君だけの
運命になる





「臨也…あの、君はもう知ってるのかい?」
「…何を?」

出された紅茶はダージリンで、臨也はふうと息を吹きかけてそれを飲んだ。久々に会った新羅は臨也の顔を見るとなんだか複雑そうな顔をしていた。何か邪魔をしたかと思ったがそうでもないらしく、新羅は家の中へ臨也を招き入れてくれた。

「ああ、でも、情報屋だもんね。知ってるか…」
「だから何をさ」
「僕はてっきり…ああもう、本当、びっくりだよ!!」
「気になるだろ、言ってよ」

新羅は自分の分の紅茶をコトンとテーブルに置いた。臨也はちらりと新羅を見る。決意したように新羅は口を開いた。

「静雄っ…結婚するらしいんだ!!」
「、あっつ!!」

持っていた手が思わず動いてしまい、紅茶がびしゃりとジーンズにかかった。新羅はああ大変だ、急いでタオルを持ってこなきゃと立ち上がる。キッチンへ走り、濡らしたハンドタオルを持って戻ってきた。臨也はそれを受け取り、紅茶のかかったジーンズへ当てる。熱さがだんだん和らいだ。

「セルティから聞いたんだけどね。…でも僕は、てっきり静雄は、君と…」
「……」
「ご、ごめん。でも、君たち、なんだかんだ恋人同士っぽかったし、うまくいってると思ってたよ…」

ゆらゆらと紅茶の水面が揺らいでいる。新羅は臨也を見ずに、ぐいと紅茶を喉へ流し込んだ。臨也はぼそりと呟く。

「…相手のことは何も聞いてないの?」
「え?ああ、うん…どんな人なんだろうね。静雄は年上が好みみたいだったから…仕事関係かな?」
「……」
「静雄より背高いのかな?結婚式はいつだろう…静雄、僕とセルティを式に呼んでくれないかなあ」
「呼ぶから安心しなよ」

…ん?と新羅は一瞬ぴたりと止まった。臨也は時計をちらりと見て、もうこんな時間か、と立ち上がった。ソファの背にかけていたコートをばさっと取る。

「年上でも背が高くでもなくて悪かったね」
「…んん?」
「………俺だよ。三日前プロポーズした。…役所に用事があるから、この辺で失礼するよ。ご馳走様」

ぱたぱたとスリッパの音がして、新羅ははっと我に返り、臨也を追った。玄関で靴を履く臨也を見つめる。なんだかどこか、すごく安堵している自分がいることに気がついた。臨也は靴を履き終えると、ドアノブに手をかけた。

「…臨也」
「……」
「…おめでとう!」

何か気のきいたことをと思ったが、新羅はそれだけしか口にすることができなかった。臨也は新羅を見て、何度か頷くと、ドアを開けて出て行った。その顔はとてつもなく優しいもので、新羅は初めて臨也のそんな顔を見た気がした。





「君さえよければ」

三日前の夕飯は静雄の作ったクリームシチューだった。臨也はそれを食べながら、「奥さんにしたいくらいに美味しい」と言った。静雄は冗談だと思い、「本当に?」と笑って返した。臨也も笑ってくれるかと思えば、スプーンをかちゃりと置き、静雄を真剣な顔で見つめたのだった。

「どうかな、…その、……奥さんに、」

静雄は目を見開いた。二人が出会ってもうすぐ10年。ダイニングはとても静かだった。臨也は俯きがちに、手を太股の上に置いて握り締めているようで、静雄はこれは冗談じゃない、臨也は本気で、と気づき、自分もスプーンを置いた。

「…………」
「…………」
「…あ、…えっと、……」
「……シズちゃんと、これからも、ずっと一緒に、…いたくて。…きっと幸せにする」
「…、」
「喧嘩とかこれからもすると思うし、色々あると思うけど、…それでも、君を幸せにできるのは、世界中で俺だけだって思ってる」

