
「…ううん、…なんでもない…」

陽向は首を振る。新羅が首を傾げたのに気づき、静雄は新羅に向かって、「今日起きてから、ずっとこの調子なんだ」と少し心配そうに小声で言った。クリスマスをずっと一緒にいてやれないから、機嫌が悪い。静雄はそう思っていた。

「…じゃあ、新羅、よろしくな。いってきます」
「いってらっしゃーい」
「…いってらっしゃい」

静雄は陽向を見るとにこりと微笑み、家を出て行く。バタン、と玄関の重いドアが閉まると、新羅は紙袋を持ち、陽向とリビングへと入った。朝食の良い香りがした。








『わあ、かわいいな!うさぎのかぞくだ!』

セルティはホワイトボードに大きく文字を書いた。平仮名でわかりやすく書かれたそれを陽向は読み、頷く。朝食を終えた後にリビングで紙袋の中身を広げた。おもちゃの家に、家具類、そしてうさぎの人形たち。

「ヒナ、うさぎがすきだから、うさぎをおねがいしたの」
「そうだったね、昔から…ヒナタちゃんはうさぎが好きだった」
『とってもかわいいな、サンタさんにもらったのか。よかったな』

書かれた文字を見て、陽向は思い出したように顔を伏せる。はあ…と重たく吐かれたため息に、新羅とセルティは顔を見合わせる。

「…どうかしたのかい?」
「……しんら、せるてぃ、…ヒナ、……ヒナね、…」

ぎゅっと拳を握り締め、陽向は声を絞り出すようにする。新羅とセルティは傍に寄り、一言も聞き逃さないように気をつけた。陽向は顔をゆっくり上げ、二人の顔を見る。

「ヒナ…とっても、たいへんな、じょうほーをね、…もってるの」
「…大変な、情報?」

陽向はこくりと頷く。うさぎの人形をことんと置き、はあとまたため息を吐く。

「でも、たいへんなじょうほーは、いっちゃいけないんだ」
「え、」
『どうして?』
「…だって、おとうさんが、…みつけたじょうほーはね、とってもたいせつなものだからね、ひみつにしとくんだよって。 …ああでも、ねえ、どうしようかなあ。だってね、ヒナはね、ヒナはさ?おとうさんとおかあさん、りこんしてほしくないなあ…」
「ぶっ」

さらりと呟かれたその一言に、新羅は飲み込んだコーヒーを吹きそうになる。セルティも驚いたようで、マーカーを持つ手がぴたりと止まっていた。「離婚」、確かにこの4歳児はそう言った。

「ひ、ヒナタちゃん、…どこでそんな言葉をっ…」
「え?りこん?」
『おとうさんと、おかあさんが?まさか、』
「でもこのままじゃ、そうだもん!りこんってこわいんだよ、りこんってね、じんせーのおわりなの。しずちゃんとりこんは、じんせーのおわりなの!」

臨也だな…と新羅とセルティは口には出さずに呟いた。新羅はぽんぽんと優しく陽向の背中を撫でる。

「大丈夫だよ、お父さんとお母さんはね、離婚なんて絶対しないよ」
「そうかな…?……しんら、せるてぃ、ないしょね。ぜったいぜったい、ないしょね」
『ああ、やくそくする』
「……おかあさんとね、…さんたさんが、ちゅーしてたの。まえにてれびでいってた…ほかのひととちゅーしたら、けんかになっちゃうの。けんかはりこん…これってりこんかなあ?りこんかなあ、」

じわ…と陽向の目に涙が溜まる。新羅は慌てて陽向を抱き上げ、膝の上に乗せた。陽向はぎゅうと新羅にしがみ付く。陽向の言うサンタは、十中八九父親である臨也だろう。セルティが脱力しているのがわかった。

「…だ、大丈夫。大丈夫だよ、ヒナタちゃん」
「…ぜったい?ぜったいにだいじょうぶ?」
『だいじょうぶだ!』

まだ4歳の陽向にサンタの正体を今ここでバラすのは気が引けたし、二人はとにかく「大丈夫だ」と言い続けるしかなかった。しばらく背を撫でていると陽向も落ち着いたようで、ぼそりと溢す。

「…しんら、さんたさんは、くりすますしかこないんだよね?」
「そうだねえ、」
「…こまったなあ。ちょっとあそんじゃったけど、…ヒナのこのおもちゃ、かえしたいのに…」
「、どうして?」

「このおもちゃかえしたら…さんたさんも、おかあさんのちゅー、かえしてくれるかなあ」







「ヒっナちゃ〜ん!お父さんが来」
「しっ!」

リビングをがちゃっと開けた瞬間、新羅とセルティは人差し指を口元で立てて臨也を見る。何事かと思ったが、ソファで眠る愛娘を見て納得する。

「おかえり臨也、2時ぴったりだね」
「当たり前だろう。…助かったよ二人とも、ありがとね。ヒナ、連れて帰るよ」

ひょいと眠った陽向を抱きかかえる。高級そうなスーツを着たままだが、構わないようだ。新羅はそっと口を開いた。

「ねえ、臨也、…君、昨日…家に帰ってきてたのかい」
「え?…なんで知ってんの?」

きょとんとした顔で臨也は新羅を見た。新羅はやっぱり、と呟く。

「サンタの格好して?」
「え、うん、…仕事だったけど、ちょっと夜抜け出してね。車走らせてさ…おかげで寝不足なんだ、」
「…そっか」
「シズちゃんは呆れてたけどね。そんなわざわざ、枕元にプレゼント置くためだけに帰ってこなくてもーって」

