P4長編「HeartThrobs」 | ナノ


▼ ☆8-6


Heart Throbs
8.嵐のまえ 6


 夜になると、しとしとと雨が降り出した。きっと、今夜もマヨナカテレビが見られるだろう。テレビの前でスタンバイすべく、莉里は真夜中零時の前にすべての用事を済ませていた。
 既に風呂には――軽いシャワーで済ませたが、きちんと終わらせた。夕食も面倒ではあったがきちんと手作りした物を食べた。帰りがけに買った豆腐で作った豆腐ハンバーグは、今まで作った数多の料理の中でも絶品と言える出来になった。それもこれも、一人暮らしを開始する前に譲り受けた『荒垣真次郎特製・料理レシピ集』に書いてあって、それに忠実に作ったからなのだが。しかし、そのレシピもローテーションがありきたりに成りつつある。そろそろ新しい料理を学びたいと、莉里は思っていた。
 まだ作っていない料理のレシピがあったかどうかを確認すべく、『レシピ集』という名の大学ノートを開いて隅から隅まで眺めていると、莉里の携帯電話が鳴る。時刻は十一時半を過ぎ、もうじきにマヨナカテレビがある時刻に差し掛かるが――。

「鳴上くん……?」

 不思議に思いながら電話に出ると、「もしもし」の先に居たのはやはり鳴上悠……彼の『もしもし?』だった。

『今、大丈夫か?』
「うん、大丈夫、テレビの前でゆっくりしてた所。マヨナカテレビ前にゆっくり、っていうのも何だか変だけど」
『俺も、もうテレビの前で待機してる。完二の事、妙に心配で』

 莉里が「心配?」と繰り返すように問いかければ、悠は『ああ』と言う。

『さっき天城から電話が来て、仕事ついでに染物屋に連絡を取ったら……完二がどこかにでかけたっきり帰って来ていないらしい』
「えっ……行方不明? まさか、あれからテレビの中に……」
『だからこそ、今夜はきちんと見ておかないとって思って、連絡した――のも、あるんだけど』
「ん? 他に、用事?」
『いや、莉里、最近元気ないみたいだから』

 ――ドキッ。
 莉里は一応、元気……なのだが。

「ど、どうしたの? 元気だよ? 元気ありまくり……だけど?」
『……勘違いじゃなかったみたいだ。無理してるだろ?』

 明るく振舞っていたつもりだった。元気を出しているつもりだった。けれど、本当は……祖母が肺に病を患っているとあって、莉里の出している元気は空元気に近い。その空元気も無理やり捻出しているという程では無いが、莉里はいつも通り過ごそうと思い、多少の違和感を生じさせていたのかもしれない。わざと明るく振舞おうとする裏で、肩肘張っているように見えても仕方は無いと思った。

『余計なお世話かもしれない。けど……何かあったなら、話して欲しい。俺に話し辛いなら、俺じゃなくてもいい。里中も天城もいるんだからな』
「……うん、そうだね。ありがと」

 悠からの心遣いを感じる。さすがリーダーというだけあって、周囲の皆の調子や様子には気を配っているのだろう。リーダーならではの『気配りという名のスキル』だと感心すると当時に、莉里は彼からの気遣いをとてもありがたいと思う。
 けれど、今はそれ以上に、皆に心配をかけたくないという気持ちの方が強かった。

「……って、それじゃ私が本当にしんどい人みたいじゃない! 大丈夫だよ、全然って程じゃないけど、ちょっとだけ、落ち込む事があっただけだから。大丈夫だよ。それに、鳴上くんのお陰で元気出たかも」
『そうか? それなら良いんだが……。本当に、無理はしないでくれよ。莉里はお婆さんの事もあるんだし』

 お婆さんの事もある――と言われて、莉里は再びドキッとした。そして、今ここに悠がいなくて良かったと思う。莉里は(自分ではそうだと思わなくても)顔に出やすい方であるようだし、面と向かって話をしていたら、きっと心の中の動揺などは悠には丸分かりになってしまう。実際、今も若干顔が引きつったように感じていた。

「大丈夫、大丈夫。うん、ありがとうね……何かあったら頼らせて貰うから! それじゃ、そろそろ零時だし電話切るね!」

 半ば強引に話を終了させた。まだ心臓がドキドキしている気がするが、莉里は少ししょんぼりしながら、ソファの背もたれに身体を完全に預ける。(今までは、つい姿勢を正して話してしまっていた)

「鋭いなぁ……気をつけなきゃ」

 自分の顔を掴んでむにむにと動かす。表情に出さないように、感情を見せないように、人から気取られないように……そして祖母には分からないように。全てを隠し通さなければならない。

- - - - -
- - - -
- - -
- -
-

 悠が莉里にかけた電話を、向こうからやや強制的に切られる。悠は若干の落胆を覚えたが、午前零時に迫った時計を見て、気持ちを切り替える。テレビの正面、ソファに腰掛けながら、悠はその時が来るのを待つ。

