hp長編「牙の預言者」三番目 | ナノ


▼ ☆11-1


牙の預言者
11.暴かれた罪 1


 学期末の最後の週、生徒達はホグズミードで休暇を過ごすことを許された。ハーマイオニーは両親へのクリスマス・プレゼントを吟味できると喜んでいた。ロンもじきにやってくるクリスマス休暇をホグワーツで楽しく過ごすため、「お菓子を買いこむんだ」と、意気込んでいた。恐らく、ホグズミードに行ける生徒はもれなく出かけていくのだろう。冬の休暇前で浮かれ切った皆々の姿を見るに――三年生以上の生徒のうちじゃ、自分とハリーだけが城に残されることになるぞ――と、アルノーは予感していた。
 しかしながら、そのホグズミード休暇の日は、ハリーにはやるべきことがあった。何をしながら過ごそうかと考えている暇は、彼にはない。ウッドから『かしこい箒の選び方』を借りてからというもの、ハリーは自分の新しい相棒(箒)を探すことに執心していた。いくつもの付箋の貼られたページをウンウン唸りながら行ったり来たりしていた。ウッドの手あかのついた本を熟読しながら、「もう少し絞れればカタログを取り寄せられるんだけど」と、ハリーは数多の箒の中から気になるものを絞り出すのに、盛大に悩んでいる。けれど、今度の休暇には候補が幾らか決定されるかもしれないと、アルノーは何となくではあるものの予感していた。

 そして、とうとう明日がホグズミード休暇と迫ったその前日の夕食。皆が満腹になって大広間を後にしようとしている中で、アルノーたち四人はスネイプに呼び留められた。四人は何事かと思って、ぎょっとした。ハリーとロンは天敵たるスネイプ教授の登場に、途端にむっとした真顔を浮かべて立ち止まっていた。

「ヘイデン、用がある。速やかに来るのだ」

 ご指名をうけて、アルノーはどぎまぎしながらスネイプの後ろをついていく。どこにいくのかと思ったが、地下牢にある魔法薬学の教室の隣にある一室、スネイプ個人の研究室に連行されて入らされた。この十二月の寒さもあって、スネイプに地下へ連れ込まれたアルノーは肝まで冷やされる思いだった。
 スネイプのことは決して嫌いにはなれないにしても、ある意味ではマクゴナガルより融通がきかない性格で、真面目が過ぎるせいで生徒達から怖がられる先生(というのは失礼かもしれないが)に呼びだされては、まるで死刑宣告を受けた受刑者のような気持ちになってしまう。スリザリンの生徒だって、スネイプには畏れに似た思いを抱いているとアルノーは思っていた。
 そうして、魂までもが萎びてしまいそうになっていると、スネイプは彼の個人机――黒檀の立派な机から、ひとつの本を取り出した。

「我輩が学生の時に、よき友とした一冊である」

 受け取れ、とは明確には言わなかったが、目の前にずいっと無遠慮に差し出されては、アルノーは受け取らざるをえない。アルノーはその本のタイトルを、おずおずと読みあげた。

「『魔法薬学の神髄――命の杯と死の天秤』」
「……過ぐる日に話した本、クリスマスの日に与えた書物の続巻は、この学校でも既に禁書の棚に並べられていた。我輩はその本を所有しているが、生徒を導くべき一人の教諭として、禁書を生徒に与えることは叶わん。……だが、ヘイデンが今手にしているそれに記された魔法薬の数々は、かの続巻の手掛かりとなり、よい知識となるだろう。我輩がそう踏んだ一冊だ。持って行くがいい」

 本には、手あかがしっかりとついている。恐らく、彼が『学生時代によき友とした』と言う通り、長く大事に使っていた一冊なのだろう。立派な装丁のこの本は、図書館でも見かけたことはない。きっと、大事にしていた以上に貴重なのかもしれない。アルノーはそのことを指摘する――。

「スネイプ先生、ええと……この本は、大事なものなのでは?」
「貴重で希少な書物であることに相違ない。しかし、我輩にはもう必要ない。この頭と身体に、その本の示す『魔法薬学の神髄』がすべて刻まれている。猶(なお)、必要なものは、必要とされる場所にあってこそ、その価値を成し、真価を発揮する。故に、我輩はお前にこの本を与えると決めたのだ」

 スネイプはよどみなく、アルノーに対してそう告げた。アルノーは恐らく、自分の胸に浮かんでいる『受け取って良いのかどうか迷い』の心が、既に顔に出ているのだろうと思った。しかし、それ以上に、今のアルノーの顔に浮かんでいるのは、興奮と歓喜と感謝の気持ちだ。ありがたく思う心が滲み出るように、全身の隅々まで熱が上がっていくのが分かっていた。苦々しい表情ではなく、緩んでいる顔をしていると、アルノーは自分自身のことをよく理解していた。
 アルノーはやっと声を絞り出した――「ありがとうございます」と、極まっている感謝の言葉を告げた。

「用件はそれだけだ」
「……あの、お礼は……」

 アルノーが、はっと気付いて、やっとそのことを口にする。本をしげしげ眺める前に、スネイプ教授に対して謝礼をしなければならない。アルノーは礼を欠いてはいけないと思って言うが、スネイプは「要らん」と、少し不機嫌そうに言った。

「むしろ、棚が空いてせいせいする」
「でも、貴重な本なのでしょう? 先生が学生時代に大事にしていたなら、なおのことです。……薬の調合とか、何か、手伝うことはありませんか? 助手でも雑務でもなんでもいいんです。出来ることは、なんでもします!」

 ただでは食い下がらない。アルノーはスネイプの大事にしていた本を貰って、ただサヨウナラするなんて、そんなことは出来なかった。棚にスペースが空くからせいせいする――と言って厄介払いをしようという魂胆だと主張されても、逆を言えば、学生時代から棚を占拠するくらい大事で貴重で素晴らしい本なのだろう。だから、アルノーがじっと、「対価」を差し出すことを望んでいると、折れたのはスネイプだったようだ。

「……薬の材料、その数の点検と補充の書類を作成せねばならん」

 スネイプは、静かにアルノーに言う。

「この冬の休暇の前に、我輩は生徒用の薬品材料棚の中身を調べ上げ、補充すべき物のリストを作らねばならん。クリスマスの浮かれた休暇の間、魔法薬学に関する店の中には閉店とする箇所もある。故に、数日内には注文票をしたため、そして発注をかけなければならない。しかし、我輩も手は空かない。なにせ、クリスマス休暇があったとしても、件の満月は逃げないのだ――」
「それなら、僕が調べます。明日なら、ホグズミード休暇ですし……その、ご存知とは思いますが……僕は、行けないので……」
「母上の御心配に関しては、既に存じている」

 スネイプは、アルノーの母ベガがホグズミード行きの許可を出さなかったという話を、すでに知っていた。アルノーは、「なので、来れます」と言う。スネイプは渋々、「ならば任せよう」と、応じた。
 アルノーは、スネイプの役に立てると思ったら、とても嬉しかった。素敵な本を貰った以上に、不思議と、この人の手伝いが出来るんだと思う喜びに満ちていた。スネイプのことを憎めない以上に、アルノーは親密さを胸に秘めていた。スネイプも、アルノーのことはきっと嫌いではないのだと思っている。なにせ、休暇に顔を合わせることを許してくれたのだから。

「昼前には来るがいい。調べるべき棚は、多い」
「わかりました」

 アルノーは、嬉しさを顔に浮かべながら、その日は退散するのだった。


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2016/12/06
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