用意していたプレゼントを静雄に置いてもらえばよかったのだが、臨也はどうしても自分で置きたがったのだ。サンタの衣装を着こんで玄関を開けた瞬間、静雄が深いため息をついたのを憶えている。それでも顔は優しげな表情だったのだ。

「…ヒナタちゃんが、お父さんとお母さん離婚するとか言ってたけど」
「え、…ええ!?」
『おまえの行動のせいだぞ!まったく!』

カタタタっとセルティは高速でPDAへ文字を打ち込む。臨也は何が何だかわからない、といった感じだった。

「そもそも、なんで子どもに『離婚』とかいう言葉を教えるかなあ」
「お、教えてないよ!ていうか俺の行動のせいって何、」
『子どものことを考えて発言しないからこうなるんだ』
「夜、ヒナタちゃん…サンタの君と静雄がキスしてるのを見て、ショックだったみたいだよ。君と静雄が喧嘩するんじゃないか、離婚するんじゃないかって…」

思い当たる節があるようで、臨也は細く「あー…」と呟いた。片手に陽向を抱いたまま、もう片方の手で額を押さえる。

「ヒナ、起きてたんだ…」
「でも君のこと、サンタだと思ってるよ。そういう意味ではバレてない」
『誤解を解いて、安心させてやれよ』
「、言われなくたってそうするよ。離婚なんて冗談じゃないし。…クリスマスなのに、面倒見てくれてありがと。それじゃあ、また」
「気をつけてね」

セルティから紙袋を受け取り、臨也は玄関を出る。暖かな温もりを腕にしっかり抱え、マンションのエレベーターを待った。陽向の手はぎゅうと臨也のスーツを掴んでいて、臨也はそれを見ると、一層強く抱き締めた。






「…おとうさん?」
「おはようヒナちゃん、…もうすぐ家に着くからね」

助手席で陽向ははっと目を覚ます。隣を見れば運転する父親が見えた。赤信号で止まると、臨也は優しく陽向の方を向き、寝癖のついた黒髪を撫でた。

「…昨日はごめんね。今日も、クリスマスなのに…ずっといてあげてなくて」
「…ううん、だいじょうぶ。おしごとはだいじなの、…ヒナ、しってるよ…」

まだ眠たい目を擦りながら言う。その表情はやはりどこか暗く、ちらちらと臨也を見てくるのがわかった。臨也はそれに気づき、優しく言う。

「……ヒナちゃん、俺…お父さんとお母さんは離婚なんてしないから、大丈夫だよ」
「、…しんらから?きいたの?」
「うん。…あー、…あのサンタさんに、……うーんと、お父さんは、お母さんにプレゼントを持っていってくださいって頼んだんだよね」

陽向は顔を上げ、真剣に臨也の話を聞いている。臨也は言葉を選びながら慎重に話した。

「おとうさん、サンタさんとともだちなの?」
「うん、まあ、そうだね…。…お父さんは、クリスマスに家にいれなかったから…サンタさんに、ヒナちゃんのプレゼントと、あとお母さんに…お父さんの代わりに、キスをしてくれるように頼んだんだよ」

車がゆっくりと左折し、住宅街へ入っていく。臨也は我ながら思いっきり無理やりだなと思ったが、あのサンタはお父さんだったんだと言ってしまえば、「ヒナタの夢を壊すな!」と母親の静雄から冷蔵庫を投げられるかもしれないのだ。クリスマスに喧嘩はしたくない。

「…ちゅーのこと?」
「そう、そう。お母さんが寂しくないように、お父さんがお願いしたんだ。だから、離婚じゃないよ」
「……そっ、か。…りこんじゃない、のかあ」

離婚じゃない、という言葉に安心したように陽向は微笑んだ。静雄によく似ているそれに、臨也もつられて笑う。自宅前に着き、臨也はギアをバックに入れる。

「よかったあ」
「…心配した?」
「うん。あのね、ヒナね、おとうさんかおかあさんがどっかいっちゃったら、いやだなっておもったの。おとうさんがおかあさんをすきじゃないといやなの。おかあさんが、おとうさんをすきじゃないとね、いやなのね」

車が車庫に一度で入り、臨也は慣れた手つきで駐車の措置を取る。陽向はカシャンとシートベルトをはずした。臨也も同じようにして、キーを引き抜いて車から降りる。助手席側に回って外からロックを解除し、ふわりと陽向を抱き上げた。

「どこにもいかないよ、ヒナタ。俺も…お父さんもお母さんも、ヒナの傍にいるよ」
「あしたもあしたのそのつぎも、ずっとね?」
「勿論、…さあ家に入ろう、風邪を引いたら困るからね」
「おとうさん、…おろしちゃだめ。だっこしてて、」

ぎゅうと首にしがみつく陽向を臨也は笑って抱き直すと、車のロックをかけて玄関へと向かった。玄関では小さなクリスマスツリーが出迎える。陽向が生まれた年に買ったもので、てっぺんには星でなく、太陽のオーナメントがついている。きらきらと陽射しに反射して輝いていて、娘そのもののようだと臨也は思った。



201101
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