小説 | ナノ 例えばの話


店の一角で、子供達の笑い声が響く。
「おまえこんなのも分かんねーのかよ!」
「しょうがないでしょ、まともに勉強してこなかったんだから!ほら、早く次の問題教えなさいよ」

そこから聞こえるのは、子供達の声だけじゃない。すっかり元気になった黒髪の若い女の子。
「おい松子!だからちげーってば!」
「呼び捨てにしないで!」

教育の必要性を説いた彼女の周りには、彼女に勉強を教えるために集まった悪ガキ達が集っている。チョコ棒一本につき、30分らしい。彼女の奢りで勉強会が開かれている。
あれ、松子が教えるんじゃなかったっけ。なんて最初の頃は思っていたけど、まずは自分の勉強が先だと考えたらしい。確かに、学がなければ学びを知らない子供に教えるなんて事は出来ないだろう。

「花子ちゃんや、賑やかだのぉ」
店主が茶を啜りながら微笑ましそうにカウンターから覗いている。この人にお願いして正解だった。ここを寺子屋に通えない子供達が自由に学び、そして同年代と触れ合える場所に出来ないかと。そして私の代わりに松子を雇ってもらえないかと依頼した時、逆に嬉しそうな顔をしたぐらいだ。

「本当に辞めちまうのかい?」
「ええ。あの子にはここが必要ですから」
「花子ちゃんにはもう必要ないのかい?ここは」
「……ずるいなぁ、その聞き方」

店主が微笑みながら茶を啜る。
ここで一生働けるならそれでもいい。そうしていたい。でも二人を雇う余裕はないし、何より松子と子供達、そしてそれを眺める店主の構図がとてもしっくりきている。ああ、この景色、私には作る事は出来ないな。そう思ったのだ。

「適材適所、ですかね。じゃあ、そろそろ行きますね。お客としてまたお邪魔します」
「ああ、いつでもおいで。そしてたまには肩を揉んでおくれよ。お前さんに揉まれたところはすぐに良くなるからなぁ。不思議なことに」
「はい、たまには」

店を出て、戸を閉める。
次はどこで働こうか。
整体院は銀時にダメだと言われたし、いっそのこと個人で店でも立ち上げるか。そんなことしたらゲンコツでも落とされそうだな。

職を失ったというのに意外にも心は晴れやかで、高揚感すら感じている自分に苦笑する。
なんかいい事した気になって自惚れてるな、自分。そんな具合で。


「あれ、あんた生きてたんですかィ」
携帯電話で求人広告を検索しながら歩いていると、数メートル先で小銭をチャラつかせながらニヤついている沖田がいた。
「生きてますけど、何か」
「相変わらず愛想のねェ女」

すれ違いざまに顎を強く掴まれて全身を舐めるような視線が這う。
「なんでィ、元気そうじゃねェか」
ひょっとこのような口になってはまともに言葉も出せず、いひゃい、と呟くとケラケラと笑われた。生存確認が出来ればそれで良かったのか、そのまま何をするでもなく沖田は店に入っていく。今日で辞めたこと言わなかったけど、まあいっか。面倒くさくなりそうだし。

踵を返して職業案内所に立ち寄ると、何ヶ所か条件の良い職場を見つけることができた。資料を貰って外に出ると、最近は夜が近づくのがとても早い。藍色の空に一番星が見えて、澄んだ空気に思わず肩を震わせる。

寒さしのぎに近くのコンビニで肉まんを買い、熱い息を逃しながら少しずつ味わって、自宅に着く頃には残り一口になった。大口開けてそれを放り込もうとすると、後ろから伸びてきた手に横取りされ、開いた口はただの空気を食む。
「うわぬるっ、つーか冷てェ」
冷め切った一欠片の肉まんを咀嚼して、銀時はそれを音立てて飲み込んだ。
「え、今、食べました?」
「久々に肉にありつけたわ。んだよその顔。間接チューなんて気にする歳でもねェだろ、布団の中で熱く抱き合った仲じゃねーか」
「……言い方」
語弊がありすぎる。
肉まんを肉だと認識していることもツッコむべきだろうか。金欠すぎでは。


