hp長編「牙の預言者」三番目 | ナノ


▼ ☆1-2


牙の預言者
1.真夏の凶報 2


「母さん、リーマスが来たよ」
「失礼します」

 アルノーがうきうきと浮かぶような声を放って、来訪したリーマス・ルーピンを居間に通すと、ベガは顔を真っ青にして立っていた。テレビを前に、口を手で隠すように覆いながら直立していた。慌てて振り向いたベガは、小さく――ルーピンさん――と呟いた。
 すっかり顔色が真っ青になっている彼女の様子がおかしかったので、アルノーは何があったのだろうと疑問に思う。思いながら、彼女の異変の出所を探す。すると、テレビからニュースが流れていることに気付く。
 テレビの中で、アナウンサーは語る。

「繰り返しお伝えします――今日未明に囚人が脱走しました――名前はシリウス・ブラック――十年以上前に起こった爆破テロの犯人で――警察の情報では、拳銃を持って逃走していると――」

 テレビのニュースでは、アナウンサーが冷静に、脱獄した殺人犯の逃亡を告げている。顔写真が映し出されると、途端にベガは眩暈を起こしそうになって、倒れ掛かってしまう。慌ててリーマスが駆け寄りベガを支えた。アルノーもベガの側に寄って、眩暈を引き起こしている彼女に声をかけた。

「母さん、大丈夫?」
「だ、大丈夫――」

 ベガの視線は、それでもニュースの報道に釘付けだった。アルノーは、心を苦しめている様子の彼女に問いかける。

「脱獄犯……シリウス・ブラック?」

 それがどうしたんだ――そう言わんばかりに、アルノーは声を放つ。すると、リーマスはゆっくりとソファーの方へベガを誘導しながら、低い声音で言う。

「そのことを伝えに来たんだ」
「どうして?」

 アルノーはリーマスを見た。軽く首をかしげながら、彼に問いかける。

「そいつはマグルの犯罪者だろう? 拳銃を持って逃げてるって言ってる……けど、それがどうして魔法界と関係があるのさ」
「あるのよ、大有りなの。ブラックは……」

 ブラックは――と言いかけて、ベガは言葉を噤んだ。アルノーはハッとして胸を押さえる。そう、アルノーの首には一つの小さなネックレスが下げられていた。アミュレット――お守りのネックレスだと言われて、ベガがポラリスに託されたものを、ポラリスの息子であるアルノーが受け取っていた。
 アルノーが通う学校で、二年生の終わりの時に遭遇した事件のさ中に知ったのだが、そのアミュレットは――『ブラック家』の宝物のひとつだという。
 アルノーは気付いたのだ――そのアミュレットが『ブラック家』ゆかりの物で、たった今ニュースで告げられた脱獄犯の家名も『ブラック』だということを。

「すまないが、アルノー、私たちは話がある」

 リーマスは、アルノーを遠ざけようとしている。その言葉が如実に示しているのは、アルノーは今は出る幕ではないということ。アルノーはほとんど直感で、きっとその『ブラック』は自分にとって『大事な何か』なのだろうと察した。

「……僕には関係ないって? ああ、知ってるよ」

 アルノーは噛み付くように言う。

「知ってるよ……そうだ、ブラック家は、僕に関係あるんだろう?」

 そう告げれば、アルノーを見るリーマスとベガの眼が大きく開かれ、驚きに瞳は揺らいでいた。

「ポラリスの持っていた、あのアミュレットのネックレスだ。あれはブラック家の宝物だったんだ。ついこの間、夏休みの前に、知ったよ」

 話を聞かせてくれたのはトム・リドル――未来にヴォルデモートとなりし者の記憶が留められた『日記』の中の存在だった――とまでは明かさなかった。けれど、アルノーが、『ブラック』という家が自分に関係があるのだと知っていると明かせば、ベガはハーッと大きな長いため息を吐いた。

「……先ずは母さんたちで話し合いをします」

 すっかり草臥れた、憔悴した姿で、ベガが言う。彼女がどれだけ心を痛めているのかは見て明らかだったが、アルノーは――あっそう――と冷たく短く吐き捨てると、ずんずんと部屋を出て行って、ずんずんと階段を上がって、思いっきり「バーン!」と自分の部屋の扉を閉めた。
 部屋の中、机の上には「Black&Black」の写真が置かれている。アルノーが思いっきり扉を閉めたことでその二人が驚いていたが、そんな彼らに構うことなく、アルノーはベッドの上に飛び乗るように寝転んだ。

 アルノーはアミュレットを首から引き抜く。そして見つめるそのネックレスは、昨年度末に「スリザリンの蛇」であったバジリスクとの戦いのさ中に、ハリーが粉々にしてしまったものだった。
 バジリスクの視線でハリーが命を奪われそうになった時、強力な守護の呪文がかけられていたそのアミュレットが、バジリスクの呪詛を跳ね返した。バジリスクの放つ瞳の呪詛は、古代の生物の中でも最も強い力を持っている。きっとその強力な呪いに、アミュレットは耐え切れなかったのだろう。
 その後、学友のハーマイオニーの手によって――修復呪文で元の形に戻されていたが、どうやらアミュレットが持っていた守護の魔力は失われてしまったらしい。
 白金の台座に平たい黒い石をはめ込んだだけの、単なるネックレスに成り下がった。守りの力は、もうない。とはいえ、このアミュレットのお陰でアルノーの命が、ハリーとジニーの命が、救われた。だから、アルノーはそれでいいと思った。
 しかし、アルノーには気になることがあった。未来にヴォルデモート卿として闇の世界に君臨する彼が、トム・リドルが、このペンダントに並々ならぬ興味を示していた。日記の中の記憶に過ぎないトム・リドルだが、彼はこれを――ブラック家の至宝だ――と、確かに言っていた。
 アルノーの産みの母、ポラリスは、ブラック家と何の関係があったのだろう。それを思って、アルノーは思い出す。先程の写真の裏に、文字が書かれていたことを。

 ベッドの中に沈んでいた体を起こして、アルノーは立ち上がって、自分のデスクの上に置かれていた写真を持った。写真の中にいた二人は、どこかに出かけてしまったらしく、空っぽだったが――それは、魔法のかけられた写真、人物が動き回る写真ではよくあることだったから、さして気にならないのだが。
 写真の裏には、相変わらずの走り書きが記されていた。

「Black&Black」

 アルノーは再び、その文字を口にする。ポラリスは、もしかしたら……ブラック家の一員だったんじゃないだろうか。そう思った瞬間だった。アルノーの部屋の外で、階段を上がってくる足音に気付いた。かすかに香るのは、リーマスがいつも飲んでいるであろう「脱狼薬」の苦い臭いだ。
 恐らく、その足音はリーマスのものだ――そう思ったアルノーの予想は、当たった。ノックする音と共に、リーマスの穏やかな「入ってもいいかい?」という優しい声がした。


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2015/03/13
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