 悠と莉里という少女は、クラスメイトであり殺人事件の真相を追う仲間だった。
 以前から気にかけていた彼女が、些細ではあるが異変を見せたと気付いていた悠は、意を決して心配する気持ちを伝えるべく電話で言葉をかけてみたのだが――どうやら、彼女は悠や他の仲間には、辛い気持ちを打ち明ける気にはなっていないらしい。
 心配をかけたくないのか、はたまたまだ信じてくれていないのか。その心の内側なんて、きっと彼女になってみなければ分からない。でも、何もかもを秘めたまま、その心を閉ざしきってしまうのは、あまり褒められた事でもないと思う。
 とはいえ、そんな些細な異変が有っても無くても、不思議な雰囲気を持っている莉里の事を悠はずっと気にかけていた。それは、転校という行為によって出会ったという以上に、悠にとって新鮮な思いを抱かせていた。

 彼女は、陽介とは違う。千枝とも雪子とも、違う。莉里は、心に暗い影を抱えていた彼らがペルソナを得るべく、試練を乗り越えたのとは違う……もっと別のきっかけで『ペルソナ使い』として目覚めていた。その経緯を、悠は興味深く感じていた。
 恐らく、彼女は……今までに悠が出会った誰よりも強く、逞しく、揺ぎ無い心を持っている。過去に彼女の心に戦う決意を与える何かがあったのだろうが、それは悠は知らない。全然知らないが、ペルソナを操れるという事実が、彼女の心の強さを如実に表していると思っている。
 けれど、悠は心の中でひっかかっているのは、そういう意味とは別の意味で……でもある。

 ――多分、今まで彼女とは逢った事が無い。

 振り返るのは、この年の始まり。気付いた時、悠は電車の中に居た。うららかな日差しの降り注ぐ窓辺の席に座って、ゴトンゴトンと揺れる車内で深く眠っていた。
 ハッと目覚めて思い出したのは――そうだ、俺はこれから一年間、叔父の堂島の家で暮らすんだ――という事。一年だけではあるものの、親が海外転勤になったおかげで、とばっちりを食らって、片田舎での生活を強いられる事になった。その現実を思い出した悠は、思春期に遊び場も少ない田舎に引っ込む事になる悲しい事実を前に、落胆しきっていた。
 溜息交じりに到着した八十稲羽の駅では、迎えに来た堂島遼太郎、そして彼の娘の菜々子と出会う。そして駅前ではマリーと呼ばれる不思議な少女(後でベルベットルームと呼ばれる場の住人と知るのだが)とすれ違って、そして殺人事件のある日を迎えるのだが。
 テレビの中に入れる能力もだが、とんでもない事件に巻き込まれてしまったと悠は思う。けれど、悠はどこかでその事件を心待ちにしていたし、何かが起こる予感もしていたし、歩く道や周囲の景色の其処此処を覚えているような気になっていた。
 そして、デジャヴを覚えているのだと気づく。
 次第に沢山生じていくそのデジャヴ……既視感の糸が、やがて大きな綱のような束となり、ひとつの中枢たる場所に繋がっていく事を、次第に思い出していく。
 それは、落としていた記憶を拾い上げ、時間をかけて思い出すように。

 そう、悠の頭の中には、様々な記憶の断片が残されている。いつか共に事件を解決する仲間と出会い、この八十稲羽の地の住人との交流をし、彼らとの絆を辿ってやがて一つの場所に向かい、それらが導く真実に遭遇した後……悠の一年は終わる。終わったあと、全ての始まりである、うららかな春の日差しの降り注ぐ電車へと戻る。
 そうして自分が2012年という年を、事件を追う一年を、延々と『ループ』していると気付いたのは、いつだって始まりの季節より暫くしてからだった。

 ――多分、今まで莉里とは逢った事が無い。

 悠は、いつもは仲間の一挙一動に、段々と『あの時も確かこうだった』とか『確か次はこんな事を言うんじゃないか』とか『次に取るべき行動はこうだ』と、次第に思い出しながら再現していくのだ。
 だが、莉里という少女に関しては、決してそうではなかった。

 ――こんな光景は見た事が無い、彼女のこの表情は見た事が無い。そもそも、彼女と一緒に過ごした記憶が、どこにも無い。

 その不思議と斬新で新鮮な彼女の一挙一動に遭遇する度に、悠は段々と不安になっていく。
 出会った事が無い、見た事が無い、触れた事が無い――その全ては、未来が分からないという不安に繋がる。未来を知っていれば自分の取るべき道が分かるのに、彼女の起こす行動は何も知らない、未知なのだ。悠にとっては、彼女について分からない事ばかりだ。そうして、予想外の返答や発言が起きてしまう。
 とはいえ、莉里という不確定要素は、今年に起こった事件や、悠含む他の仲間の挙動に大きな変化を与えてはいないらしい。莉里に、悠は大きな不安を覚えさせられるものの、彼女を大きく刺激しなければ、きっと大きな変化などは起きないだろう。
 そう、彼女という存在をコントロール出来さえすれば……また平坦で心地いい、けれどそこそこ刺激的な一年を過ごせる筈だと、そう思っていた。
 その為にも、莉里の様子には逐一、注視しておかねばと、悠は心に刻むのだった。


- - - - - - - -
2015/09/19
- - - - - - - -

prev / next

[ back to top ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -