P4長編「HeartThrobs」 | ナノ


▼ ★0-1


Heart Throbs
〜序章 うつろうもの〜
1.春先のできごと


 まだ心なしか肌寒い、春先のことだった。突然に、莉里のもとへ、祖父が亡くなったという連絡があったのは。

 かわいい、というよりは清楚な印象を与えるワンピースを着た莉里は、納骨の済んでいる祖父の墓の前で手を合わせ、じっと、彼の冥福を祈る。わけあって、祖父母とはずっと生き別れの状態で暮らしていた莉里にとっては、祖父との思い出は本当に少ない。それでも、血のつながりのある身内が亡くなったのだから、静かで寂しく、切ない思い……寂寞の思いというものは、とめどなく胸に押し寄せてくる。

「本当なら、ちゃんと、お葬式も出てあげられればよかったんですけれど……今になっちゃって、ごめんなさい」

 墓前で、そう寂しそうに呟いた莉里に、傍らに立っていた祖母が言葉をかける。

「そんなことはないのよ。こうして莉里ちゃんが顔を見せてくれただけでも、おじいちゃんはきっと喜んでいるわ」
「そう、かな……うん、そうだといいですね」

 祖母の言葉に励まされた莉里は、立ち上がる。
 墓に活けている花も交換を済ませたし、線香も新しい物をあげ終わった所で、祖母は「そろそろ行きましょうか?」と、莉里に声を掛けた。莉里は、はい、と頷いて、祖母と一緒にその墓地を後にする。

 二人は、元来た道をゆっくりと歩き始める。
 看板に書かれた「鮫川」という文字を横目に(きっとこの川の名前なのだろう)その川の脇、遊歩道になっている場所を歩いていると、莉里の体に春風が、そよそよ、という音をたてるように穏やかに吹きつけた。その風はまだ若干冷たい空気を孕んでいたけれど、莉里はとても澄んでいるその風を、すうっと身体の中に吸い込んだ。
 小さい頃、本当に物心つくかつかないかの頃に、一度か二度ほど訪れたことのある筈のこの土地を、莉里は殆ど知らないし、憶えていない。けれど、どこか懐かしい気がして、川のゆったりしたせせらぎに目を遣る。そして、郷愁に駆られるような不思議な思いに、ゆっくりと瞬きをしながら、その景色を瞳に映していく。

 時刻は既に正午に近づいていた。夕食の材料を買い出すついでに、昼に食べる惣菜でも買って帰りましょうか――と、いう話になり、莉里は祖母の案内のまま、商店街に足を踏み入れる。
 いくらかシャッターが降りているにしても、その通りにはぱらぱらと人通りもあり、もう一昔前ならかなり活気づいていたんじゃないかと莉里は思った。都会育ちでショッピングモールなど大規模な商業施設に慣れてしまっている莉里は、自然とわくわくした気持ちを覚えていた。
 莉里が通る道の脇、買い物をしているのだろう主婦たちのすぐ隣を通り過ぎる際に、莉里は不意に彼女たちの言葉を耳に挟む。

「ほら、ジュネスが進出してきて……あそこも閉めちゃうんですって……」
「この通りも寂しくなるわねぇ……」

 確か、ジュネスと言うのは、大型ショッピングセンターのチェーン店だ。
 主婦たちの他愛のない会話に、ふうん、と思いながら、莉里はゆっくりと歩く祖母の後ろを、はぐれないようについて行く。
 すると、シャッターが降りたひとつの建物の前に、祖母が立ち止った。

「覚えてないかしら、昔、おじいちゃんはここで写真屋さんをしていたのよ」
「あー……えっと」

 莉里がたじろぎながら苦笑すると、祖母は――莉里ちゃんも小さかったからねえ――と、小さくふんわりとした、可愛らしい笑みを浮かべた。

「赤ちゃんの頃に写真を撮ったんだけれど、確か、うちにも焼き増しをしたのがあったかねぇ」
「そうなんですか」

 まるで他人事のように、ぼんやりと莉里が答えると、祖母はふんわり微笑んで、あとで写真を探してみようか、と莉里に告げる。
 そうして、「おじいちゃんが腰を悪くしてから、閉じてしまったのよ」と、祖母が寂しそうに笑うのを、再びぼんやりと莉里が眺めていると、祖母は行きましょうかと歩き始める。
 閉じたシャッターの前を後にして、豆腐屋で絹ごし豆腐とがんもどき、厚揚げを購入した。祖母と顔なじみの豆腐屋のおばあさんは、自分の孫娘も莉里と同じくらいなのだと言って、莉里に厚揚げ豆腐をもう一つ、オマケしてくれた。
 ちょっと気分が上向きに上昇した莉里が、祖母のあとについて惣菜屋の前に行くと、そこにはひと組の親子連れがいた。その親子連れは父親と小さな娘で、何を購入したら良いかとあれこれ迷っているようだった。
 その親子連れに、祖母は声を掛ける。

「おや、堂島さんじゃないかえ?」
「ああ、天柄の……」

 どうも――と、答えた男性の後ろに、小さな女の子はさっと隠れようとしたけれど、その父親らしい人物が小さな女の子の背を押して「さあ、挨拶」と告げたので、小さな女の子は隠れそびれてしまったようだった。

「こんにちは……」
「こんにちは、菜々子ちゃん」

 祖母が、菜々子ちゃん、と呼んだ女の子は、自分が挨拶されたことにカッと頬を赤くしている。どうやら照れ屋さんらしいと思って、莉里が微笑ましく思っていると、父親の方が莉里をきょとんとしたような目で見てくる。慌てて、莉里は声を放った。

「こんにちは、えっと……孫の、莉里といいます」

 ぺこり、とお辞儀をしながら挨拶をすると、父親らしい男性は、ああ、と声を放った。

「俺は堂島遼太郎、こっちが娘の菜々子だ」

 菜々子、と呼ばれた女の子が、また照れながら――こんにちは、どうじまななこ、です――と、たどたどしく告げるので、莉里はつい、可愛いなあと、にこにこしてしまうのだった。

「お孫さん……莉里さんか。確か、今は都会に住んでいたんじゃなかったか?」
「あ、はい。祖父の墓参りで、帰省してるんです」
「そうか」

 この堂島遼太郎という男性は、祖父がついこの間に亡くなったことを知っていたようで、残念そうな表情を見せた。そうして、向かい合った祖母と遼太郎との会話が始まると、退屈し始めた莉里はじーっと惣菜の並んだケースを眺めていた。
 すると、不意に視線を感じる。それは、菜々子という名前の少女からのもので、少女は、莉里にキラキラした、子供特有の無垢な瞳を向けていた。

「おねえちゃんも、おそうざい?」
「うん、そう。どれが美味しいかなーって、思ってたの」

 少しかがみながらそう話すと、菜々子は、それじゃあ、と声を上げる。

「菜々子ね、コロッケが好きだよ」
「そっかあ、ここのコロッケ、美味しいんだ?」
「うん!」

 屈託がないっていうのは、きっとこういうことなんだろうな――と、莉里が思ってニコニコしていると、いつの間にか莉里と菜々子の脇にいた遼太郎が――じゃあ菜々子はコロッケにするか?――と、聞いてきた。

「うん、コロッケがいい!」

 わあい、と喜んでいる菜々子と、コロッケを購入した遼太郎にバイバイを告げてから、莉里もコロッケを購入した。


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2011/04/16 初出
2014/07/01 再投稿
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