彼らが
死神
だったなら 後編





※「BLE/ACH」パロです。臨也の斬魄刀は「才化(さいけ)」です。




静雄は素早く息を吸った。刀までは手が届かないし、これしか方法がなかった。あまり鬼道は得意ではないが、仕方が無い。

「破道の三十一、赤火砲!!」

ドオン、と虚に向けて炎が放たれた。詠唱破棄では対した効果はないだろう、と静雄はすぐに怪我をした隊員を背負い、走り出した。他の隊員たちは皆逃げたようで、少し安心する。後ろで虚の鳴き声が聞こえた。もう追いかけてきてるのか。

「チッ…」

静雄は少しだけ振り返る。虚が思った以上にスピードが速い。静雄もスピードには多少自信があったのだが、大人一人抱えている上に怪我をした身体ではどうにも力が出し切れない。追いつかれる、と思った瞬間だった。



「愛でろ、才化」



聞き覚えのある声がした。静雄の周りの色が消え、一瞬辺りが真っ白になる。静雄は思わず目を閉じた。次に開けた時には、白は白でも、違っていた。目の前の白は、背中に「五」の字が刻まれた、隊長の着る白装束。

「お…折原、五番隊隊長ッ…!」

静雄が背負っていた隊員が搾り出すような声をあげた。それを着ていた人物がふわりとこちらを振り返る。ふうー…、と細い息を吐いていた。少し額に汗が浮かんでいたのは気のせいではない。

「危なかったねー、大丈夫だった?」
「、臨也っ…」
「ほらほら、怪我人さんたちは早く逃げて…虚はまだ消えちゃいないんだ」

弱ってはいるが、まだ立ち上がろうとしている虚を見て臨也は言った。片手で刀は構えたままだ。

「、でも、」
「でも、とかじゃないの。それに、この虚に俺の隊の隊員が数名喰われてる。隊長として仇をとらないとねえ。そう、シズちゃんたちを助けたのは、ついでだよ」

にこりと笑って臨也は言った。が、眼は少しも笑っていなかった。静雄は悔しかったが、怪我をしている背負った隊員をまず安全な場所に、とそこを一旦離れた。少し離れると、静雄と共に虚の討伐に来た隊員たちを数名見つけた。

「、おまえら!」
「平和島副隊長っ!」

ご無事で、と隊員たちが寄ってくる。静雄はああ、と答え、怪我をしている隊員をそっと地に下ろした。一人の隊員がすぐに手当てにあたる。

「…、なんで隊舎まで逃げなかったんだ、」
「副隊長が戻ってこられませんでしたので、俺たち皆で加勢にいくか、迷ってましてっ…」
「そうか、…心配かけたな。そいつを連れてすぐに戻るんだ、トムさんにも報告を」
「了解しました、…ふ、副隊長は…」

静雄の腕の手当てをしようとした隊員の手を止め、静雄は立ち上がった。隊員たちと一緒に逃げるわけにはいかない。自分はもう一度戻らなければ。…臨也に助けられるままでは、静雄も自分自身が許せない。

「まだ虚は倒れてねぇ。もう一度戻る…」
「、」
「大丈夫だ、…じゃあ、そいつのこと頼んだぜ」

トンっと地を蹴り、静雄はスピードを上げて先ほどの場所まで戻った。じくじくと腕が痛むが、そんなことを言ってはられなかった。ザザザ、と木をかき分けながら進むと、黒髪の人物が見えた。

「臨也!」
「、…シズちゃん」

臨也は刀を持ってはいるが、構えてはいなかった。静雄は辺りをきょろ、と見回す。虚の姿はどこにもなかった。

「虚は…」
「どこかに消えた。…あと少しだったんだけどね、でも近くにはいるはずなんだ。…ていうかなんで戻ってきたの、…腕、怪我してるじゃない」
「あそこで帰れるわけねーだろ!おまえに助けられたままじゃ、……ッ、?」

どくん、と身体の中で何かが動いた気がした。なんだこれは。かたかた、と右手が震えるのがわかる。臨也は不審そうな顔をする。静雄はぐっと左腕で右腕を押さえたが、あまり意味がなかった。かたかた、かたかた、とその手は刀へと向かっている。