臨也は静雄の顔を見れなかった。用意周到にプロポーズをしたわけではなかったのだ。ぽろりと出た一言に、もう任せてしまおうと思った。夜景の綺麗なレストランでいつか、と思っていたのが本音だが…言ってしまったものは仕方がない。するとすっと静雄の白い手が差し出された。臨也は顔を上げる。

「……い、いい奥さんとかになれるかは、わかんねえ。普通の人間より力もあるし、口調もこんなんだしっ、で、できることといえば、こうして、おまえに飯作るくらいで、」
「、」
「…でも、……い、臨也のことを、…その、…好きだし、」
「……」
「誰より、好きだしっ…だから、私なんかでいいなら、っわ」

臨也がぐっと両手で静雄の手を握り締めた。とても強い力だった。それを唇へ寄せる。ちゅ、と音をたてて指にキスをされた。

「…愛してるよ。これまでもこれからも…ずーっとね、」
「……臨也」
「…嬉しいな。…嬉しい、ありがとうシズちゃん」
「…こちら、こそ」

世界中に何億人女性がいるのだろう。星の数ほど、という中で、臨也はたった一人、静雄を選んだ。何故かと聞かれれば、笑って運命だからだと答える。だがその眼の奥はいつも真剣で、静雄は臨也のその瞳が好きだった。瞳だけじゃない、臨也の秘めた優しさも、たまに見せる真面目な顔も、笑い声も。臨也を心から愛していた。






「ただいまー」
「、おかえり」

ひょこりとエプロンをした静雄がダイニングから顔を出す。ふわりといい匂いがした。臨也はコートを脱ぎながら廊下を歩く。

「今日何?」
「魚の照り焼き」
「美味しそうだね、いい匂いもするし。…あ、そだこれ、貰ってきたよ。婚姻届」

臨也はぴら、と一枚の紙を差し出した。静雄の顔が少し赤くなる。臨也は微笑んで、チェストの引き出しからボールペンと自分の印鑑を出す。

「今書くのか?」
「うん。…そういえばシズちゃん、セルティに結婚すること言ったんだね?」
「え、」

なんで知って、という顔をしてみせる静雄に、臨也はまた笑う。ダイニングのテーブルに出してきたものを置き、椅子に座る。静雄もその隣に座った。

「新羅がさ、静雄が結婚するんだよーって騒いでて」
「あ、…べ、別に、いいだろ言ったって」
「俺が相手だとは言わなかったの?新羅さ、俺じゃなくて別の奴が相手だと思ってたみたいでさあ」
「セルティと会った時、向こうが急いでたから…結婚するんだ、とだけしか」

なるほどねー、と呟きながら臨也は婚姻届にペンを走らせる。綺麗な細い字だ。静雄はテーブルに肘をついてそれを見つめていた。

「式に呼んでほしいってよ」
「、そ、そっか」
「色々決めなきゃね。シズちゃんの気に入った式場でいいから、また雑誌とか見てもいいし。足運んでもいいし」
「そんなに盛大にしなくてもいいけど…」

臨也は丁寧に書き進めていく。最後に印鑑を押し、婚姻届を今度は静雄の方へやった。静雄はキッチンを気にするような素振りを見せたが、まだ魚は大丈夫だろうとボールペンを持った。

「今週の日曜、指輪買いに行こうね」
「…ん」
「ドレスも見に行きたいね」
「……」
「シズちゃん」

静雄は顔を上げる。とすぐそこに臨也の顔があった。あ、と声を出す間もなく、唇を唇で塞がれる。静雄はカタンとペンを置き、臨也の首に手を回した。臨也も静雄を抱き締める。

「…、」
「ん、…は、…臨也」
「…夢みたい。シズちゃんが、俺の奥さんに、本当に、」

なんて幸せそうな笑顔なんだろう。静雄は臨也のその笑顔を守りたいと思った。もう一度そっとキスをする。君の、君だけの、運命でありたい。こんな幸福がずっとずっと、続きますように。



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201010

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