みんな狂ってる。
草子は屋上で一人、午後の授業が始まるチャイムを聞いていた。

この学校に私の居場所が無くなったのはいつからだったか。いつの間にか教室が地獄になった。逃げ込んだ保健室には先回りしたあいつらがいた。空き教室も、トイレでさえも私の居場所はなかった。

もうここだけ。屋上に抜けるドアは鍵がかかっているけど、その隣の小さな窓は開けることができる。無理すれば入れるほど小さな窓。誰にも私がここにいることは見つかっていない。だから思う存分ここにいることができる。誰にも邪魔されず。

そう、思っていた。

「なんで……開かない」
放課後になり教室が空になる時間を見計らって戻ろうとした。しかし、小さな窓は無情にも鍵を閉められていた。冷たい窓枠をぎゅっと握る。……あいつらに見つかったのだ。

じわりじわりと胸を覆うのはもはや諦めの気持ちだけ。

もう、いいかな。そんな思いが頭に浮かぶ。
好きな場所で、綺麗な夕焼けに包まれて、これが最期の景色なら幸せなのかも知れない。私は、十分頑張った。もう十分苦しんだ。
窓枠から手を離して、思いっきり走った。
ガシャンと掴んだフェンスが音をたてる。

明日、私の死体が見つかったら、きっと学校はパニックだ。ニュースにもなるだろう。そして学校が隠しつづけたいじめがおおやけになる。
ささやかな私の復讐だ。

フェンスをよじ登る。いちいち鳴る金属音が今は心地いい。登りきって大きく息を吸った。一面に広がる空。死んだらこのどこまでも続く空の先に行けるだろうか。
手を伸ばす。いけ。体が前に傾いた。

さよなら、大嫌いな世界。




「……オイ!」
やけに響く男の声だ。
死んだ、と思ったのに私の体は地面にある。屋上の。
「てめえなにやってんだ!」
怒鳴る男は、この学校の教師で、銀髪の頭が暗闇によく映える。
睨むように見返すと、腕を捕まれ引きずられるようにドアまで歩かされる。やめろ、私をまた地獄に引き戻すのか。
無理矢理に暴れて腕を振りほどくと、また走ってフェンスに登る。この教師はそれを阻止しようと私を引っ張る。
「離して!」
「離したら死ぬだろーが!」
なに馬鹿なこと言ってるんだ。
「だから、死にたいんだってば!」

強く願うように声を荒げると、教師はありったけの力を込めて私を引っ張った。大人の男と未成年の女だ。力の差は歴然で、あっけなくこの身は教師の腕に引きずられる。そして言われた言葉に愕然とした。
「ここ、俺の憩いの場なんだわ。死ぬならよそで死んでくれよ」

助ける言葉でも責める言葉でもない、淡々とした他人事のようなその言葉に、なぜか涙が溢れる。
「……私だって、ここが好きなのに」
この男も私の居場所を奪うのか。
「好きな場所で死ぬことも許されないんですか!」

そっと頬を撫でる手に気づく。銀髪の教師が、優しい手で涙を拭う。
「死んだら負けだ。そんなことで復讐になるなんて思うな。お前が死をもって遂げた復讐は、時間とともに忘れられる。お前の存在は記憶から消される」
「……そんなの、分かってる。それでも、生きてるよりはましです」
「ならお前の命、俺に預けてみねーか」

生きててよかったと思えるとっておきの復讐、教えてやるよ。
そう言ってニヤリと笑った。
それが、この教師との出会いだ。
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