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牙の預言者
2.守護同盟 4
アルノーが自分の部屋まで荷物を運んでいる途中で、ロンの父母にも合流した。
「アルノー。久しぶりだね」
ウィーズリー氏は微笑みながら言う。けれど、その微笑みは前回会ったときよりは静かなように思えた。ウィーズリー夫人はどこか浮かない顔でアルノーを見ていた。
二人はアルノーを歓迎していない訳ではないのだろうが、それでも、アルノーの胸には――ロンのお父さんとお母さんは、もしかすると僕の親の家がブラックの家系だってことを知っているのかもしれない――という不安が生まれてしまう。ロンの父親は魔法省で役人をしているのだから、アルノーのことを知らされていてもなんら不思議ではないのだ。
「アルノー、いい休暇を過ごせたかしら?」
窺うようにウィーズリー夫人が問いかけてくる。
「母が仕事で忙しくしていたので、家で本を読んだり、勉強したりしてました」
苦笑しながら言えば、ハーマイオニーとロンは不思議そうな顔をする。ロンはトランクの半分を抱えながら、アルノーに問いかける。
「アルノーは、今年は君のママと二人で湖水地方に行くって言ってたじゃないか。中止になったんだ?」
「不本意ながらね。仕事の都合じゃ、仕方ないよ」
ふうん、というロンの声が聞こえた。そうして到着した十四号室で、アルノーはロンと一緒に前後を抱えていたトランクを下ろす。部屋はほどほどに広く、内装はちょっと古臭い感じはしたが、落ち着きがあって過ごしやすそうに見えた。
ロンは荷物を降ろして、アルノーとハーマイオニーに「それじゃあ」と言う。けれど、その声を、なぜか一緒についてきていたウィーズリー氏が遮った。
「そうだ、ロン、街に出るならペットショップでスキャバーズも診てもらったらどうだ? 具合が悪そうだっただろう?」
ウィーズリー氏の言葉に、ロンは思い出したようにハッとなって、すぐに部屋を出て行こうとする。
「忘れてたよ――スキャバーズ、エジプトの水が合わなかったみたいだったから」
「さ、あなたたちも、スキャバーズを探すのを手伝ってあげなさいね」
ウィーズリー夫人はハーマイオニーとジニーの背中を押して、部屋の外まで連れて行く。そのまま子供達を追い出すと、夫人はそっと扉を閉めた。
「すまないね、少し話があるんだ――いいかな、アルノー」
「……はい」
アルノーは少ししんみりし出した空気の中、一言「OK」と告げた。扉を閉めたばかりのウィーズリー夫人も、やっと本当の感情を見せてくれたような気がした……彼女の顔の上には、不安げな色が浮かんでいた。
「あー、その、ファッジ魔法大臣から聞いた話なんだが。君が、例えば、そう、例えばなんだが……『例のあの人』の部下が親戚に居たとして――」
「はい、います。シリウス・ブラックは、僕の母さんの従兄だったと聞いています」
アルノーははっきりと、そう言った。ウィーズリー夫人が、ひゅっと息を呑むのをアルノーは見た。
「確かに、僕の中にはブラックの血が流れていると言ってもいいと思います。でも、僕は、ハリーを、傷つけるつもりは……」
「そのことは、私たちもよく知っている」
ウィーズリー氏はアルノーの真剣な表情を、必死な顔色を見てか、安堵したように僅かに微笑んだ。ウィーズリー夫人はアルノーの前に歩み寄ると、アルノーの肩にそっと手を置いた。
「そのことで、お願いがあるのよ。ハリーには言わないで欲しいの。あなたも既に知っているかもしれないけれど、この夏にシリウス・ブラックが脱獄したのは――ハリーを狙ってのことだと、魔法省もダンブルドアも、意見を同じくしているのよ」
「はい、それは僕も……そう思います」
夫人は不安げにアルノーを見る。けれど、真っ直ぐにアルノーを見つめるその視線は、ハリーを守ろうとしてだろう……とても強い色を秘めていた。アルノーも、夫人をじっと見る。
