P4長編「HeartThrobs」 | ナノ


▼ ★4-3


Heart Throbs
4.かごの鳥 3


 全てのシャドウを片付けた全員は、はーっと大きく息を吐く。莉里は足に巻き付けているホルスターに、ペルソナの召喚器を仕舞い込む。
 今の戦いも、いつにも増して熾烈な戦いになった。だが、前回に戦ったよりもより多くの手ごたえを感じて、莉里は――段々自分にも力がついてきたな――と、ぐっと胸の前で拳を握る。
 もう、一戦ごとに休憩をはさんだり、回復技をかけなければいけないこともなくなっていた。皆のけろっとした様子を見ていると、莉里は――多分、経験値を稼いでいるのは自分だけじゃないんだろうな――とも思う。
 雑魚となったこのフロアの敵を蹴散らし、このまま一気に奥まで進むことも可能だろうと莉里が思って、鋭いレイピアを腰に戻した時だった。屈伸し、呼吸を整えながら「雪子……」と、千枝が不安げな声を放った。

「さっきの雪子、どういう事なの?まさか、あれ……」
「そうクマね……たぶん"もう一人のあの子"クマ」
「俺らん時と同じってか……」

 千枝の言葉にクマが応じ、そして陽介が続いた。そして、うむむ、と唸っているクマが、皆の前でパタパタと手を動かした。

「でも、デタラメに騒いでた訳じゃないクマ。本物のユキチャンは、何かを見せたがってる……それをハッキリ感じるクマ」
「何かを見せたがってる……って、どういうことだ?」

 悠が問いかければ、今しがた推測しつつ喋ったにも関わらず、クマはウムム、と頭を抱えてじたばたと足を踏んだ。

「何ていうか……このお城そのものが、あの子に関係してるっていうか……エーット……とにかく、想像してたより、結構キケンな感じクマ!」

 危険な感じ――クマがそう言うと、千枝がこの世の終わりのような顔をした。恐らく咄嗟に、雪子の身が危ないと受け取ったのだろう。そして、真っ青になった顔のまま、千枝は雪子の走っていった方向へと駆け出した。

「雪子っ……!」
「オイ……また一人で行くのかよ!?ったく、単独行動禁止って言ってんのに!」

 陽介が千枝の後姿を追いかける。慌てて、莉里も悠も、一緒になって駆け出した。

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 四人と一匹は、敵を蹴散らしながら進む。奥に進むにつれて、敵は段々とその強さを増して行く。けれど、それ以上に、四人は多くの力を得つつあった。立派な箱の中から珍しそうな武器や防具を入手しつつ、四人は更に力を増していった。
 そして、進むにつれて、千枝の焦りは増大しているように見えた。千枝は疲れの色は全く見せなかったが、その代わりに感じているのだろう焦燥感に、どこか打ちひしがれているように感じて。
 歩きながら、莉里は千枝に声をかける。

「千枝ちゃん、焦ってない?……大丈夫?」
「え……あ……そ、そう見えるかな?」

 焦ったように、けれど取り繕うように千枝が笑う。その千枝の笑顔が、なんだか痛々しいものに見えて、莉里はゆっくり頷いた。すると、千枝は観念したのか、隠しきれないと思ったのか……はたまた、限界に近かったのか、思いを吐露し始めた。

「戦いながら、雪子のこと思い出してたんだ……。雪子はいつも優しくて、綺麗で……友だちって以上に、あたしの憧れだったから」

 千枝はふっと、真顔を悲しげな表情にさせる。

「でも、雪子の眩しい姿に憧れるばっかりで、本当の雪子が……雪子の弱い姿が、見えてなかったんだなって。今さらかもしれないけど、雪子はたまに……すっごく辛そうに悲しい表情を、あたしに見せてたって、思い出して。……今更だけどね」

 へへっと苦笑いを浮かべた千枝は、ゆっくり、歩く。悠も陽介も、色々なことを思い出し始めている千枝の、ゆっくりした歩きに合わせてくれているように思えた。先を歩く男子二人の無言の背中を追いかけながら、莉里も千枝も、真っ直ぐな道を、ただ静かに歩く。

「だから、雪子の辛い思い、訊いてあげて……受け止めて……今度こそ、ホントの友だちにならなきゃて……」
「そっか……」

 千枝が、よしっ、と声をあげた。

「あたし、頑張って雪子を救い出す! それで、今までごめんって謝る!」
「おう、その意気だぜ」

 話を訊いていたらしい、前を歩いていた陽介が顔をくるりと向けて、千枝に笑いかけた。千枝はその笑みを受けて、うん、と頷いた。

「にしても、どこまで続くのかな。このお城……と、この道……」

 千枝の言葉に、今度は悠が振り向いた。

「もし……もしも、天城が俺たちに何かを見せたいって思っているなら、必ず心の内を、暴く時が来る。無限に大きいかもしれないこの城にも、終わりは来る筈だ」

 頑張ろう、と悠が告げた。莉里も、陽介も、千枝も、頷く。クマはすでに幾分か体力を消耗したように、弱弱しい声だったが「ふんぬー、クマも頑張るクマ!」と、気合を入れ直していた。そうして、次の階層に向かう階段を上っていった、その時。

