P4長編「HeartThrobs」 | ナノ


▼ ☆8-3


Heart Throbs
8.嵐のまえ 3


 店の女主人は、優しい声音で雪子に「いらっしゃい」と言った。その明るい声音には、店に客が来たという以上に、雪子の来訪を喜んでいる節が見受けられる。

「雪ちゃん、相変わらず綺麗ねぇ。お母さんの若い頃に似てきたわよ……今日はどうしたのかしら? お友だちとお買い物?」
「あ、いえ、その……」

 雪子はそこまで言いかけて、「近くに寄ったので」と当たり障りない言葉を紡ぐ。莉里も一緒になって雪子と並んで女主人を窺う様に見ていると、今度は女主人が莉里の方を見る。けれど、その瞳は驚きで満ちていた。

「真子ちゃん……!?」

 その名前を聞いて、莉里はびっくりした。天柄真子――それは、莉里の母親の名前に他ならない。莉里が目を瞬かせていると、女主人は慌てて「えっと、ごめんなさい、人違いだわ」と苦笑して見せた。
 莉里を「真子ちゃん」と呼んだことで、周囲に佇む皆が莉里と女主人を交互に見て不思議がっていた。そんな中、莉里は自身の母の名を知っていた女主人に向けて、慌てて「いえ!」と声をかけた。

「天柄真子は、母です。私は、娘の……莉里です」
「あ、ああ……娘さん……それで真子ちゃんに似ていたのね。びっくりしたわ」

 ふふっと安堵したように笑ってみせる女主人に、同じく微笑みを浮かべた莉里。その二人を不思議な物を見るかのようにキョトンと瞳を向けていた皆に、莉里は慌ててハッとして、祖父母が近所で写真屋を営んでいたという事を教えた。

「私の祖父母は、元気だった頃はこの辺りで写真屋をしてたみたいだから。えっと……母の、真子の事も、ご存知なんですか?」
「ええ、よく知っているわ。真子ちゃんとは高校まで一緒だったのよ。それからは、真子ちゃんは都会の大学に行っちゃって……それからはあまり会っていなかったけれど……疎遠になって、その事だけがずっと心残りでね」
「そうだったんですか……」
「でも、確か、お婆さんの世話をするって、あなたが戻ってきたんですっけ? 偉いわねぇ。お婆さんはお元気?」
「あ……は、はい、元気です……今は病院に居るんですけど、もう家に帰りたいって言うくらいには……」
「あら、まだ病院にいるの? 噂が早い田舎だから、退院したらきっとまた風に乗って聞こえてくるかしらね」

 ふふっと笑っている完二の母に、「噂が早いというと、完二君……」と、雪子が少し表情を暗くしながら完二のことを話に出す。

「あぁ、うちの完二ね。いつの間にかテレビの特番になんか出ちゃって……」
「その事で、ちょっと気になったんです」
「あら、雪ちゃんに気にかけて貰えるなんて――でも、元気ならあの番組の通り有り余っているわよ」

 苦笑した女主人につられて、莉里も雪子も苦笑していると、店をぐるりと見回していた

雪子は女主人と会話する。
その間に、陽介は商品を見る。千枝も置かれていた商品ひとつに気を取られる。

「これ、確かどっかで……分かった、あそこだ!! テレビん中!!」
「そうか、顔なしのポスターあった部屋の……! てことはコレ、山野アナの……」

 千枝に続き、陽介が声をあげる。彼らの前には赤いスカーフのようなものが置かれている。山野アナの――という声にハッとしたらしい女主人は、陽介と千枝がまじまじとスカーフを見ている方向へ、その驚きに満ちた顔を向けた。

「あなたたち、山野さんとお知り合い?」
「あ、ええ、ちょっと……えっと、もしかして山野さん、これと同じの持ってました?」
「ええ、それは元々、彼女に頼まれたオーダーメイドだったの」