「シズちゃ」
「臨也、ッ…逃げろ、ッ!!」

一瞬のことだった。静雄の腰の鞘から抜かれた斬魄刀が臨也へと向かった。臨也は間一髪避けたが、その頬には赤い一筋の傷。つ、と血が垂れる。臨也は驚いたように目を丸くした。

「、っ…い、ざやっ……」

そういえば、一番最初に静雄が駆け寄った怪我をした隊員も怪我をしており、虚に操られていた。まさかこの怪我が、と静雄は眉を寄せる。怪我をした相手を操れる能力を持っているのだとしたら。

「…シズちゃん」
「うっ…、ぐっ、くそっ…」

必死で腕を押し戻そうとするが、静雄の意思とは反対に、刀は臨也へと向けられる。臨也は真剣な顔をしたまま自分の斬魄刀を抜いた。

「どうやらなかなかに頭の良い虚みたいだね。…シズちゃん、ちょっと痛いだろうけど、我慢して。…縛道の六十三、鎖条さっ…」
「臨也!!」

臨也の後ろに黒い影が見えたのに気づき、静雄は叫んだ。声だけは自分の意思で出すことができて良かった。臨也は素早く反応し、虚の攻撃を避けた。ミシ…、と木の上へ飛び移る。

「…さあて、困ったもんだ」
「……」
「けど…これ以上長引かせちゃ、俺の仕事に影響が出る。今日までの書類がまだ少しも終わってないからね」

カチャリ、と臨也の斬魄刀が音をたてる。臨也は片手で刀をすっと虚の方へ向けた。静雄はごく、と唾を飲み込んだ。時間が止まっているような感覚だった。臨也は静かに言葉を紡ぎだす。

「…卍解」
「、」
「さあ、愛で尽くして魅せて。夢境才化」







「お客さんよ」
「ん、通してー」

臨也は書類から顔をあげないまま返事をした。かたんと音がして、人が入ってくる気配がした。副隊長の波江は客人と入れ替わりで部屋から出て行ったようだ。

「…折原、隊長殿」
「…やあシズちゃん。怪我の具合はどうかな?」

そこでやっと臨也はペンを置き、静雄を見た。静雄は背筋を伸ばして立ち、どこか俯きがちだ。腕には痛々しく包帯が巻かれていた。静雄はぼそりと答える。

「、大丈夫です…ご心配をおかけしました」
「そっか」
「…あの、折原隊長。この度は、我が隊が未熟であったために、隊長殿のお手を煩わせっ…」
「あーいい、いい、そういうのは」

臨也は聞かないとでもいうように手をひらひらと振ってみせた。静雄は眉を寄せている。数日前の任務、ターゲットの虚は無事に葬り去った。この、目の前の、隊長殿が。だが静雄はよく憶えていなかった。臨也の卍解を見た後からいまいち記憶が曖昧なのだ。はっと気がつけば、隊舎の中の救護室、ベッドに横たわっていたのだった。

「…では、お礼だけでも。ありがとうございました」
「俺が勝手に動いただけだから、礼を言う必要もないよ」

操られていた身体は虚が消えると元に戻った。怪我をしていた静雄が助けたあの隊員も無事だったようで、静雄は安心した。そして今、八番隊の副隊長として、ここに来ている。隊を助けてもらったのだ、礼を言うのは当たり前だった。

「ですが」
「…でも副隊長としてはなかなかじゃない。ちゃんとお礼も言えるなんて、成長したねえシズちゃん」
「、」
「けれど俺が聞きたいのは、八番隊副隊長からではなく、平和島静雄から…なんだけどな?」

臨也はカタンと席を立ち、静雄の傍へ寄った。静雄はそっと臨也と目を合わせた。臨也は静雄を見てふっと笑った。静雄は一旦臨也から視線をずらして、小さく小さく呟いた。

「…あ、…ありがとう、臨也…」
「どういたしまして」

満足そうに笑う臨也はぐい、と静雄の腕を引き寄せた。そして静雄の耳元に向かって何か囁く。静雄ははっと目を見開き、その顔はみるみる赤く染まっていった。臨也は静雄の傍を通り過ぎ、「すぐにお茶をもってくるよ」と部屋を出て行った。

(…か、仇のついでだ、って言ってたくせに、)



『無事でよかった』…五番隊隊長としてではなく、折原臨也としての言葉だった。




201010


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