そのまま流れで堂々と家に上がり込む銀時にため息をついて、レンジで温めただけの砂糖入り牛乳を差し出せば、満足そうにそれを啜った。

あの日二人でカップラーメンを食べた後、銀時が泊まるなんてことはなく、ギプスが外れるまで自力でなんとか生活していた。その間、長期の依頼が入っていたようで、この男は姿を現さず、時々神楽と新八が差し入れを届けがてら様子を見にきてくれていた。だから久しぶりということもあり、なんとなく気まずいような。
ちらっと横を見るとふぅふぅと牛乳に息をかけている。何も考えてなさそうな顔。

ふと銀時がこちらを見る。
「辞めたんだって?」
それだけ言って、また牛乳を啜る。無言の圧というものか、自白を促されているようだった。
「また、無職になっちゃいました。坂田さんと一緒ですね」
「どこが?どこが一緒?こちとら社長だぞコラ」
「社長かあ。いいですね、やっぱ自分の店でも立ち上げようかな。マッサージ店」
「てめェ、」
「いや冗談ですって」

急に無表情で睨みをきかせられ、思わず降参のポーズをとる。さすがにゲンコツは落ちて来なかったが、それ以上は口を噤んだ。

「今日職業案内所に行ってきたんですが、これとか良さそうじゃないですか?時給はちょっと低いですけど」
目の前に求人票を差し出すと、銀時は興味なさそうに一枚一枚めくっていく。
ドラッグストア、スポーツジム、その他諸々に一応整体院とマッサージ店も。そのどれもが身体に触れるか人体に関係するもので、こうやって見ると力を使うことを前提にしているのは明らかだ。

「オイオイマジですかこの子。これっぽっちも分かってねェよ。なに、お仕置きとかすればいいわけ?あんな事やこんなことしちゃっていいわけ?」
はああーと深いため息をついて銀時は後頭部をガシガシと掻きむしる。
「……この町の人間、全員大事か?」
「えっと、どういう意味ですか」
「そんなに誰かに触ってたいのかってことだよ。せめておめーが大事だと思う奴等だけにしとけ。誰にでもいいように使って自分を消費させんじゃねェ。誰にでも股開くようなそんな尻軽な女に育てた覚えはありません!」
「……言い方」


つまるところ、どの求人票も銀時のお眼鏡には敵わなかった。ビリビリに破かれたソレを前に、今度は私が深くため息をつく。
「なら、坂田さんが探してきて下さいよ、働き口」
「依頼なら金取るぜ」
やっぱいいです。そう言ってごくごくとぬるくなったお茶を飲み干して何となくテレビをつける。
明日は雨だそうで、お天気お姉さんが傘を片手に微笑んでいた。

とりあえず働きたいところが見つかるまではコンビニでバイトかな。明後日に晴れマークが付いている事を確認して、その日に職探しに行こうと脳内で計画を立てた。明日は雨だから家でのんびりしよう。
テーブル上で頬杖をついてテレビを眺めていると、銀時が立ち上がって背伸びをした。そろそろ帰るかも。見送りはしておこうかと合わせて立ち上がると、おもむろに頬を撫でられる。
「ここ、赤くなってんぞ」
たぶん沖田に掴まれた時に刺さった爪の跡だ。
「あー……あはは」
説明するのが面倒で適当に笑って誤魔化そうとすると、勝手に怪我してんじゃねーよと銀時は言葉を溢して、親指でそこをなぞる。まるで私が怪我を治すときみたいに。それ以上に優しく、そして甘く囁いた。
「なあ花子、万事屋で働くか?」


「嫌です」
「即答かよォ!今いい雰囲気だったよねェ!?」
「だって給料出ないでしょ」
それは、と遠い目をしている銀時に左手を伸ばして、同じようにその頬に触れてみる。すると銀時は私の頬から手を離して、今度は自分の頬に触れる私の手の上からその掌を重ねた。
「おめーが万事屋にいりゃあ、いつでも紐で縛り付けて離れねェようにしてやれんのにな」
「怖いんですけど」
急なヤンデレ発言に鳥肌を立たせて、これはダメだと手を離そうにも強く握り込まれて離せない。
ジリジリと距離を詰められて、思わず右手で首に触れると、今度は銀時が一瞬震えてニヤリと笑った。冗談に決まってんだろ、そう言ったが、その顔から覗く目は据わっているように見える。


「で、いつから万事屋で働く?」
「嫌ですってば」
ああ、どうやってこの男を追い出そうか。




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