 どうやら、悠、千枝、陽介の三人は、そのスカーフをテレビの中の世界で見たらしい。それと同じ物品が現実世界にも存在している。しかも、亡くなった第一被害者である山野アナのオーダーメイドで作られた物だというのだから、この染物屋は殺人事件に関係している場所なのだ。確定してしまった。
 女主人は少し困ったように短い溜息を吐く。

「オーダーは男物と女物のセットだったんだけど、やっぱり片方しか要らないって言われてね。仕方なくもう一枚は、こうして売りに出してるのよ」

 ヒソヒソ声で千枝は皆に話しかける。

「事件と関係あるじゃん……どうしよう……」
「どうしようって……」

 陽介が困惑を隠しきれない声色で、慌てているとタイミングがいいのか悪いのか、「ピンポーン」とチャイムが鳴る。遠くの方から「まいどー、お荷物でーす」という声も聞こえた。恐らく宅配便で何かが届いたのだろう。

「あ、はーい。ごめんなさい、ちょっと外すわね」
「あ、いえ、あたしたち、もう帰りますから。おばさん、また今度ね」
「そう? じゃあ、お母さんにもよろしくね」

 店の奥に消えていく女主人を、皆は見送ってから外へ出る。青空の下、店の前で顔をつき合わせると、皆は神妙な面持ちで、もそもそと話を始める。

「ここもやっぱり。最初の事件と繋がってる……けど、たかがスカーフだろ? そんなんで狙うか……? くっそ、どういう事なんだ……」

 皆で少し顔を離し、そしてうーんと悩んでいると、顔を上げた雪子が何かに気付いた様子で、アッと声をあげた。

「あれ……完二くんだ」
「ちょ、お前ら、隠れろ!」

 陽介の合図で、皆で慌てて店の脇に佇むポストの裏にわちゃわちゃと回り込む。莉里はハーッと溜息を吐きながら、「コレ、どう見ても丸見えだよね?」と言うと、悠は真剣な面持ちで「静かに」と言って、聞き耳を立てている。
 そう、皆が見つけたのは完二だけではなかった。先ほど店で一緒になっていた、中性的な顔立ちの小柄な子が、完二と何かを喋っているのだ。見知らぬ子は、恐らく街の人間ではない人物だ。そんな怪しい人物と完二が喋っているのだから――それだけで、何もかもが怪し過ぎる。それ以上に、感じは落ち着きなくソワソワしているので、余計に怪しい雰囲気が漂っているような気がした。
 莉里は聞き耳を立てる。他の皆と同じように。

「あ、明日なら別にいいけどよ……あ? 学校? も、もちろん行ってっけど……」
「じゃあ、明日の放課後、校門まで迎えに行くよ」

 小柄な中性的な顔をした子は、完二にどこかニヒルな微笑みを向けると、踵を返してスタスタと立ち去ってしまった。完二はそのまま佇み、神妙な面持ちで、何かをブツブツ呟いている……。

「きょ、きょうみって言ったか、アイツ? 男のアイツと……男のオレ……オレに、興味……? あん?」

 完二の顔が、ポスト裏で熱心に視線を向けていた莉里達に向けられた。完二はスタスタと歩いてくると、莉里達に向けて怒鳴り声を上げる。

「何見てんだゴラァァ!!」

 こっちに迫ってくる完二から逃れるべく、皆はダッシュで神社方向に逃げた。その時ばかりは、莉里も慌てて猛ダッシュしたのだが――くるりと振り向き、完二を見てみれば、彼は店の扉を開けて中に入っていくところだった。

「追って来ないみたい……はー……」
「もー、ビビった〜。テレビで見るよか迫力あんね……」

 溜息を吐いた莉里に続き、ビビった〜っと千枝も深く長い息を吐いた。皆は神社の前で立ち止まって、自然と円形に陣を作って、再び顔を向き合わせた。


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2015/07/10
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