「おろっ! この気配は……あの子クマ!」

 いきなりだったが、クマが大きな声をあげた。莉里たちの前に、大きな二枚合わせの扉が現れた。

「あの子がこの扉の向こうにいるクマ!」
「雪子!?」
「待て、里中!」

 突入しようとした千枝の肩に、悠が手を置いた。千枝が勢いよく振り向いた。

「里中は、もうひとりじゃない。天城さんもだ。……全部、俺ら皆で、背負ってやろう」

 そう言った悠に、千枝はいつにも増して真剣な面持ちで頷いた。莉里が体力の回復をしてから、皆で、ゆっくりと扉を開いた。

 扉を開いた先も、どこもかしこも赤い空間だった。ただし、今までの空間、回廊が続いていたその城の内部とは違い……そこには玉座があった。
 つまり、ここが行き止まり。莉里がゆっくり顔を上げると、千枝が叫ぶように――雪子!――と、彼女の名前を呼んだ。
 壇上に、大きな立派な玉座の前に、冷ややかな黄金色の目を輝かせた、雪子の姿をした人物が立っている。そして、玉座に向かう階段の真下には、本物と思しき雪子が……着物を着た彼女が、力なく座り込んでいた。
 それを見て、陽介が声をあげた。

「やっぱりだ……天城が二人!!」

 どうやら、莉里達の予想は当たっていたらしい。ピンク色の豪奢なドレスを身に纏った人物は、天城雪子本人ではなかったのだ。恐らく、ドレス姿の彼女は、ここに来る途中で千枝から生じた、"もう一人の千枝"のような存在……"もう一人の雪子"なのだろう。
 そして、壇上から、階段の下に座り込んでいる天城雪子そのひとを、冷ややかに見ている金の瞳の雪子。彼女は、恐らくこの場所に来るまでに出会ったどんなシャドウよりも危険なのだろうと、莉里は思う。
 そんな危険な雰囲気を醸し出している、もう一人の……ドレス姿の雪子は、莉里達を見るや否や、にこりと嬉しそうな笑みを浮かべた。

「あら?あららららら〜ぁ?……やっだもう! 王子様が、四人も! もしかしてぇ、途中で来たサプライズゲストの四人さん? いや〜ん、ちゃんと見とけば良かったぁ!」

 ドレス姿の雪子は、少し前に歩み出る。階段に差し掛かる際の辺りから、莉里たちにうっとりした妖艶な瞳を向けた。

「つーかぁ、雪子ねぇ、どっか、行っちゃいたいんだぁ。どっか、誰も知らない遠くぅ。王子様なら、連れてってくれるでしょぉ?……ねぇ、早くぅ」

 天城雪子らしくない、甘えるような艶やかな声に、クマは「むっほ、これが噂の『逆ナン』クマ!?」と、異常な空気の中でも実にクマらしく、ドレス姿の天城雪子に見惚れている。それを見ながら、莉里はつい眉間に皺を寄せて苦笑してしまうのだが。
 そんなクマの声を無視するように、千枝が呟くように言う。

「四人の王子って……まさかあたしも入ってるワケ……?」
「勿論、クマも入ってるクマね!」
「それは無いな……」

 陽介の突っ込みに、クマがじとっとした視線を陽介に送った。

「クマ以外の四人とすると……えっと、私も、入ってるのかな」

 莉里が軽い苦笑をこぼす。すると、ドレス姿の雪子が、千枝に熱い視線を送っていることに気づいた。

「千枝……ふふ、そうよ。アタシの王子様……」

 その声に、全員が顔を上げた。

「いつだってアタシをリードしてくれる……千枝は強い、王子様…………王子様"だった"」
「だった?」

 千枝が復唱した瞬間、シャドウの顔が険しい色を表した。ドレス姿の雪子は、千枝に送っていた熱い眼差しも、さっきまで浮かべていた恍惚の表情も、甘えるような仕草も、なにもかもを放り捨てるように、取り乱したように、大きな声をあげる――。

「結局、千枝じゃダメなのよ! 千枝じゃアタシを、ここから連れ出せない! 救ってくれない!」
「ゆ、雪子……」

 千枝が悲壮の色を、顔に浮かべる。すると、床に力なく座り込んでいた、着物姿の雪子が、よろよろと、力を振り絞るようにして立ち上がった。


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2012/02/11 初出
2014/07/01 再投稿
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