「シリウスが、自分の主人を失脚させて、仕留め損なったハリーを狙っているって……」
「なら、ブラックが彼のご両親にした裏切りのことも、知っているのかい?」
「知っています」
アルノーはすぐに、ウィーズリー氏に答えた。
「僕の叔母だったポラリスも……シリウスの企みを察知して、ヴォルデモートの手にかかってしまったんだっていうことも、僕は知っています。ハリーのご両親がその後に亡くなったことだって……」
沈痛な思いで、アルノーは言った。すると、ウィーズリー氏は「よろしい」と応じた。
「ならば、ハリーが自らシリウス・ブラックを倒しに行きかねん事態を、君は全て知っていた――ということになるのだね?」
「はい、でも、知ったのはこの夏になってからですけど……」
「では……君がすべきことを、君は理解しているかい?」
ウィーズリー氏は、アルノーを試すように問いかける。アルノーはリーマス・ルーピンとのやりとりを思い出していた。アルノーとリーマスとで、ハリーには真実を黙っていることに決めていた……全てを秘密にし、内緒にし、ハリーを守ろうと……。
「僕は、ハリーを守ります。だから、言いません。言ったら、ハリーはシリウスを探すでしょう。シリウスをその手で倒さないといけないって、ハリーは絶対に思うはずです」
「そう、そうね……分かっているならいいの」
ウィーズリー夫人は、アルノーの頬をひと撫でして、そしてアルノーから離れた。どうやらウィーズリー夫妻も、アルノーやリーマスと同じように、ハリーには全てを内緒にしておいた方が良いと考えているのだろう。そのことに、アルノーはほっとした。
夫人は微笑みながら、アルノーに言う。
「ハリーを生かすには、時には辛い選択もしなくちゃいけないわ……」
「分かってます……僕だけじゃない、皆がこんなにもハリーを守りたいって思ってるんです。必ず、守れると思います」
「ああ、そうだ、そうとも。君にも辛いことだが……頼むよ」
アルノーは「はい」と、短くも力強い答えを返す。
「それじゃあ、僕は行きます。ハリーに会わなきゃ」
「ええ、行ってらっしゃい。私たちもジニーの買い物に付き合わなきゃいけないわ」
ウィーズリー氏も夫人も、すっかり安心しているらしい。二人は互いの顔を見合わせながら、安堵したように小さくフウッと息を吐いていた。三人で部屋を出て、アルノーが用心のために一応の鍵をかけると、丁度そこでロンたちとバッタリ遭遇した。
廊下をどたどたと歩いてきたロンは、彼のペットであるネズミのスキャバーズを、その腕に大事そうに抱えていた。
「スキャバーズのやつ、こんなにぐったりしているんだ……早く診せてあげなきゃ……」
ロンはそのペットのネズミ――スキャバーズすらも上の兄の「お下がり」であったが、それでもスキャバーズは大事な家族なんだと言わんばかりに――すぐによくなるよ――と、さめざめと語りかけていた。
アルノーは生まれてこの方、ペットは飼ったことがない。けれども家族を失う悲しみは誰よりも強く理解しているつもりだった。だから、ロンを安心させるように告げた。
「確か、ダイアゴン横丁にペットショップがあったよね。後で必ず寄ろう」
「あら? それも大事だけれど、ハリーを探さなくちゃ!」
ハーマイオニーはあっさりと言い捨てて、ハリーを探すのが第一だと提言した。ロンはスキャバーズを大事そうに撫でていたが、「そうだ」と告げるとパッと顔を上げた。
「そうだ。さっき聞いたんだけど、ハリーはもう出かけたって。トム爺さんが言ってたよ」
スキャバーズのことばかりを考えていたらしいロンは、ハリーを記憶の底からやっと思い出したように、そう言った。
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2015/04/04
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