P4長編「HeartThrobs」 | ナノ


▼ ★0-6


Heart Throbs
〜序章 うつろうもの〜
6.クリスマス


 巌戸台分寮に住んでいた、かつての"特別課外活動部"の面々。彼らが元気な顔を合わせて行ったクリスマス・パーティも、楽しく、つつがなく終了する。
 美鶴の手配してくれたケーキやご馳走を食べ、会話し、つい一年前のことを懐かしみ、それぞれが心地いい気分で帰路につく。

 寮に帰って来た莉里は、自分の部屋に戻ってすぐ、帰省の為の荷造りをしていた。
 赤い小さなキャリーバッグに、既に畳んで置いてあった洋服をぎゅうぎゅうに詰め込んで、ファスナーを閉め、ふう、と溜息のような吐息を放った。
 夏場と違って、冬は持って行く衣類も多い。寒いのだから仕方ないにしても、荷物が重たくなるのはあまり良い事ではない。
 夏に洋服を詰めた時たよりも何倍も苦労したなぁ――と思いながらの荷造りが終了すると、同時に、莉里の部屋の扉がノックされた。
 コンコン、という軽い音に――こんな時間に誰だろう――と、首を傾げつつ、はーい、と元気よく返事をして、扉を開放する。そうして出てみれば、そこにはつい先程別れたばかりのアイギス、そして美鶴が立っていた。
 アイギスは相変わらず、端正な顔を歪めることも綻ばせることもせず、その場に立っていた。

「どうしたの?」

 莉里がきょとんとした顔で問いかけると、アイギスが、莉里の目の前にひとつの小さな手帳を差し出した。

「麻緒さんの、忘れ物です」

 アイギスが差し出したソレは、月光館学園高等部の、生徒手帳だった。

「あ、ありがとう。わざわざ、この為に、ごめんなさい」

 莉里が目を瞬かせながら答えると、アイギスも美鶴も、構わないと告げる。そして、先程から気まずそうにしていた美鶴が、すまない、と声を放つ。
 どうして彼女が謝らなければならないのか、不思議に思った莉里が首を傾げていると、美鶴が再び莉里に向けて言葉をかけた。

「その……な、見てしまった後で申し訳ないんだが……大事な物が入っていただろう」

 美鶴がそう告げると、莉里はつい押し黙って、俯いてしまう。中に挟んでいたものを見られてしまった、と悔やむ前に、莉里は、自分がまだ"忘れられない"ことを、恥ずかしく思った。
 その生徒手帳の間には、写真が一枚挟まっていた。きっと、美鶴とアイギスは、その写真を見てしまったのだろう。
 莉里はそっと、手帳を開く。するとそこには、青みを帯びた髪色をした青年と、莉里との写真が、ちゃんと挟まったままになっていた。その写真の上に指をつーっと滑らせて、莉里は目をそっと閉じる。

 莉里が兄の様に慕っていた、その青年の名前は、結城理。
 彼は全ての戦いが終わった後、そっと息を引き取った。高校の屋上で、澄んだ青い空とアイギスに見守られながら、そっと、静かに、全ての戦いに終止符を打って、目を閉じて――……。

 莉里はそっと目を開き、手帳を閉じると、その手帳を胸に押し当てるようにして、両手で包み込む。そして、目の前に立っている、アイギスと、美鶴に向けて、胸の内を告げる。

「理さんは、私の中では、まだ死んでいないんです」
「莉里さん……」
「莉里……」

 美鶴とアイギスは、言葉が見つからないのか、じっと、その場でただ佇んでいる。その雰囲気の気まずさに、莉里は小さく、無理して笑って見せて「えっと、ともかく、ありがとうね」と、手帳を届けてくれたことに礼を述べる。

「……大事な物なら、もう置き忘れたりしないようにな」
「うん、ありがとう、美鶴姉さん。アイギスも……おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」

 そうして、パタリと部屋の扉を閉じる。聞きなれた二つの足音は、すぐに遠くに行ってしまった。
 二人の気配が遠くへ行ってしまった後、莉里は、再びそっと手帳を開く。そして、写真の中で満面の笑みを浮かべている一年前の自分を見てから、すぐにその視線を、横に立っている、彼へと移した。
 無愛想ではないけれど、静かに、無表情気味に佇んでいる、結城理。彼を見て、莉里は、既に忘れていた筈の涙を、ぽとぽとと地面に落とした。

 私の中では、まだ死んでいないんです――そう告げた自分の心に、莉里は情けないと思う。
 彼は、確かに、死んでしまったのだ。
 最後の戦いを終えた後、記憶を消されていた莉里たち。巌戸台分寮に暮らして居た全員は、彼を思い出してすぐに、彼の居るだろう場所へ向かった。そして、理を探し、皆で一緒に月光館学園高等部の屋上に駆け上った所で、静かに眠る彼を見つけて……そして、彼の最期を……。
 次第に冷たく硬くなっていく手を取って、莉里は、ぽたぽたと、静かに泣いたのを、今だって克明に覚えている。

 結城理という人は、勝てないと思われていた強大な敵と戦って、奇跡を起こし、勝利した。生きる事を、明日を勝ち取った。けれど、世界に明日というものを与えた後に、そっと、一人で死んでしまった。
 莉里は、死というものを知らない訳ではなかったし、残される辛さを知らない訳でもなかった。幼い頃に事故で母が死んだことや、姉と慕っている美鶴の父親……長らく莉里の父の代わりをしていた人物が亡くなったこと、そして今は祖父の死など、多くの死を身近に感じてきた。
 しかし、結城理の死は、そのどんな死とも違う衝撃を、莉里に与えた。
 ぽっかりと穴のあいたような生活が、しばらく続いていた。けれど、それも春が終わるころには無くなっていたはずだった。新しい生活を始めて、彼のくれた明日を生きようと、心に決めたはずだった。
 けれど、そんなのは全部うそだった。
 莉里はまだ、彼を置きざりにして、未来に進む事は出来なかった。

 涙を落しながら、莉里は思う。
 もし、彼が生きていたら、どんなに素晴らしかっただろうと。

「やめよう……もう、考えるの、やめよう」

 莉里は首を横に振る。彼はもう居ないのだから、彼が居る世界など、考えるのは止めようと、思考を中断させる。

「明日からは、おばあちゃんの家に行くのよ……泣いてなんかいたら、ダメじゃない」

 鏡の前で、そう呟く。彼のくれた明日を生きなくてどうするの、と自分を叱咤して、鏡の前で、大きく頷いてみせた。そして――大丈夫よ、莉里、きっといつか前に進めるわ――と、自分で告げて、自分で微笑んでみた。
 傍から見れば滑稽な光景かもしれないが、それでも、莉里はその時ばかりは、前に進めるような気がした。


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2011/04/16 初出
2014/07/01 再投稿
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