この船で働いて二年目。
私は攘夷でも危険人物でもない。事務の求人が出ていてから応募したら受かったのだ。鬼兵隊の雑用係に。まあつまり騙された。旅客船だと聞いていたのに世界をぶっ壊そうとしている人らと全国ツアーだよ。
面接の恐怖は今でも忘れない。

「いやーしかし来島さん、高杉さんという人は本当に存在しているんでしょうか。乗ってるんですか?この船に。どっか知らない土地に置き去りにしてないですか?捜索願い出しましょうか?」
「なに言ってんスか」
だって二年目になるというのに、未だにここの頭を見たことがない。普通ちょっとはすれ違ったり見かけたりするでしょうよ。

ちなみに今日の私の仕事は調理だ。昨日は清掃、明日は港に停まるから買い出し。まるでパシリだ。簿記は全く役に立っていない。
味噌汁をすする来島は馬鹿にしたような目で私を見た。
「あんたら雑用係に高杉様が姿を現すとでも思ってんスか?図々しいっスよ」

姿を現すって……神様かよ。


そう思っていたこの日の午後。
港へは明日着く予定だったが、悪天候のため今日停まることになった。夕食は別のパシリが作ることになり、私はこの雨のなか買い出しに行かされることになった。
「ふざけんなアイツ覚えてろよ」
ひと昔前の不良漫画に出てきそうな台詞を吐く。もう一人のパシリは見た目こそボスのようだが、肝っ玉がアレだった。男なんだから行けよと言ったら、男女平等を騒がれてジャンケンしたら負けた。
船を降りてまた舌打ちをする。
なにが男女平等だ。風で飛ばされて死んだら一生呪う。それぐらいの大荒れだった。


以前も何度かこの港に降りたことがあるが、あまりこの町は好きじゃない。このご時世、当たり前かも知れないが攘夷は毛嫌いされている。この町はその風当たりが一層強い。
「いらっしゃいませー!すごい風で……なんだい、また来たのか。買うもん買ったらさっさと出てってくれよ」
店に入れば嫌味を言われる。私が戦闘要員じゃないことを知っているんだろう。通りを歩いて子供に石を投げられたことだってある。だけど皆攘夷からの報復を恐れてか、警察へ通報することはない。だからこそエスカレートして、いつか取り返しのつかないことが起きるんじゃないかと思ったりもする。

店を出ると傘はもはや役には立たず、着物も足袋も、髪から爪先までびっしょりと濡れてしまった。出歩いている人は一人もいない。
濡れることを諦めてこの大荷物を無事に船に運ぶことだけに専念した。

草木やゴミも雨に濡れながら強風で舞っている。ガシャーンと音がする方へ目を向けると、民家の窓ガラスが割れていた。あーあ、と再び脚を動かし始めたとき。
「―――え、」
割れたガラス片が一直線にこっちに飛んで来た。こんな大荷物持って視界の悪いなか、避けられるヤツがいたらお目見えしたい。
左頬と庇った左掌に激痛が走り、思わずしゃがみこむ。
痛い。雨が染みて余計に。

両手を使ってもいっぱいいっぱいな荷物を前に、逃げてしまいたいと思った。でもきっとそんなことしたら、見たこともない高杉とやらに殺されてしまうんだろう。
パックリ切れた左手に荷物を持って持上げる。言っておくが、痛いってもんじゃない。リアルに千切れると思う。

船に入ると、私の姿に気づいた別のパシリが「ヒッ」とひきつらせた顔のまま奥に去っていった。手伝えよ。
死ぬ思いで運んだ荷物は入り口に置いて、とりあえず自室へと向かう。私が歩くごとにヒタヒタと水滴がこぼれ落ち、所々に赤が混じる。
「オイ」
前方から聞こえたその声に、うつむいていた顔を上げた。

途端、なぜかは分からない。堰を切ったように涙が溢れて、子どもみたいに泣いた。思ってたより若いとか、もっと大きい人だと思ってたとか、初めて会ったその人物に思うことはたくさんあって、でももっと違う形で会いたかった。
文句をいっぱい言って罵倒してやりたいと思っていたのに、高杉は雨粒と涙と血が混じる私の頬を拭って、「船を汚すな」と言った。

なんだそれ。
言ってることはアレだけど
この船に来て二年目にして、初めて優しくしてくれた人は高杉でした。

「高杉さん、包帯持ってきて下さい」
「自分で取りに来い」
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